第36話 猫の話 4
混沌としたバーベキューの中、すっかり両親にも気に入られ外堀を埋められていく紅。最初に会った時に小学生と思い込んでしまったために、有海は異性と言うよりも庇護対象と感じている紅だった。だが、今回はあくまでお礼として招待されただけでそういう意味で招待されたのではない。ないはず。やけに有海がご機嫌なのが気になるが。
やがて楽しい時間も終わり、穂村家の3人に見送られる。
「黒森くんまた来てね」
嬉しそうに手を振る有海。
そして帰り際に紅は桜に密かに目配せする。
桜は敏感にそれを察して、
「さ、それじぁ黒森君はアタシが駅まで送るよ。覚、輪と桃香を頼むよ」
「すぐ近くなんだから大丈夫だって」
「だ~め。ちゃんと家まで頼むよ」
「わかったよ」
3人を見送ってのんびりと歩き出す。
「それじゃ行こうか」
しばらく二人で何気ない雑談をかわす。
「あ~久しぶりに有海んちでバーベキュー食べたよ。もうお腹ぽんぽん。」
たいして膨らんでいるようには見えないスリムなお腹をポンポンと叩く。
(ぽんぽんなんだ)
「有海はいっつもアタシと一緒で食べる側だったから、あんなにまめまめしくお世話してるの初めて見たよ。どうだい、有海はかわいいだろ?」
姉バカ感あふれる質問を投げかける。
「そうですね。すごく可愛いです」
「うんうん、そうだろうそうだろう」
満面の笑みでうなずく。
「そうだ、なんやかんやで言うのを忘れてたよ。黒森くん、君はアタシに助けられたと思ってるみたいだけど、本当に助けてもらったのはアタシの方なんだよ」
立ち止まり紅に向かいながら静かに話しかける
「先輩?」
「多分、君の認識じゃ自分は時間稼ぎをしただけで相手を倒したのはアタシってとこだろうけど、犯人を倒したとかはどうでもいいんだ。有海を護った。それだけが重要なことなんだ。君がいてくれた。君は逃げずに犯人の相手をしてくれた。時間を稼いでくれた。だからアタシが間に合ったんだ。」
「僕が……」
「そう。君だよ。君が助けてくれたんだ。有海とアタシを。黒森紅くん。本当にありがとう」
そう言って桜はやさしく紅を抱きしめた。
これが感謝の抱擁である事はよく分かった。だから紅はただ立ったままで抱き返したりはしなかった。
長くも短くもない抱擁は終わり離れた桜が、少し怒ったふりで、
「でも君の自己評価が低いのはいただけないね。まああんまり喧嘩とかしたことないって言ってたし、自分より強い人としか戦った事がないんだろう?子犬だって兄弟で遊んだり喧嘩したりしながら力加減を覚えるんだ。君は自分の力を理解しなくちゃ。そしてもっと多くの人と関わらなくちゃダメだ。例えば番長連合とか。番長連合とか」
大事な事を2回言いながら、さりげなく勧誘してくる。
子犬以下のコミュ力をさりげなくディスられる。
とりあえず苦笑いしながら、
「考えておきます」
お茶を濁した。
また歩きだして桜が問いかける。
「さて、君の方から誘ってくれるのは初めてだね。で、どんな話だい?」
こうして二人で帰っているので分かっていたことだが、ちゃんと合図が通じていた事に安堵しながら紅が答える。
「実は前野さんの事で気になる事が」
それを聞いた桜が愕然とした表情で、
「き、君!と、桃香にまで!な、何人手を出せば気が済むんだ!?」
驚きの声をあげた。
「一人も出してないですよ!人聞きの悪い!」
あまりの言いがかりに思わず声を荒げる。
「え?でも有海と紫苑と百合は美味しくいただいちゃうんだろ?」
何言ってんのこいつ?と言う顔で首を傾げる。
「いただきませんよ!穂村さんはかわいいけど、そういうかわいさじゃないですよ。何と言うか、こう、妹みたいと言うか、子犬みたいと言うか……」
「ああ、わかるわかる。有海の妹力はなかなかのもんだろう?」
(あらら、有海もう少しがんばらないとな。まあまだしゃあないか)
内心は妹分に同情しながら、紅に見せる顔ではなぜか変なところでドヤる桜。
「妹力……」
(何言ってんだ、この人?)
「紫苑と百合は?」
「……二人とも中身が……」
「あんなに可愛いんだからいいじゃないか、少しくらいポンコツでも!」
(ああ、やっぱり先輩も思ってたんだ)
はあっとため息をつきながらいやいや答える。
「全然少しじゃないですよ。こっちは死にそうな目に遭ったのに。とにかくあの二人とも付き合いたいとは思いません」
「はっ!?まさか君、男の子の方が……?」
「またかよ!それはもういいよ!」
「ええ~、本気?アタシだったら全員美味しくいただいちゃうよ。絶対」
「先輩だけですよ、そんなの。毎日修羅場じゃないですか。嫌ですよ」
「男の子だろ、かわいい彼女欲しくないのかい?」
「そりゃかわいいに越したことはないですけど、僕はもっと落ち着ける人と付き合いたいんです」
「チっ!贅沢言いやがって!」
(まあ、あんだけの美人を毎日見てたらこうなるのかね?)
「もういいですか?それに前野さんが気になる、じゃなくて前野さんの事で気になる事がある、って言ったんです」
いい加減話が進まないので強引に進める。
そろそろ遊んでいられないと桜も判断し話を聞き始める。
「どういうことだい?」
紅は今朝桃香の家の前であった事を話した。
その話を聞いた桜は実に嫌そうな顔をする。
「……ホントに聞いたの?」
「ええ」
「ホントのホントに?」
「はい」
さらに嫌そうなしょっぱい顔。
「ええ~、それどう考えても君の担当じゃないかぁ」
そんな事を言われても紅としてはいい迷惑である。
「僕の担当なんてないですよ。後からなにかあっても困るから一応先輩には報告しとこうと思っただけです」
「でも今まで桃香にそんな関係の話なんて聞いたことないよ。君が引っ張ってきたんじゃないのかい?」
疑わしそうな目で紅を見る。
妹分たちが怪異に遭った事など桜が知る限りない。高校に入学してからとなると、一番その筋と関係が深いのは紅である。そのため桜は紅を疑ったのであった。
だが紅は桜のその視線を嫌そうな顔をせずに真面目に受け止めて答えた。
「逆ですよ」
「逆?」
「僕じゃなくて、先輩に引っ張られてるんです」
「アタシ!?嘘だぁ。そんな訳ないよ。アタシ今までお化けとか妖怪なんて……。あ。あの蛇以外はからんでないよ」
その桜ののんきな見解にため息をつきながら紅は答えた。
「はぁ。ほんとに分かってなかったんですね。自分がどれだけ大きな影響のある者に関係したか。あれはこの辺りの神の一柱だったんですよ。あれと戦っておいて、なんの影響もないわけないじゃないですか」
「そういうもんなの?」
「そういうもんです。名前も分からないようなのが目の前を横切ったとかじゃないんですよ。先輩たちあれを認識して何時間も戦ったんでしょ?さらにあいつを倒したんですよね?そりゃ影響ありますよ」
紅の中では自分の前から逃げた蛇は、あの場にいた番長たちが倒した事になっていた。
「いや、確かに戦ったけど、最後は……」
紅は知らないが、紅が戻る前に謎の老婆が雷で蛇を殺し、雪には雪が居たことを言わない様に口止めされていた。
(あれ?雪さんが居たことは言わない様にって言われたけど、あのおばあちゃんたちが蛇を倒したのは言っても良かったのかな?でも今更言うのもなんだかなぁ)
「まあそんな訳で、この辺りに怪しいのが出やすくなってるんだと思います。先輩たちというか、まああの蛇のせいですね」
「そんな事が……」
百合を助けるために紫苑から頼まれたとはいえ、自分たちから首を突っ込んだのは確かな事だ。その事が関係のない桃香にまで影響を与えた事に桜はショックを受けた。
その様子を見て少し焦る紅。別に桜たちのせいにするつもりも責めるつもりもなかったのだが。
「ま、まあ、そんなにまずいモノじゃないと思いますよ。多分命に係わるほどじゃないと思いますし。何かが守ってるみたいですから、暫くうるさいかもしれませんが暫くしたらほっといても消えるんじゃないですかね」
だが、それに対する答えは別の場所から投げられた。
「おい!どういうことだよ!」
覚だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます