02.18 :あー夏休み~学園には行ってないけれど~
「あ、あいすぼーる」
ルアはアイスボールの呪文を唱えた。ルアの手からグラスに収まりそうな程に小さな氷が現れ、彼の前方へ飛んだ。飛んだ。飛んだ……
飛んで、1mくらいで地面に落ちた。ぽとり……
「ふぁ、ふぁいやーぼーる?」
アークはファイヤーボールの呪文を唱えた。アークの手から卓球の玉くらいの大きさの炎が現れ、現れ、現れて……
消えた、あっさりと。ぷしゅー……
「「……………………」」
ずーーーーん。音がしそうなくらいに2人はショックを受け、落ち込んだ様子を見せた。
想像以上に出て来た魔法がショボかったからだろう。気持ちは分からなくなかった。だが、俺は別にガッカリなんかしていなかった。あくまでもこれがスタートなんだと分かっているからだ。
それ故に俺は言った。拍手をしながら。
「最初から使えるなんて凄いじゃないか。後はそれを練習などで伸ばしていけばいい」
「え?」
「ガッカリされないのですか?」
俺のそのリアクションに2人は驚いた様子を見せた。って、そこも驚くとこなん?
俺はバトラーを召喚し、2人に言った。
「2人も知っての通り、俺の能力はこのウンゴーレムだ。最初はグアノを作れただけだったし、その大きさも今のバトラーよりずっと小さかった」
今のバトラーの重量が1kg前後といったところ。当時は出しっぱなしで召喚も出来なかったし、防臭も出来なかった。出来ないことだらけだった。
それが今ではこう。俺はグアノを召喚した。
「少しずつトライ&エラーを繰り返していく内にやれることが増えていったんだ。2人もそうすれば、段々と凄くなっていくよ」
「「はい、頑張ります!」」
ルアとアークは声を合わせ、真面目な声色でそう応えてくれた。それはそれとして、今ではこんなことも出来るんだぜ?
グアノ・バトラーと共にエアロビクスだ。さあ、大きく手足を伸ばしてワン・ツー、ワン・ツー♪
「「…………」」
2人は見なかったことにしたけど。
それはそうと夏休みである。夏休みだそうである。学園に通っていない俺には関係ないけれど、通っている兄は夏休みである。
その兄がある朝、突然言った。
「インド、遊びに行こう」
それは青天の霹靂だった。生真面目を通り越したガリ勉と影の薄さが取り柄の兄が、そんな羽目を外すような誘いをしてくるとは。ああ、今夜はパーティーだな。そして、明日は雨だな。霹靂で雷も鳴ったことだし。
俺としては別に異論はない。たまには雨天も必要だろう。ただ……
「いいですけど、勉強はいいんです?」
「頑張っている。だから、僕もたまには遊びたいんだ!」
「おおぉぉぉぉ」
それは驚きの一言だった。3度の飯より勉強が好きな変わり者ではなかったのか。ずっと勉強に励む兄の姿を見ながら、普通は3度の飯より飯が好きな筈だと思ったものだが……
俺はグルリと振り返って母に確認した。
「いいんですか、母上?」
「構わないわよぉ。と言うか、遊んじゃダメなんて言った覚えはないのだけど」
母のその一言で、俺達は遊びに行くことになった。
面子は父、母、兄、俺の4人だけでメイドや側用人はなし。それは家族で、という兄の強い願いからだった。それを聞いた母が大喜びし、兄の頭をこするレベルで撫で回したのは言うまでもない。
「で、何処に行くんです?」
「ピクニックだ!」
「ピクニック? それは……準備が必要なのでは?」
手を挙げて言った兄に、俺は冷静に指摘した。俺は前世でもキャンパーじゃなかったので詳しくは知らないが、キャンプじゃなくてもラッキングチェアや敷物は必要だろうし、最低限弁当は必要だ。
そう思ったのだが、兄はチッチッチと指をメトロノームのように動かして否定してきた。そうじゃないと。
「準備はしてある」
「したのは私だけどねぇ」
母はバスケットを並べ、それらを広げて中に入れたものを披露した。軽く手で食べられるもの、所謂軽食ばかりが入っていた。ただ、残念ながら唐揚げはなかった。唐揚げはなかったのだ。
そう言えば、この異世界に来て唐揚げを一度も食ったことがないことに気が付いた。なければ自分で作れ。人はよくそう言うけれど、この異世界には醤油もない。さすがに醤油からの自作は無理ゲーだなぁ。
などと考えていたら、俺の頬が母に引っ張られていた。むにーーーー……
「インちゃぁん、母の料理に何かご不満でも?」
「不満はないですが、肉料理のバラエティがもうちょっと欲しいなぁって思って、どういうのがいいかなかなぁって考えてました」
「で、良いのは思い付いたかしら?」
「いいえ、考え中です!」
「では、何か良さそうなものを思い付いたら教えるのよ? インちゃんだと、面白そうなのが出そうだし」
母はそう言うと手を俺の頬から離し、頭を一撫でしてから俺と離れた場所へ行った。
その母へ俺が返す言葉は一つだ。
「了解です」
出来るかどうかは別として、現代日本の料理を再現するのは俺としても問題はなかった。ただ、それを作る為の材料が乏しいのと、前世で料理を殆どしなかったので知識も乏しいので、ほぼミッション・インポッシブルだけど。
そんな俺の残念な気持ちを片隅に置きつつ、馬車で俺達はピクニックへ向かった。カラカラカラカラ……
ピクニック、そう称した俺達バウルムーブメント伯爵家家族が到着した場所は丘だった。ただ、草原の広がる緑の丘だった。丘み★りだった。
此処はアルプスだ! 俺達はアルプスの少年肺路だ! ヨーデルを歌い、チーズフォンデュを食らうぜ。……経験一度もないけれど。ああ、ないから教ーえておじいさん♪
と、そんな阿呆な妄想をしてしまう程に、此処には何もなかった。ただ、緑が広がるだけだったが……
「良い場所ね……」
母は草原に腰掛け、髪を風になびかせながら嬉しそうな顔をした。マジで?
そうですね。兄も草原に腰掛け、髪を風になびかせながら嬉しそうな顔をした。マジで?
「そうだな、実に良い場所だ!」
父はそう言いながら剣の素振りをし始めた。フン、フン、フン、フンッ!
父としては広いスペースがあるので、伸び伸び素振りが出来て良いのだろう。花鳥風月なんかどーでもいいのだろう。おお、父よ! 父は裏切らぬと信じていたぞ!
ただ……
「ア・ナ・タ、五月蝿いし危ないので止めてもらえないかしら、それ?」
「す、すまぬ」
父は母の眼力ですぐに止められ、しおしおになってしまった。弱かった。
では、俺の出番だな。俺はサッと皆の前に踊り出た。出たのだが、母の眼力が今度は俺の方へ向いて。
「インちゃん、分かっていると思うけれど……此処で歌って踊ったらゲンコツですからね?」
「ピ!?」
母の目は暗殺者の目だった。眼力だけで人を殺せそうな、暗殺者の目だった。ガクブルだった。
そのキリング・アイズの後、母は溜め息をついて、そして言った。
「貴方達はもっと、こう……ゆったりと自然を楽しむといったことは出来ないのかしら?」
「そうは」
「言ってもねぇ……」
地味じゃね?
典型的な花より団子タイプな俺と父の考えは一致した。もしかしたら初めてかもしれない。
父よ! 息子よ!
俺と父は一度ハグしてから、肩を組んで草原を見渡した。そして、素敵な計画を考え、披露した。
「父上、いっそ花が一面に咲き誇る花畑にしましょう。そうすれば観光客を呼べ、バウルムーブメント伯爵家もより豊かにあるかと」
「おおっ、それは良いな。ならば、特産品の食べ物でも売ればさらに呼び込めるやもしれん」
「ねぇ、貴方達? 此処は私のお気に入りの場所なのよね。言うまでもなくそれを壊して、そんな人工物なんかにしないわよね?」
「も、勿論だとも!」「も、勿論ですよ!」
父と俺は躊躇いなくそう返した。そうしなければいけないと、脊髄で理解していた。母の目は再びキリング・アイズだったからだ。ガクブルだ。
俺はアサシン・マザーに理論を付けて説明した。
「やるとしても、領都の使い易そうな一角でですよ。その方が人は行き易いですし、近隣の経済の活性化も図れますので」
「ならば、よろしい。存分におやりなさい」
母はそう言いながら立って、俺に近寄り、折れの頭をわしゃわしゃと撫でた。話はそんなハッピーエンドで終わった。めでたい、めでたいね。
とはならなかった。兄はふと気付き、叫んだ。
「って、お休みでこちらへ来たと言うのに、いつの間にか仕事の話になっているじゃないか! そして、この流れは僕のやることも増えるってことじゃないか!」
「…………」
あの思い付きを実現させるにはまず土地の確保、それ相応の建屋の建設、魅せる植物の配置と維持、出来上がったものの運用と宣伝と……やるべきことはたくさん出て来るな。
確かに、兄の言う通りだ。ナイス見通し。なので、俺はグッドサインをしながら兄へ言った。
「ドンマイ♪」
「ドンマイじゃなーーーーい!」
自然溢れる草原に兄の叫びが響き渡った。草だった。大いに草だった。
……草原なだけに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。