第7話 髪切りの話 7


 多くの者が昼食を食べ終わり、教室に戻って来た頃、その生徒はやって来た。

 自分のクラスではないのに堂々と入ってくる様子と、後から先輩が来るという話を聞いていた生徒たちは、それがこの人だとすぐに分かった。


「こんにちは」

 教室を見回して挨拶をする。

「きゃあぁ!」

 何人かの女子が歓声を上げる。

 セーラー服にくるぶしまである長いスカート。長いポニーテール。優しそうに微笑んではいるが、鋭い目つき。どこかで見たことがあるような雰囲気の女生徒だった。


「お姉ちゃん!?」

「桜ちゃんだぁ」

 その姿を見た輪と有海が声を上げる。

 そして輪が急いで女生徒に駆け寄り抱き着く。

 輪に抱き着かれた女生徒は特に驚く事もなく、さも自然に輪の腰に手をまわし、

「相変わらず輪は甘えん坊だな。」

 と、輪のこめかみに軽くキスをする。

「えへへ」

 照れたように微笑む輪。


「桜ちゃんこんにちは」

「こんにちは」

 有海と桃香もそばに寄って行く。

「ああ、有海も桃香もいるね」

「お姉ちゃん、あたしに会いに来てくれたの?」

 嬉しそうに問いかける。

「もちろん、と言いたいところだけど、ごめんよ。お姉ちゃん今日はお仕事で来たのさ」

「ええ~」

 不満そうに頬を膨らます輪。


 何を見せられているのかと呆然とするクラスメイトたち。

 こうして見ると、どこか見たことのあるようなその女生徒は輪によく似ていた。顔立ちはそれほどでもないが、長いスカートや髪形も同じだ。雰囲気もよく似ている。 今のデレデレの輪は先ほどまでの雰囲気とはかなり違うが……。

 お姉ちゃんと呼んだ事から姉妹なのだろうか。かなり仲の良い姉妹である。背が高い方である輪と並んでも少し高く、紅の眼線よりやや低い程度で170cm近くはあるだろうか。輪よりは若干あるが、引き締まった慎ましい身体。


 そんな女生徒が改めて教室の生徒たちを見回し、当然の様に輪の腰を抱きながら、

「さて、改めまして。先生から話を聞いていると思うが、このクラスのみんなに話をしに来た。2年の交野 桜かたの さくらだよ。よろしく。」

「きゃあ、本物の交野先輩だぁ」

「すごいすごい」

一部の女子たちが盛り上がる。


「何人かは知ってる顔があるね」

 その女子たちを見ながら桜が言う。

「!?うれしい!先輩に覚えてもらってる!」

 興奮する女子たち。

 どうやら女子からかなり人気のようだ。


「あ、あんたが交野 桜!」

 そんな中、一人の男子が立ち上がる。

 巌流院剛毅こと白鳥夏美。めんどくさいから以後は剛毅と呼ばせて頂く。

「おや、君とは会ったことはなかったはずだけど、アタシを知ってるのかい?」

「当然じゃ、番長を目指しているもんであんたを知らんはずがない」

 興奮気味に剛毅が答える。


「それは嬉しいね」

「皇立大阪高校、番長連合死天王の一人、【奈落の桜】。」

「あ、いや、その呼び名は……」

 恥ずかしそうに止めようとする桜。


「死天王?」

「奈落の桜?」

ざわつく教室。


「何言ってるんだ、お前?」

 訝しげに輪が剛毅を見る。

「?何って、お前こそなにを言っとるんじゃ。交野桜と言えばこの学校どころか全国の番長の中でもトップクラスの実力者じゃろ。妹のくせに知らんのか?他にも【蜂の巣の桜】、【血濡れ桜】、【地獄桜】とか他にも色々な二つ名が……」


「ストップ!待って待って!」

 慌てて止める桜。


「お姉ちゃん死天王なの!?」

 驚いて抱き着いている桜を見る。

「あ、はい、えっと、その……、そう、かな?そう、かも……です」

 恥ずかしそうに答える桜。

「あたし聞いてないよ、なんで教えてくれなかったの!」

「いや、だってさ、死天王とか恥ずかしくって……。自分で決めた訳でもないし、かわいい妹たちにお姉ちゃん死天王なのよ、とかちょっと言い辛くてさ……。あと、ちょっと最近忙しいのもあって、その……」

「だから最近あんまり会いに来てくれなかったの?あたしが受験だから気を遣ってくれてたんだとばっかり思ってた」

 不満そうな輪。


 そんな輪を見て、慌てながら、

「あ、いや、違うんだ。勉強の邪魔したら悪いとは思ってたのは本当なんだよ。お姉ちゃんと同じ高校に行く、って頑張ってくれてたし、アタシも輪と一緒になるのは嬉しいからね」

 焦りながらまた輪のこめかみにキスをする。

「もう、いっつもそればっかり。そんなのでごまかされないからね。後で詳しく聞かせてもらうから」

 ごまかされた輪が腕にしがみつく。


 思っていたのとかなり違う状況を見せつけられたクラスの生徒たちの心が一つになる。

(((なんだこれ)))

そして苗字が違うのと、話の感じからどうやら実の姉妹という訳ではなさそうだ。



 気を取り直し、少し赤い顔で恥ずかしそうにしながら、

「ん、え~、ちょっと話が逸れたね。時間もあまりないことだし本来の用件に戻ろうか。アタシの事を知ってるんなら話が早い。みんな噂くらいは聞いたことがあると思うけど、各クラスには数名ずつ番長候補が配属されている。アタシはそれをスカウトしに来た。

 そしてわざわざ関係ない生徒にまで残ってもらっているのは、彼らが番長候補であることを知ってもらうためでもある。毎年自称番長って奴が何人か出るんでね。その牽制の意味もある。そして番長候補は治安維持に協力してもらうことになる。」


 ざわつく生徒たち。

「やっぱり本当だったんだ」

「あの~先輩、そういうのって1組に集めてるんじゃないんですか?」

 先ほど桜を見て歓声をあげた女生徒が質問する。


 さっきまでとは違いキリっとした表情で桜が答える。

「ああ、そうだね。確かに1組から多く選ぶのは間違いない。でも毎年の事らしいんだけど1組に力の強い能力者が集まるって言っても、みんな戦うための能力って訳じゃない。

 それに1組に集まる子たちは、例年選民思想が強いというか、わがままな子が多い。子供の頃から、他の子が持っていない特別な能力を持っていると、どうしても持っていない子を見下しがちになるみたいだね。みんながみんなって訳じゃないんだけど。

 あと、実を言うと今年は使えそうな子を、各クラスに何人ずつか配置してるのさ。うちの総長の考えでね。1組の子たちの能力は強い。だがただそれだけだ。

 番長は弱いものを助けるためにいる。そんな奴に番長になられても困るんでね。まずは候補として番長連合に入ってもらって、見極めるのさ。

 まあ、中には番長連合に入った途端、なにか勘違いして偉そうにふるまう奴がいるんだよ。そんな奴は、指導して矯正するか、だめならまあそれなりに、ね」

 ハァっとため息をつきながら、怖い事をぼやくように答える。


「まあ、そんな訳でまずは君だ。どうだ白鳥夏美君。番長連合に入らないか?もっと強くなれるぞ。」

 桜は立ち上がっていた男子に声をかけた。


 クラスが驚愕に包まれる。

「嘘やろ?」

「マジで!?」

 様々な声が飛ぶ。


 声をかけられた本人も驚いており、

「わ、わしが?お、おう、この巌流院剛毅に声をかけるとはさすがに見る目があるのぅ。」


「あれ!?巌流院?きみ白鳥夏美くんじゃないの?資料が間違ってた?」

「白鳥夏美なんて軟弱な名前の男は死んだ。ワシの名前は巌流院剛毅じゃ」

 全国の白鳥さんと夏美さんに申し訳ない。

「え~、何それ……」

 その気持ちよく分かります。


「しかし、わしも忙しい身じゃから、どうしようかのぅ」

 などと、嬉しさを隠せずにもったいぶる。

「あ、ダメならいいよ」

 しかし、桜はあっさりとそれを切り捨てる。稚拙ながらこれが彼なりの交渉術とは分かっているが、この濃い外見は桜の好みではなく、別に来なくてもいいというのは桜の本心だった。もう筋肉はおなか一杯の桜なのだ。


「あ、うそ、嘘じゃ!まだ忙しくないです!」

「いやいや、そんなに無理してくれなくてもいいよ」

「しとらん、いや、してません!入れてください!」

 チっと舌打ちしながら、

「そう?じゃあ後で迎えに来る」

 嫌そうに答える。


 ふぅ、っと汗をぬぐいながら安堵する剛毅。

そして挑戦的な顔で桜に問いかける。

「ひとつ聞きたいんじゃが、わしがアンタに勝ったら死天王になれるんかのう?」


「へぇ、面白いね」

 たった今までの優しいお姉ちゃんの雰囲気は一瞬で消え去り、そこには姿は同じでも、まったく違う人間が立っていた。そして静かな声で、

「もちろんそうだよ。アタシに勝てば死天王のトップだ。さらに総長に勝てば君が今日からこの学校の総番長だ。ちょうど1年前、アタシたちもそうした」

 そう言って細めた目で剛毅を見つめる。自分が死天王のトップであるアピールも忘れずに。


 剛毅は動けなかった。逃げるどころか、指一本動かない。瞬きさえもできなかった。

 体が震えるのに汗がでる。暑いのか寒いのかすら分からない。

「あ、う、あ」

 声が出ない。

 なんだこれは?

 自分は今までそれなりの修羅場をくぐって来た。喧嘩でも負け知らず。能力者にも負けた事はなかった。そんな自分が見つめられただけで動けない?

 これがたった一つ上の女子高生?絶対嘘だ。これが全国トップクラスの番長。これが死天王。奈落の桜。


 剛毅だけでなく、クラス全体が静止する中、桜が笑顔に戻る。

「今はあまり時間がないんだ。実はもう一クラス行かないといけないんだよ。あとで少し遊んであげるから、先に他の用事をすませてもいいかい?」

 コクコクとうなずく剛毅。

 途端にクラスの全員が息を吐く。どうやら呼吸さえも忘れていたようだ。


 そして桜は違う男子生徒の方に向いて声をかける。

「さて、もう一人は君だ。番長連合に入らないか?黒森紅君」



「えっ!黒森くん?すごい!番長候補なの!?」

 本人より先に、それを聞いた有海が声を上げる。


 一瞬驚いた顔をしたものの、紅は落ち着いた声で答えた。

「……人違いじゃないですか?」

 紅の前まで近づいて来た桜が答える。輪の腰を抱いたまま……。

「いいや、君で間違いないよ。黒森紅君」


 じっと見つめあう。

「僕は普通の高校生です。特に喧嘩が強い訳でもありませんし、超能力も魔法も使えません」

「そうだね、調査した限り、君は超能力と魔法使えないね。小中学校でもある程度の調査はするし、能力を持っている子は大抵小中学で自分から話すか、見せて自慢することがほとんどだ。持っている能力をまったく見せない子供なんてまずいない。まあ先祖代々隠し通す決まりがあるとかなら別だけど。つまり、能力はほぼ把握されると言う事だ。後天的に目覚める少数の例外はあるけれど」


「あなたは何を知っているんですか?」

 静かに問いかける。

「ここに入学する生徒の事は当然調べる。おかしな奴が入って来ても困るからね。どんな人物か、能力の事、それから家族の事・・・・も」

 桜も静かに答えた。

「だったらなおさら、僕が普通の人間なのはご存知でしょう?」


 見つめ合ったまま沈黙が続く。


 やがて桜が口を開く。

「プライベートな話に踏み込むことになるから、時間と場所を改めてもいいかな?君が候補者だと言う事を周りのみんなに知らせる事はできた。

 さっきも言った通り、もう一クラス行かなきゃダメでね。思ったよりここで時間を使ってしまったんだ。

 アタシたちは今、少し困っていてね。できれば君に助けてほしい。

いきなりだったからね。よかったら考えておいてくれないか?また連絡するよ」


 話し終えると桜はクラスのみんなに向けて声をかける。

「時間をもらって悪かったね。これからクラブ紹介だろう?うちはクラブが盛んだ。みんなぜひどこかクラブに入るのをお勧めするよ。多くの友人と高校生活を楽しんで欲しい」


 そこでもう一度紅を見て、

「ああ、それと良い眼鏡をしているね。でもそれじゃよく見えないだろう?眼が良いのは悪い事じゃないよ」

 そう言って、もう一度輪にキスをすると桜は教室を出て行った。




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