第8話 髪切りの話 8


 体育館に集まったのは2組が最後だったらしく、1組と3組の間の席に座っていく。それで空いている席はなくなったようだ。

 しかし、2組の後に桜が行ったクラスはまだ来ていないはずと思い、クラスを数えてみると9クラスしか無い様だった。


 その事を隣に座ったに有海に聞いてみると、

「あー、百合組かな。あそこは多分ここには来ないと思うよ。あそこにカメラがあるから教室で見るんじゃないかな」

「百合組?」

 不思議そうに紅が尋ねる。

 反対側に座っていた覚が、

「あれ?クラス発表見てないのか。1~9組と百合組で10クラスだ。百合組は女子だけのクラスなんだよ。9組は男子だけのクラスだな。あそこにならなくてホントに良かったぜ」

「?」

(なんだその変なクラス分け?)

 覚がこの格好で男子クラスに入ったら大変な事になるだろう。色々な意味で……。

「2組で自分の名前を見つけたから、それ以降は見てないんだ」

「そっか、クロはよそから来たんだよな。この辺の地元じゃ知らない奴はいないんだけど、百合組ってのは特別な奴がいてな。そいつのために用意されたクラスなんだよ」


 紅が疑問符を浮かべているのを見て、覚が説明をしようとすると、それを聞いていた有海が慌てて止める。

「黒森くんは知らなくていいの!覚も余計な事言っちゃだめだよ!」

(黒森くんが百合ちゃんを見ちゃったらどうするのさ)

 グイっと紅を自分の方に引き寄せて覚をにらむ。


「クロ、お前一体有海に何したんだ?なんで会ったばっかりでこんな懐いてんの?エサでもやったの?」

 有海の向こうにいる輪もウンウンとうなずいていた。


 そしてしばらく雑談をしていると、覚が思い出した様に話し出す。

「あ、そういやこの間の入学式の時に、父兄の中にものすごい美女がいたって話聞いたか?もう、アイドルとかそんなレベルじゃなくて、マジで天使か仙女とかそんなのだったらしいぜ。かなり若かったらしいから、かあちゃんじゃなくて、誰かの姉ちゃんらしいんだけど。自分の子供の入学式見ないで、その美女ばっかり見てた父親が続出して大変だったらしい」

「あ、それあたしも聞いた。もしかしたら百合姫と同じかそれ以上かって話だけど、いくらなんでもそんな美人ホントにいるのかしら?」

 輪もその噂は聞いたらしい。

「百合姫?」

「あ、あ~、そろそろ始まるみたいだよ!ほら、おしゃべりおしまい!」

 なぜか有海が焦って遮る。

(姉さんのことだろうな……)




 そうこうしているうちにクラブ紹介が始まった。

 一般的な運動部、文化部が実演をしながら発表していく。その後一般的な学校ではあまり聞かない部が出てくる。


 フェイスガードとゴーグルを付けた生徒が壇上に上がる。おもむろに紙コップを頭に乗せてただ立っている。数秒経って会場がざわめき出した時、

パスッ、と音がして頭の上の紙コップが弾き飛ばされる。

「以上、狙撃部でした!」

 司会者の声が響く。

(なんだこれ?)

 横を見ると、なぜか輪が興奮した表情で狙撃主をキョロキョロと探していた。


 迷彩のショートパンツにタンクトップを着た、露出の多い綺麗な女生徒が、自動小銃を持って恥ずかしそうにサバゲ部の勧誘をする。実際には夏でも肌の露出などしないのに、それを見た男子が数名あそこに入るなどと囁きあっている。


 カラフルなレオタードを着た怪盗部の女生徒が司会者の私物を盗み、名探偵部がそれを取り返したりする寸劇のようなものを見せられたり。


 分身の術を披露する忍術部、2メートルほどの人形を動かす錬金術部。


 魔法研究部の男子生徒が呪文を唱え杖をかざすと、体育館に風が吹き荒れる。

 さらに呪文を唱えると、巨大な火の玉が杖の上に現れる。実際には魔法を使うのに呪文や杖が必ずしも必要な訳ではない。なくても使えるが、杖なり指輪なり、道具を使い呪文を唱えると効果の増幅や制御の安定性は増す。しかし、この場合はあくまで見た目重視のはったりだった。

 その派手な演出に会場がざわめく。

 すると横から大柄な男性教師が走って来て、魔法を使う生徒の頭をガツっと殴りつけた。

 屋内であんなに大きな火の玉を作れば当然だろう……。

 男性教師に引きずられ舞台を降りるとき、魔法研究部員は次の超能力研究部員を見てニヤリと笑う。

 

 そして最後の超能力研究部の番になると、一人の男子生徒が壇上に上がる。すると、男子生徒の体が宙に浮き、そのまま1年の生徒たちの上をゆっくりと飛び回る。念動力で自分自身を浮かせているらしい。超能力研究部も派手な見た目でアピールする作戦のようだ。




「あー、いろんなクラブがあって面白かった。でも最後の2つのはなんかつまんなかったね。自分たちはこんなすごい事ができますよー、って自慢するだけでさ。」

体育館から出て来た有海が言う。

「そうだな、結局能力の無い奴は来るなって感じだったな」

 うんうんと他の面子もうなずく。


 するとそれを聞いていた他のクラスの生徒が、

「ククク、無能な奴らが負け惜しみ言ってるぜ」

「ほんと、ああはなりたくないよな」

「そう言ってやるなよ。能力ガチャ外れのかわいそうな奴らなんだから」

と、こちらを見ながらニヤニヤと笑っていた。


「なんだとー!」

 むきになる有海の腕を紅がつかみ、その場を離れる。

「行こう、みんな」

「多分1組の奴らね。ほんとに性格悪いわね。ああはなりたくない、はこっちのセリフよ」

 輪が嫌そうに言う。

「ま、あんなのほっといて、じゃああたしたちもそれぞれクラブ見学に行きましょうか。終わりの時間はバラバラでしょうから、帰りは別々ね」

「そうだな」

「そうね」

 覚も桃香も同意する。


「黒森くんはどこ行くの?吹奏楽とかジャズ?やっぱり音楽系?」

 有海が問いかける。

「いや、楽しそうだけど、たくさんの人と一緒にやるのは、たぶん向いてないかな。僕は」

「え~、ダメだよ。桜ちゃんも友達たくさん作りなさいって言ってたでしょ」

 苦笑いしながら紅が聞く。

「穂村さんはどうするの?」

「う~ん、ボクはどうしようかな。体動かすの好きだから自転車部もいいけど、自転車は輪たちと行けるしなぁ。サバゲ部も面白そう。でも下心ある男の子ばっかりだったら嫌かなぁ。でもとりあえず今日は忍術部かな。中学にはなかったし。見学期間は1週間あるしね。

 音楽を始めるのもいいかな、って思ってたんだけど……」

 チラチラと紅を見ながらつぶやく。


「「!」」

 周りの面々が驚く。

「有海が音楽?」

「なんだよ~、ボクだって新しい事に挑戦したいんだよ!」

「そ、そうだね、わたしも何か新しいことしたいかな。じゃあそろそろみんな行きましょうか」

 桃香が優しく救いの手を差し伸べた。


「あっ、そうだ黒森くん。もし時間が合えば一緒に帰らない?あの公園のほう通って帰るんでしょ?ボクも一緒の方向なんだ。それと、えっと、ほら、先生が女子は一人にならない様に、って言ってたし。ボク髪長いし、だから、えっと、」

 自分の髪をいじりながら有海が紅を誘う。

 それを見て紅が優しく答える。

「そうだね、時間が合えば。」

パッと明るい笑顔で、

「そうだ、まだ連絡先交換してなかったね」

 と、携帯端末を取り出し連絡先を交換する。

 それを見て、ニコニコしながら、

「じゃあ、ボク行くね。あとで連絡するね」

 と、嬉しそうに走り出す。


 残りの全員がそれを見送る。

「あたしたちも一緒の方向なんだけど」

 つぶやく輪に、桃香がくすくすと笑う。


「さて」

 有海が立ち去ったあと、途端に厳しい表情になった輪が紅を見る。

「黒森紅。あなた、何者なの?」

 そんな輪の問いに少し沈黙した後、静かに答えた。


「……僕はただの高校生、だよ」

「……確かに有海はあまり人見知りせず、色んな人とすぐ仲良くなるわ。でもここまで懐くのは見たことがない。それも男子に。

 あなたと初めて会った日の事を聞いても、なんだか曖昧だった。

 あなた有海に何をしたの?」


 紅はそう聞かれても沈黙を保ったままだった。

「もし、有海になにかあったら。有海を泣かせたら。絶対に許さないわ」

 そう言って紅をにらみ、立ち去った。


 気まずい空気の中、

「あ、えっと、わたしも有海ちゃんのことが大好きで、楽しそうな有海ちゃんを見てると嬉しいです。だから、えっと、有海ちゃんを悲しませないでくれると、嬉しいです」

ペコリと頭を下げ桃香も校舎に向かう。


「んじゃ、俺も行くわ」

 覚もそれに続く。


 紅は黙ったまま彼らを見送った。



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