第41話 入部の話 3


 全員で校庭に出てきた。野球部やサッカー部、ラグビー部などがかなりの面積を使っていたが、番長連合の幹部たち、死天王が揃って出てきたことでほとんどのクラブが動きを止めた。桜が交渉して校庭の一角を使用することを伝える。どこからも異論は出ずにスムーズに場所を借りる事が出来た。


「武器はどうする?」

 石山が紅に問いかける。剛毅が武器を使わない事は分かっているので紅だけに確認する。


 少し考えてから、

「殺し合いじゃなくて模擬戦ですよね?なら素手でいきます。紫苑」

 そう答えて紫苑を呼ぶ。

 学ランを脱ぎ、腰の後ろに差していた短刀と眼鏡も一緒にまとめて紫苑に預ける。

「預かっててくれ。汚したくないんだ」

 受け取った紫苑はそれを聞いて、嬉しそうに微笑んだ。

「?」



紅と剛毅が10メートルほどの距離で対峙する。

「どちらかが戦闘不能になるか、降参するまでだ。戦闘不能の判定はオレがする。いいな?」

 石山が紅に告げる。剛毅には言わないので番長連合ではいつものことなのだろう。


「降参していいですか?」

 一応聞いてみる。

「駄目だ」

 当然却下。


「では始め!」

 石山が力強く叫んだ。



 対峙する二人。二人とも特に構えは取っていない。紅はごく自然に両手をだらりと下げている。

 対する剛毅は履いていた下駄を片方ずつ脱いで後ろに蹴り飛ばす。


 今までずっと黙っていた剛毅が嬉しそうに語り掛ける。

「黒森よぉ、お前が強いのは分かっとった。だからお前とはいっぺん闘ってみたかったんじゃが、なかなか来んからがっかりしとったんじゃ。じゃがこれでやり合えるのう。」


 だがそんな嬉しそうな剛毅に対し紅は苦い顔だ。

「この対格差でまともな勝負になる訳ないだろ。こっちは能力者じゃないんだ」

 紅が愚痴るのも当然だった。格闘技において体重は大きなハンデだ。50Kgそこそこの紅とおそらく100Kg近い剛毅ではヘビー級とフライ級くらいの差がある。剛毅のジャブがKOパンチなのに対し、紅の渾身のパンチが当たってもたいしたダメージにもならないだろう。


「わしだって能力は無しじゃ。スポーツをする訳じゃないんじゃ、いろいろ手があるんじゃろ?行くぞ。がっかりさせるなよ」

 そう言って少し前かがみになったと思えば、恐ろしい速さで飛び出し真正面から突っ込んできた。


(速い!)

 直前で横に飛び退いた紅の顔にすれ違いざま拳を振るう。体だけでなく首を傾けてそれをかわす。

(あの巨体でこのスピードか、化け物か?)

 通り過ぎた剛毅が方向を変え、もう一度真正面から向かってくる。筋肉の鎧に覆われ、力もスピードもある強者には小細工など必要なかった。走りながらそのまま振りかぶった拳を紅に叩きつける。

(これ当たったら死ぬだろ。ほんとに模擬戦って分かってるのか、こいつ)

 そんなのんきな事を考えながら、顔の直前まで迫った拳に、ゆらりとした動きで手をそえてくるりと腕を回した。

 すると剛毅の体は殴ろうとした動きのまま一回転し、背中から地面に叩きつけられる。ドスっという重い音と土煙が上がるが、紅はその場所に立ち止まらず、スッと横に逃げる。

 一瞬前まで紅の頭のあった場所を剛毅の蹴りが通り過ぎる。

 地面に叩きつけられても、即座に逆立ちの状態から蹴りを繰り出す剛毅。ダメージは?


(あれでノーダメとかおかしいだろ!)

 距離を取ったが、体制を立て直した剛毅が恐ろしい速さで迫る。後ろに走るよりも当然前を向いて追いかける剛毅の方が速い。逃げるのを諦め、接近戦の距離になる。この対格差で捕まったら完全にアウトだ。掴まれるよりはましだと殴り合いの距離になり、足を止めた剛毅がすさまじい手数で乱打を浴びせる。

 見ていた周りの者たちはこれで終わりかと思ったが、紅はその全てを両手でさばいた。


「ほう!上手いな。防御が異様に上手い。剛毅は力だけでなく、技もある。オレでもあの状態だと何発かもらったからな。フェイントにも引っかからん。目がいいな!」

 一番近くで見ている石山が興奮気味に言う。

「うんうん、いいじゃないか」

「紅、すごい」

 桜と紫苑も嬉しそうだ。

 だが、当の本人はそれどころではない。一瞬も気が抜けない状態。一発でももらったら終わりの状況。


 パンチの乱打から、ほんのわずかに後ろに下がった剛毅が中断の蹴りを放つ。 だが紅はそれにも対処し、すり足で後ろに下がる。ぎりぎりで腹の前を足が通り過ぎ、その一瞬のスキを突いて飛び出した紅が剛毅の脇腹に掌底を放つ。

「フッ!」

「おおっ!?」


 吹っ飛ばされ倒れる剛毅。しかしすぐに立ち上がる。

「なんじゃ!?この威力は?気功か?」

 わずかに足が震えているが大きなダメージにはなっていないようだ。


 時間を稼ぐために紅は構えを解いて、会話に応じる。

(あれが効果なしか……、勝てないな)

「うん。すぐには使えなくて、これだけ準備運動しないとダメなんだ。だから実践ではほぼ使い物にならない。武器を持つ方が早くて確実だ」


「そういえばお前刀を使うんじゃろ?なんで使わん?」

 不思議そうに問いかける。戦いに勝つためなら武器を使うのは当然だ。模擬戦とはいえ、本物の刀はともかく木刀くらいは使う。それなのに素手で挑んだ事が不思議そうだ。


「君が武器は使わないって聞いたからね」

 それを聞いた剛毅はニヤリと笑う。

「なんじゃ、あんな事いいながらお前も喧嘩が好きなんか」

 

 紅が眉をしかめる。

(僕が?冗談じゃない)


「なあ黒森、お前、消えるんじゃろ?見せてくれんか?わしもスピードには自信あるんじゃがお前の本気を見せてくれ」

 嬉しそうに提案する。実戦ではありえない話だ。

 もう話は決まったとばかりに剛毅は学ランを脱いで投げ捨てる。そして防御の構えはとらず両こぶしを握り、フンっと力を入れる。この体に本気で打ち込めと言わんばかりだ。

 まあ、実際そういう事なのだろう。


(もう決定事項かよ!なんだよあの体でスピードに自信あるとか。おまけにあの筋肉。弱点なしじゃないか。ああ、もう帰りたい……)


「……分かったよ。1分くれ」

 嫌々ながらも了承する。これ以上格闘しても結果は見えている。ならば少しでも倒せるチャンスがあるこの提案に乗る事にした。

 

 紅はそう言って後ろに下がっていく。そして15メートルほど離れた場所で立ち止まり、ゆっくりした呼吸を繰り返す。やがて1分が経ち、静かに言った。

「行くぞ」

「来い!」


 剛毅が答えた瞬間、紅の姿が掻き消える。離れた場所にいたはずの紅が一瞬で目の前に現れ、気づいた時には紅の右手の掌底が剛毅の腹に触れている。

「フッ!!」

 ドンっとさっきよりも重いすさまじい衝撃が剛毅を貫く。

 しかしそれと同時に剛毅の左蹴りが紅の体を叩く。その蹴りに紅は10メートル近く吹きとばされた。


 蹴り飛ばされて倒れた紅は立ち上がらない。


「そこまで!」

 石山が終了の声を上げた。


「紅!!」

 慌てた紫苑が急いで紅のもとに走り寄る。どうやら気を失っているらしい。

「紅!紅!どうして、どうして起きないんだ!?すぐに治るんじゃないのか!?」

 どうしていいか分からず、泣きながら紅の横でひざまずく紫苑の後ろに桜がやってくる。そして紅の具合を見て、

「ああ、生きてる生きてる。うん、細いのになかなか頑丈じゃないか。大丈夫、死にはしないよ。保健室に運ぼう。おーい、源治、頼めるかい?」

「う~い」

そばまで来ていた源治が軽い返事で答えると、誰も触れていないのに紅の体が地面から浮き上がる。源治の念動力だ。運ぶのが女子ならおそらく手で抱きあげたのだろうが、男子なのでこの対応。


「紫苑、一緒に行っておいで」

(頑張りな)

 ついでに耳元にささやく。

 紫苑は泣きながら驚いた顔で桜を見ると、すぐに源治を追いかけた。



 石山が剛毅のもとに行き声を掛ける。

「動けるか?」

 その声と同時に剛毅が膝を着き、ごふっと血を吐いた。


「来ると分かっとるのに見えんかった。これが本気の殺し合いで、あいつが刀を持ってたらわしは気づかんうちに首を刎ねられとったんかのう」

 剛毅は嬉しそうに笑いながらそう言った。



 見物していた1年生たちは誰も何も言えずに沈黙するだけだった。戻って来た桜がその中の一人の女生徒に声をかける。

「どうだい翠子みどりこ。勝てそうかい?」


 翠子と呼ばれたポニーテールの女生徒は真面目な顔で答える。

「……素手では無理です。彼の守りを抜けないと思います。確かに初見で武器を持った彼と闘かっていたらと思うとゾッとします。能力と武器を持った状態ならなんとか勝てるかと」

 それを聞き、桜面白そうに微笑む。


「うん、思った以上だった。やっぱりあれをよそにやらなくて正解だ」





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