第9話 髪切りの話 9
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「あ、黒森くん!お待たせ!」
校門のそばで待つ紅の所に、自転車を押した有海がやって来た。
「ごめんね、大分待った?」
申し訳なさそうに有海が問いかける。
「ううん、全然。僕も今来たところだよ」
「ホント?良かったぁ。見学だけなのに結構長引いちゃって。すごいんだよ、新人の勧誘だからって、張り切った先輩たちが色んな忍術見せてくれるの。それで1年生が拍手してたら、3年の先輩が喜んで秘術まで見せてくれたんだけど、顧問の先生に怒られてた」
(それはそうだろう)
紅が苦笑する。
「じゃあ、帰ろっか。あ、黒森くんのこの前のカッコイイのと違うね。通学用?」
紅の自転車を見た有海が問いかける。
紅の自転車はいわゆるシティサイクルで、前かご、ライト、泥除けなどが標準装備になっているごく一般的な物だ。
対して有海の自転車は前かごも泥除けもついていないスポーツバイク。ライトは取り外し式のバッテリーライトである。荷物はすべて背負うことになる。
ひと昔前は、通学自転車と言えばママチャリ、いわゆるファミリーサイクルがほとんどで、差があるとすれば変則の有無、自動点灯ライトかダイナモ式ライトかなどくらいであった。
しかし近年、電動自転車と呼ばれる電動アシストサイクルの普及により、通学自転車のシェアにも大きな変化が起こっている。これまでは学生にそんな贅沢品は必要ないとか、若いんだから普通ので大丈夫、という声がほとんどだった。一般の自転車の販売台数がどんどん減少するのに対し、電動自転車の販売台数は年々増加しており、主婦層がメインターゲットだった電動自転車が、老人から学生にまで普及し出した。そして、電動自転車の楽さに慣れた親世代が、毎日通学するなら電動の方が楽だよね、と言う事で通学用として電動自転車を使用する学生が増加したのである。
地域にもよるが、最近では半分近くが電動自転車というのも珍しくない。山の上にある学校や、坂の多い地域ではそのほとんどが電動自転車という学校もあるくらいだ。
そこからさらに通学でスポーツバイクを使用する学生も増えて来た。スポーツバイクは速く、楽に、遠くまで走れる自転車だが、荷物を積むのが難しい。本来ならば通学には向かない自転車なのだが、やはりカッコ良さが重要なのだろうか。
スポーツバイクにも種類があり、山で遊ぶマウンテンバイク、舗装路を速く走るロードバイク、その中間のクロスバイクなどがあり、その中でもそれぞれ用途によって細分化されるが、ここではあまり詳しくは触れないでおこう。
「うん、この前のは遊びで使う用かな。姉さんが自転車が好きで、それに付き合って走るので必要だから。身長もある程度伸びるのが止まったみたいだったから、去年買い替えたばっかりだったんだけど、通学には向いてないからって、これを買ってくれたんだ。
荷物の量によって使い分けようとは思ってるんだ」
「へぇ、お姉さんがいるんだね。でもいいなぁ、ボクも2台持てるならそうするんだけど。入学で自転車買ってくれることになった時すごく迷ったんだよね。親と自転車屋さんはかご付きをお勧めしてたんだけど、色々ついてると輪たちとサイクリングに行くとき走りにくいしさ。1台しかダメって言うから迷いに迷ってこれにしたんだ。電動は却下されちゃった」
そう言って笑いながら自分の自転車を見る。
有海が使っているのは、クロスバイクであった。身長が低いため、フレームサイズが小さくそれに合わせてホイールもやや小さい。アルミフレームの軽く、使いやすいモデルである。
「ボク身長低いから、あんまり選択肢がなくて。危うく子供用から選ばされるところだったんだよ。買う時も、自転車屋さんが後からかごは付けられないよ、とか修理代がママチャリよりも高く付くよ、とか散々親に念押ししてたけど、かわいいのが買えてよかった」
そう、スポーツバイクはスポーツをするための自転車である。自転車に乗ることが目的であり、大量の荷物を運ぶようには作られていない。余計な物をそぎ落として、少しでも軽く、速く走る事に特化した自転車である。それなのに、見た目でスポーツバイクを選び、不便だからと後からかごや泥除け等、余計な物を付け足して、乗りにくいだの、音がするだのすぐ外れるだの文句を言うのである。修理代も一般車より高く付く傾向にある。
これからマラソンをするのに、重装備で荷物のたくさん入ったリュックを背負ったり、F1にチャイルドシートを取り付けたりするような暴挙である。
ちなみに最初からかごや泥除けが標準装備されたクロスバイクも存在する。それらは設計段階から、そういう使用目的で計算して作られているので問題はない。もちろん、走りにおいては純粋なスポーツバイクには劣るが、後から付け足すよりはずっと乗りやすい。
まあ、それはともかく。
「そっか、黒森くんも自転車好きなんだ。えへへ、なんだか嬉しいな。そうだ、今度一緒に走りに行こうよ。輪や桃とよく走ってたんだよ。桜ちゃんの影響で輪が自転車好きだから、それに影響されちゃったんだ。あ、それじゃ行こっか」
そう言ってヘルメットを被る有海。紅も同じように被る。
「あ、えらい。ちゃんとヘルメット被ってる。ママチャリだと被らないの多いんだよね。転んだら危ないのにさ」
そう言って微笑む。
「じゃあまずは公園まで行こうか、ボクが先行くね。」
そして、ゆっくりと車道に出て行く。紅もその後を追った。
公園に着き自転車を降りる。
「公園の周りを走って行ってもいいんだけど、あの、良かったら公園の中、通って帰らない?自転車は押して行かないといけないんだけど」
少し遠慮がちに紅に問いかける。
「……大丈夫?怖くないの?」
「ホントはあれから人のいない所は少し怖いんだけど、今日は黒森くんがいるから平気」
「そう、ならそうしようか」
(まあ、同じ所に何度も出たりはしないだろう)
そうして、二人は公園に入って行った。
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