第37話 猫の話 5


「覚!?」

 普段の桜なら気づいていただろう。油断していたのは間違いない。自分の家のそばで敵意も無い弟同然の子の気配には注意していなかった。

「どこから聞いてた?」

 紅は途中から気づいていたが、桃香の話なので覚に聞かれてもまあいいかと口には出していなかった。


「……二人が抱き合ってたところから」

「!?あっ、あれはそうじゃないんだ!」

 思わぬ不意打ちに取り乱す桜。

(べつに疚しいことしてたわけじゃないんだから焦らなくていいのに)


「帰り際にクロがこっそり桜さん誘ってたからなんかあるのかと思ってさ。二人を送ってから追いかけて声かけようとしたら、いい雰囲気だったんで声かけづらくて。そしたら桃香のこと話し出すし、妖怪とか神様を殺したとか訳の分からないこと言い出すし。でも桃香が危ないってどういうことだよ!命に関わらないからって、暫くうるさいってなんだよ!」

 覚は声を荒げて紅を睨んだ。


(しまったなあ、前野さんの事を話してたんだから確かにもう少し言い方があったな)

 内心反省はしているが、事実そんなに危険とは感じなかったので覚からは冷たく感じたのかも知れない。


「ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。怪異が元気な人を殺すなんて、実際そうある話じゃないんだよ。病気だったりなにかつらい事があって落ち込んでいたり、弱った時に運悪くそういうモノと出会えば命を落とす事もあるけど、大概は生きてる人間の方が強いんだよ。それに彼女は好きな人もいて活力に溢れてるから大丈夫かと思って」

「好きな人!?ど、どういうことだよ!」


(なんでここで焦るんだ?)と紅。

(こいつ人の事にはちゃんと気づくんだ)と桜。


 とにかくもうこれ以上めんどくさいのは嫌なので、少し強引に紅は話を進める事にした。

「そんな訳で彼女を妹って呼ぶ存在に心当たりありませんか?」


 だがその問いに異議を唱える桜。

「聞き捨てならないね!あの子のお姉ちゃんはアタシだけさ!」

(ホントめんどくさいなこの人)

 内心ため息をつく紅。


「なぁ、どういう事だよ?桃香は一人っ子だぜ」

 覚が不思議そうに問いかける。

「ああ、別に人間じゃなくていいんだ。犬とか猫とか。なんなら生き物でなくてもいい。そういえばタマって何歳かな」


 その問いには桜が答えた。

「タマはアタシよりも年上だよ。20年くらい生きてるはず」


「20年か。かなり長生きですね」

「でも猫から助けてくれって言ったんだろ?それにタマは桃香に懐いてる。子供の時からずっと一緒なんだ。桃香に危害を加える訳ねえよ」

「うん。あの猫は危険な感じはしなかった。他に猫は?」

「いや、タマだけだ」

「じゃあ、まったく関係のない猫が偶然関わったか、かな」


 その時何かを思い出そうと考えていた桜がふと思い出したようで、

「あ。いた。桃香がお姉ちゃんて呼ぶの」

「なんです?」

「人形。桃香人形が好きで何体かいるんだけど、特に好きなのが2体いるんだよ。これくらいの大きさの、球体関節人形って言うの?」

 そう言って、両手で高さ50センチくらい上下に広げて見せる。


「大きいですね」

「うん。なんか作家もののすごくかわいいやつ。その2体が姉妹って事になってて。その姉の方を桃香もお姉ちゃんて呼ぶんだよ。アタシ以外をお姉ちゃんて呼んで悔しかったからよく覚えてる」

(ホントこの人は……)

 内心呆れながらも質問する。

「そんなに古い人形なんですか?」

「いいや、桃香が生まれてから作られたよ」

「変だな。そんなに新しい人形がそんなに強いかな……」

「やっぱり古い方が強いのかい?」

「いえ、一概にそういう訳でもないんですが、そういう傾向はあります。まあ、どれだけ可愛がったかとか憎んだかとか、思いの強さに比例する部分の方が大きいですけどね」

「ん~、確かにかわいがってはいたね。あ、そういえばあの人形たち、桃香の髪が使われてるんだよ」

「髪!?」

「そう。人形作ってもらう時に、長かった桃香の髪の毛を使って作ってもらったって

桃香のママさんが言ってた。やっぱ影響あるの?」

「すごく、ありますね……」

(術だな。髪を使って名前を付けて何年も可愛がる。もしかして……)


 少し考えこんでから再度尋ねる。

「その作家の名前ってわかります?」

「ん~、それはアタシは知らないなぁ。依頼したくらいだから桃香のママさんたちに聞けば分かると思うけど。必要かい?」

「いいえ、ちょっと気になっただけです。悪い術じゃないみたいですし」

「術!?ど、どういうことだい?」

「ああ、おまじないみたいなもんですよ。作るときに意味を持たせるんです。人形を作る時に体の中にお札を入れたり、石を入れたり。例えばこの人形は幸運の人形だ、とか守護の人形だ、とかね。知り合いにそういう作家がいるので」


「君……」

「クロ、お前……」

 桜と覚が悲しそうな声を揃える。

「「友達はいないのに……」」


「うるせえ!」


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