第13話 髪切りの話 13
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意外な事に少年はなかなか倒れなかった。防御が上手い。眼がいいのかよくかわす。掠りはするが致命的な攻撃は受けない。さらに攻撃も仕掛けてくる。悪くはないが、対格差もあり有効打にはならない。本気でこちらを倒そうという訳ではなく、時間稼ぎだろう。自分とこれだけやり合えるのだから、高校生としてはなかなかのものだ。
だが、このままではまずい。試合を楽しんでいる訳ではない。早く終わらせる必要がある。抜くか?しかし、これは髪を切るための刀。人用ではない。
男の目的は髪を切る事。人を切る事ではない。今までも被害者の女性たちの髪は切ったが、怪我をさせたことはなかった。刀を持った男に立ち向かう女性はおらず、皆怯えた顔で倒れこみ髪を切られた。あの少女の髪を切るのを邪魔した少年を見て思わず襲い掛かったが、戦いになるのは今回が初めてだった。少女が逃げて助けを呼ばれる。時間がない。男に攻撃系の能力があれば良かったのだが、男の能力は隠蔽や隠形に特化していた。それが男が今まで捕まらなかった理由でもあった。男は覚悟を決めた。
レインコートの男が腰の後ろに手をまわし、刀を抜いた。
素手と違い防御はできない。かわすしかない。どこを狙ってくる?
紅はジッとレインコートの男の動きを観察する。
できれば出したくはないが、奥の手を出すか。命には代えられない。
しかしこのひねった足で動けるか?
レインコートの男が右手を振り上げ、切りかかろうとした時、
バサバサッ!っとカラスがレインコートの男の顔に飛びかかった。
「!?」
突然の事に驚き、飛び退く。
これには紅も驚いたが、この機会にレインコートの男と距離を取る。
上を見るとさっきのカラスが旋回している。
(助けてくれた?)
信じられない事態だが、どうやらそのようだ。
レインコートの男も驚いたようだが、すぐに立ち直り、カラスを気にしながらも再び紅に飛び掛かる。
バンッ!
レインコートの男が吹き飛んだ。
「ギリ、間に合った」
振り向くと自転車に跨り、銃を構えた桜がいた。
スライドの長いハンドガン。黒い銃身に桜の花が蒔絵の様に描かれている美しい銃だった。
桜は自転車を左に倒し、銃をレインコートの男に向けたまま紅に近づいて来た。
「生きてるかい?」
レインコートの男から目を離さず問いかける。
とりあえず助かったことを悟った紅が安堵の息を吐く。
「ありがとうございます。一応無事です」
それにしても助けが早すぎる。有海を送り出してからまだ数分しか経っていないだろう。もしかして自分たちを付けていた?
「色々思うところもあるだろうけど、とりあえず警察を呼ぼうか」
こちらを見てもいないのに、紅の視線に気づいたのか桜が提案した時。
倒れていたレインコートの男が突然飛び起き走り出した。
「おっと」
しかしまるでそれを予期していたかの様に、桜は男の足を撃つ。
男は足を撃たれ転倒しながらも、前転し片膝立ちで桜の方に向き直る。
「ふうん、これを耐えるか。じゃあこれは?」
そう言って桜が引き金を引く。
先ほどよりも低い音が3発響く。特に銃や弾を変えた様子はないが、威力は上がっているようだ。どうやら実弾銃ではないらしい。魔力だろうか。
腹、胸、頭部。レインコートの男が吹き飛び、仮面がはじけ飛ぶ。
晒されたその顔を見た紅が声を上げる。
「あの時の警察官!」
「警察官?」
桜も多少は驚いた様だが、動揺はしない。
「なるほど、頑丈なわけだ。元番長候補ってとこかな?警察や軍は番長たちの就職先としては定番だからね」
レインコートの男はもう立ち上がらなかった。
片が付いたことが分かったのか、少し離れた所で輪たちと様子を伺っていた有海が駆け寄る。
「もう大丈夫」
駆け寄る有海に優しく声をかける桜を完全スルーして、紅に抱き着く。
「ええ~」
「ごめんなさい!ごめんなさい!ボクのせいだ、ボクのせいだ!ボクがあの時、ちゃんと警察に連絡してたら、ちゃんと黒森くんの言う事を聞いてたら!あんなわがまま言わなかったら!」
ぼろぼろの紅を見て泣きながらしがみつく。そんな有海を紅はためらいがちに優しく抱きしめた。
「君が無事でよかった」
しばらくして、ようやく泣き止んだ有海を抱いたまま、背中に流れる長い髪をすくい上げささやいた。
「初めて会った時から思ってたんだけど、綺麗な、髪だね」
それを聞いて一瞬固まった後、さらに強く紅の胸に顔を押し付けた。
((こ、こいつ!))
桜と輪の心の声がハモった。
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