00.01 :茶色いものをぶりぶり垂れ流しながら思い出す前世と素晴らしき今世の家族達

「インドール・S・バウルムーブメント、5歳!」


 俺はバウルムーブメント伯爵家のトイレで、茶色い固形物を落としながら今の自分の氏名を声に出して言った。

 そう、俺が前世の記憶を思い出したのは排泄の真っ最中のことだった。そう言えば、この出たものは何処に行くんだろうなぁ。下水道なんて上等なものはない筈だしなぁ。ん、下水道? バキュームカー? と、そんな感じで蘇ってきた。蘇ってきてしまった。ぶりぶりぶりぶり……

 今世での記憶も勿論ある。家族は父・母・兄・俺の4人で、特別裕福でもなければ貧乏でもない、普通な貴族家といった感じ(に見える)。ただ、家族仲は貴族にしてはとても良いもので、前世の記憶が戻る前から俺はずっと好感を抱いて生きていた。ふきふき。

 俺は服装を整えると、トイレを飛び出して父上の執務室へとダッシュした。そして、そのドアをオープン。バーン!


「父上! 我々が出した糞尿は何処へ行っているのですか?」

「「…………」」


 父上の執務室には父と兄、そして執事がいた。三人は三者三様、目を丸くした。

 クリスこと、兄クリスターが俺の所へつかつかとやって来て、俺の前でしゃがんで目線を合わせてから、俺に注意してきた。


「インド、ドアを開ける時はちゃんとノックをしないとダメだよ?」


 ちな、インドは俺の愛称である。ナマステ~♪

 それはそれとして、俺は兄に返事をする。


「おっと、うっかり。トントン、入ってますか? 出ているところですよ、ぶりぶり~って感じですよね?」

「それはトイレ限定と言うか、トイレでもちょっと違うかな?」

「まあ、いい。それより、インドール。我々が出した糞尿の行方を知りたい、だったか? どうしてそんな疑問を持ったのだ?」


 兄のツッコミと言えなそうなツッコミをスルーして、父は俺の質問に対して、さらなる質問で返してきた。なお、そんな父の名前はジャックシー。通称はジャック。

 俺はそんな父に、手振りを入れつつ答えた。


「さっき俺がしたウ〇コがぼっとんと大きな箱みたいな場所に落ちたのです。昨日したのもぼっとんと落ちたのです。父上や母上、兄上や家にいる皆がしたのもぼっとんと落ちるのです。昨日も今日も明日もその後もぼっとん、ぼっとん、ぼっとんと。そうなると、いつかその箱もウ〇コで溢れてしまうのではないかと」


 俺のその話を聞いて、父と兄は改めてその目を丸くした。そして、父はその目のまま兄へ確認した。


「なあ、クリスよ。ウチのインド、天才じゃなかろうか?」

「…………天才ですね」


 な訳ねーよ。

 心の中で即座にそうつっこんだ俺を他所に、父と兄は深く考え込むような様で話をし出した。


「並の5歳児では、そこまで考えが至ることはまずないかと」

「だよなぁ? 俺もこれまでそんなこと考えたことありゃしないのになぁ」


 親バカと兄バカだった。俺がそんなことへ考えが至ったのも、前世がバキュームカーの運転手だったということを思い出したからに過ぎない。

 ある意味特別なことだが、またある意味では特別なことではない。そう、下水道の勉強もし始めていた前世の俺からすれば、そう思い至るのは当然のこと。ただ、そんな前世を思い出すこと自体は普通じゃないのは分かっていた。

 父は執事であるタンニン、タンニン・S・ベルベリンに確認した。


「タンニンよ、トイレの槽に溜まった糞尿の処理はどうしているか分かるか?」

「使用人の見習いクラスに処分させていますが、細かい指示まではしていないと思われます。そこら辺に捨てているんじゃないですかね? 農村部では肥料として使用される所もあるようですが、領都である此処ではそう出来ませんので」

「だ、そうだ」

「んー」


 タンニンの言葉をそのまま右から左へ流してきた父の言葉を聞きながら、俺は唸った。ちょっと考えながら唸った。

 これは良くないよねぇ? 特に問題を感じてなさそうな父・兄・タンニンのことも含めて。


「では、街の庶民達なんかはどうしているんです?」

「そこまでは分からんなぁ。そこら辺に捨てているんじゃないか?」


 俺の問いに父は首を傾げ、兄やタンニンも首を傾げた。誰も知らないというか、管理されていないどころか、その必要性も感じていないらしい。

 これは良くないよねぇ? さらに重ねてそう感じたその瞬間、俺は後ろからふわっと抱かれた。


「分からない? それじゃあ、見に行けばいいんじゃないかしら?」


 俺を後ろからハグしてきた女性、母、ダイアことダイアリアはそのように言った。

 そうだ! それだ! そう言わんばかりの笑顔を三人は見せた。単純か。それでいいのか? まあ、見向きもしようとせず、否定されるよりはずっとずっと良いか。

 そんな風に考えた俺は一時間後、父・母・兄の家族三人と、執事のタンニンを合わせた五人で馬車に乗って領都を巡っていた。カラカラカラカラ……


「……ところで、何で俺の席は母上の膝の上なんですかね?」


 インドール・S・バウルムーブメント5歳。幼児と呼ぶ年ではあるものの、前世の記憶を持つ身としては、そういう幼児扱いはどうにもこうにも恥ずかしいものがあったのだが。


「「「え?」」」


 何を言っているの? 貴方の席が母の膝の上なのはモチのロンで当然でしょ?

 父・母・兄の三人はそう言わんばかりの、驚いた顔をした。その上で、母の俺を抱き締める力が少し強くなった。離さないよ、と言いたいらしい。……まあ、置いておくか。

 馬車はまず、領都中心の大通りを走った。そこではさすがに綺麗に整えられ、糞尿や吐瀉物はおろか、ゴミも殆ど落ちていない綺麗な通りとなっていた。


「どうだ、凄かろう?」


 父はそう言って、ドヤ顔をした。綺麗な街で凄いだろうと。

 嗚呼、凄いねぇ。俺は適当に相槌を打ったが、当然ながら俺が見ようと思っていたのはそんな場所ではない。と言うか、そこまで汚かったらさすがにお終いだ。

 俺は建物と建物の間の細道や、裏通りなどに目を向け続けた。その所謂人通りの少ない、普通目が向かない場所は非常に汚かった。

 時折住人が窓を開け、外に入れ物に入った汚物をぶちまけ、その汚物に蠅がたかり、そんな様が近くにあるのにも関わらず誰も気にしない。豪商などの使用人は容器に入れた汚物を持ち歩き、貧民街の片隅に投げ捨てていた。そして、その貧民街の住人も含めてそれを誰も気にしない。

 これは良くないよねぇ? 最悪だ。衛生に対する意識を誰も持っていないこと自体が。

 俺にそんなことを思わせた、見回りの馬車は一度も停車をしないままそのまま我らの館へと戻っていった。カラカラカラカラ……


「で、インドよ。街を見てみたが、どうだった?」

「ダメですね」

「!」


 父の問いに対し、ザックリと正直な感想を俺は言ったところ、父はショックを受けた顔をした。まあ、そんな顔をするのは予想していたが、それでも俺は正直に言わざるをえない。そうしなければならない。そう思っていた。

 それだけ、大通りだけの綺麗さだけで満足してしまう街の姿はダメなものに思ったからだ。お話にならないレベルで。

 俺は訳も伝える。


「だって、大通りを外れた細道や裏通りは非常に汚かったもの。それどころか、住人の皆がそこら辺に糞尿をまき散らしたりしていたもの。あれはダメ。ダメ、絶対」

「まあ、隅まで綺麗にしたい気持ちも分かりはするが、そこまでするのは非常に難しいんだよ、インド。我々も庶民達にそこまで求めることは出来ないしね」


 父は俺のツッコミに対し、まるで小さな子が我儘を言ったかのような反応をした。

 俺はそんな父の言葉に溜め息を一つついてから、さらに父へ言った。


「それをどうにかするのが俺達、領主のお仕事なんじゃないですか?」

「そこまではお仕事に入ってないよ、インド」


 俺の父に対する言葉に、兄がそう口を挟んだ。ああ、この世界の話を聞く限り、糞尿の処理を役所が担っていることはまずなさそうではある。処理は各々で。それがこの世界の、この国の常識なのだろうが。

 俺はそんな世界の住人である兄に問う。


「ウ〇コにはよくハエがたかるじゃないですか。兄上はそんなハエを殺したことがありますか? その腹の中を見たことがありますか?」

「ないよ。嫌だよ、ハエは汚そうだし」

「そう、ハエは汚いんです。腹の中に蛆がいるのは少なくないですし、目に見えないくらい小さなばい菌もたくさん持っていて、それをあの羽であちこちへ運ぶのですよ? 最悪の場合、街のあちこちへ病気を振りまくのです」


 赤痢やチフス、コレラなんかはそれが原因である。ちょっと昔の日本で流行ったO-157なんかも同様だ。

 それを防ぐのはお上の役目ではないのか? そんな目で兄を見ると、兄は変なものを見るような目で俺を見、そして改めて聞いてきた。


「インドは何処でそんなことを知ったんだい? 誰かから聞いたのかい?」

「誰からも聞いてないですけど、汚いものをそのまま放置するのは良くないとは思いません?」


 前世、俺はたまにネット小説や漫画で異世界転生物を観ることがあった。現代日本の知識でもってチート! というのは定番だが、バキュームカーの運転手としてそれを観る度に疑問や不満に思っていた。それらに出る登場人物、どいつもこいつも創るだけであると。

 ウォシュレット等のトイレを創る話もあるが、誰も流したその先のことは気にしない。糞尿の処理のことは考慮されず、表現されることはない。

 そこはきちんとしなくてはいけない。元バキュームカーの運転手として、それは当然の考えだった。

 そんな俺のことを、父は母と兄に対し、改めて確認する。


「なあ、ダイアとクリスよ。ウチのインド、天才じゃなかろうか?」

「…………天才ですね」

「ホントね~♪」


 な訳ねーよ。

 心の中で改めてツッコミした俺に、父はこの領都のことで今度は意見を求めてきた。


「では、インドよ。悪い病気をこの領都で蔓延させない為に、これからどうするのが良いと考える?」

「下水道ですね」


 当然、と言わんばかりに俺はそう即答した。

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