第12話 髪切りの話 12

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「あの時、警察に連絡しなくてホントによかったのかなって」

 もちろん連絡した方が良かっただろうが、今さらそれを言ったところでどうなるものでもない。連絡した方が良かった、などと言っても余計に彼女を落ち込ませるだけだ。

「今までも目撃はされてるみたいだから、あまり変わらなかったんじゃないかな」

「……そうかな」

「そうだよ」

しばらく無言で歩く。



 しばらく歩いて、たまたま散歩の人も途絶えた時、せっかく二人でいるのだから明るい話題を切り出そうと有海が足を止めて話しかける。

「そうだ、ボクは忍術部に行ったけど、黒森くんはどうしてたの?」

 有海が足を止めたため、ほんの数メートルほど前に進んだ紅が振り返り答えようとした時、

「僕は、」

 ガツッ!

「がっ」

 ガシャッ!

 突然横から何かがぶつかり、紅は自転車ごと吹き飛ばされた。


「え?」

 自分の目の前で起こった事なのに、何が起こったのか有海には理解できなかった。

 吹き飛ばされ倒れている紅。倒れた自転車。

 そして目の前には、レインコートの男が立っていた。


「え?、あ、あれ?」

 なぜこいつがここにいるのか?どうして紅が倒れているのか?突然の事態に理解が追い付かない。

 (そうだ、黒森くん。倒れてる。怪我してる?)

「黒森くん!」

 自転車が倒れるのもかまわず、紅に駆け寄る。レインコートの男はじっとその様子を見ている。

「黒森くん!黒森くん!」

「くっ、逃げろ、穂村さん……」

「でも、でもっ!」

 泣きながら縋り付く有海を押しのけて、紅が立ち上がる。

 それを見たレインコートの男が紅に歩み寄り、無言で回し蹴りを繰り出す。

 しかしその蹴りは当たらず、紅は軽く状態を後ろにそらして回避した。

 それを見たレインコートの男は軽く驚いた様子で、一旦距離を取る。


 油断していた訳ではない。本気でこの少年を倒そうと思い放った蹴りだった。それだけにこの立ち上がったばかりの少年が自分の蹴りをかわした事に驚いた。自分は格闘技経験もあり、職業柄それなり以上に鍛えている。偶然か?いや、この少年は見てかわした。弱そうに見えて強い者などいくらでもいる。何らかの能力。魔法?超能力?だとしたら距離を取り時間を与えるのはまずい。男は一瞬でそう判断し、再度紅に襲いかかる。


 紅は有海を突き飛ばし叫ぶ。

「逃げろ穂村さん!助けを呼んでくれ!」 

(くそっ、足が……。逃げるのは無理か。でも時間を稼げば)


 突き飛ばした有海とレインコートの男の間に入る。レインコートの男はボクシングの様な構えで紅に迫る。左ジャブ。紅がはじく。ジャブ、かわす。ジャブ、はじく。右ストレート。紅がかわす。左フック。眼鏡が飛ばされるがぎりぎりでかわす。やはりまぐれではない。レインコートの男が左に回り込もうとするが、紅も左に寄って有海への道をふさぐ。

「早く行け!」

 レインコートの男を見ながら叫んだ紅の声に有海は走り出す。

 涙を流しながら、全力で走った。


「だれかー!助けてー!!」

 声の限りに叫んだ。


 おそらくこの少年は能力者ではない。少々格闘技経験がある。拳法か?だが、この細い少年と自分では体格が違う。さっきの不意打ちからすぐに立ち上がれたのは意外だったが、まともに入ればすぐに終わる。

 刀は必要ない。この刀は戦うための物ではないのだから。


 


『桜!出たぞ‼』

 三人で歩いていた桜たちに突然声がかかる。

「え!?え?」

驚く輪と桃香が、キョロキョロと周りを見渡すが見える範囲に人影はない。

「どこだ!」

 突然の声にも驚いた様子も見せず、今までと打って変わって緊迫した声で桜が姿の見えない声に問いかける。

『そこから300メートル。橋の方だ』

「ええい、くそ!こんな美少女に引っかからず、誰に食いついたんだ?」

『お前の妹分だ』

「有海が!?ここにいるの!?なんで!?静香しずか、フォローできる?」

『無理だ。私の本体は遠すぎる。お前が一番近い。』

「ああ、もう!有海は一人なの?」

『いや、あの少年と一緒だ』

「黒森君か。20秒で行く!静香、1秒でも稼いで!」

 有海が一人ではないことに少し落ち着き、姿の見えない声にそう叫ぶと、桜は自転車に飛び乗る。

「輪!桃香!付いといで!着いたら姿が見える範囲で待機!」

 指示をして返事も待たずに走り出す。

 桜の様子から問答する時ではないと判断した二人は、お互いを見てうなずき後に続く。



「だれかー!助けてー」

 桜が走り出し、しばらくすると泣きながらこちらに走ってくる有海を見つける。

「有海!」

 有海の前で急停止すると、それを見た有海が縋り付く。

「桜ちゃん!黒森くんが、黒森くんが!!」

「どこだ!」

 泣きじゃくる有海が走って来た方を指差す。

「あっちの橋の方」

「もう大丈夫。すぐに輪たちが来る。二人と一緒においで」

 再び桜は走り出した。



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