00.02 :みんなで造る下水道と素晴らしき今世の家族達

 下水道を造る。それにあたって、俺はまず糞尿を綺麗にする仕組みの研究を始めた。汚い水を集めたところで、それを綺麗にすることが出来なければ意味がないからだ。

 現代日本では下水処理場で汚い水を綺麗にするのは微生物の働きによるものだ。しかし、此処は異世界。生態系も異なっているので、それがそのまま通用するとは思えないし、微生物を探し出すスキルもなさそうだ。

 じゃ、どうするか。俺はダメ元で母に訊いた。


「母上、汚いものを好んで食べる生き物っていますか?」

「ん? いるわよぉ、インちゃーん♪」


 いるんかーい!

 ニコニコ笑う母に、俺は心の中でつっこんだ。そんな俺の目の前に出てきたのは虫、虫、虫……虫の大群だった。突如現れた召喚陣のようなものから、ハエや蝶、フンコロガシ等たくさんの虫が出てきた。ブーン、ブーン。

 どういうこと? ドン引きしたというか、逃げ出したくなった俺に対し、母は変わらぬ微笑みで話してきた。


「まずはこうした虫の皆さん。彼等にとって、動物の糞は貴重な栄養源なのよ。目に見えないくらい小さな動物の皆さんにとってもそう。スライムなんかもそうだけど、基本的に彼等は単なる雑食性ね」

「その目に見えないくらい小さな動物達をいくらか貰えます?」

「いいけど、どうするの?」

「浄化の実験です」


 俺はそう答え、母から授かった微生物達を、汚くて臭い茶色く濁った糞尿が入った透明な容器へ投入した。それをどうするの? と母が重ねて訊いてきたので、しばし待つ! と答えておいた。

 次の日、汚くて臭い茶色く濁った糞尿が入った透明な容器は透明で綺麗な水となった上澄みと、下へ沈んだ汚泥へと見事に分離されていた。微生物達の働きのおかげである。


「ああ、糞尿を食べた彼等は大きく、そして重くなったので、下へ沈殿していく。そうすると、水が綺麗な部分とそうでない部分とで分かれるようになる訳ね」

「です」


 これをもっと複雑化して、より良い浄化施設とする。そして、この領都に下水道を巡らせば、綺麗な街が出来上がり、より良い暮らしを領民達が遅れるように出来る。良いことだ。

 そう嬉しく思った俺だったが、ふと疑問にも思った。思って、母に訊く。


「ところで、どうして母上はそんなに小さな動物達に詳しいのです?」

「大大大大、大好きだからよ~♪」


 母はニコニコしたまま答える。


「小さい頃から小さな動物達が大好きで、アリの行列を見掛けては追いかけたり、ずっと観察したりしていたわ。ハエや蛾の動きをずっと眺めていたこともあったわね」


 あったわね、などと言っているが、それは今も変わらないとインドールとしての記憶がそう告げていた。今もスライム観察日記を記していたり、石の裏にいるダンゴムシの数を数えたりしているのだから。

 母はそのニコニコ顔のまま続けた。


「そうしたら8歳の選定の儀で、『小動物理解』という能力を授かったのよ。まあ、魔法ね」

「魔法!?」


 母のその言葉で、俺の心のテンションが爆上がりした。この世界、異世界とは思っていたが、魔法が存在するのかと。やったね、ヒューヒュー♪

 俺にはどんな能力があるのだろうか? そんな疑問を即座に抱いたが、その次の瞬間にはたと思った。母のその『小動物理解』という能力は何だ?

 とりあえず訊いてみた。


「……『小動物理解』ってどういうもの?」

「握り拳より小さな動物を理解し、使役できる能力よ。近くにいる彼等がどうやっていきているのか理解出来、単純な使役が出来る能力よ。まあ、地味な能力よね」

「暗殺者に向いている、みたいな?」

「…………え?」


 俺の言葉に、母は目を丸くした。あら、気付いてなかったのかしら?

 どういうこと? 目でそう言いながら迫る母に、俺は教えた。


「小さな動物と言うならば、人の体の中にも目に見えないくらい小さな動物はたくさんいるのです。ちょっと前に下さった糞尿を食べる小さな動物達のようなもの達がたくさんたくさん。対象者の体の中にいる彼等に、喰らい続けろとお願いすれば体の中からその人を崩壊してくれるでしょう」

「………………」


 ある程度時間をかけてくれるので、殺っても調査の手が伸びてくることはまずないだろう。司法解剖の類が整っていないであろう、この世界ならば尚のこと。まあ、あってもそうそう伸びてはこないか。

 と、そんなことを考えた俺の頬を、母はその両手で引っ張った。むにーーーー。

 長い溜め息をつきながら、痛くはない程度に引っ張った。むにーーーー。

 母は呟くような声で言った。


「どうしてそんな発想が出て来ちゃうかなぁ。……今更」

「母上は誰か殺したい人でもいたのですか?」

「そんなことないわよ」


 母はそう言っている俺の頬から手を離し、俺の頭を抱き締めた。ぎゅー。

 少しだけそうした後、俺を自分の膝の上に座らせ、背中から抱き締めた。むぎゅー。

 それから囁くように言った。


「私、いいえ私だけではなく貴方達のお父様・お母様である私達が望むのは、インちゃん・クリちゃんが平和で、楽しく幸せに笑っていられる今と未来よ。まだ分からないかもしれないけれど、そのことは忘れないでね」

「あい」


 俺は嬉しいような、恥ずかしいような気持ちで頷いた。そして、前世の記憶が戻る前から感じていたことを、改めて感じ直した。

 そう、俺の母親は素晴らしい人だ。






「〇〇です!」

「△△です!」

「□□です!」

「☆☆です!」


 母の協力で成功した実験から数日後、たくさんの人達が父の呼びかけでバウルムーブメント家に集められていた。彼等は全て、この領都に下水処理施設を建設するために必要な人材だ。

 母の能力では反応タンクの中身しか用意出来ないので、まずはそのタンク自体を作れる人材が必要となる。下水処理場では、集められた下水は沈砂池、最初沈殿池、反応タンク、最終沈殿池、消毒施設の順に送られ、綺麗にされた上で川へ返される。取り除いた汚れを処理する汚泥処理施設も必要不可欠だ。言うまでもなく、集めたり流したりする水路の建設も必要で……要するにたくさんの人材が必要という訳だ。

 それらが出来る人材が此処に集められたという。父が集めたという。この隣でふっふーんとドヤ顔をしている父、言動は残念だが実は非常に有能なのでは?


「どうだ、インドール。父は凄かろう?」


 自分で言うんかーい! まあ、凄いのに変わりはないか。

 俺は拍手しながら言葉にした。


「ええ、父上は凄いです。ありがとうございます」

「なぁに、この領都の為になると感じたのでやったまでのことだ。ハッハッハ!」


 それが凄いのですよ。俺はそう思いながら、下水道構想を実現させていった。

 領都の外の川の近くへ下水処理場を建設し、その中に処理施設を作っていった。下水道を領都の地下へ張り巡らせた。全ての家庭のトイレへ巡らせるまでは出来そうになかったので、妥協して庶民の住居区では各地区に捨て場を用意し、そこから下水道へ流すようにした。スラムへも同様に張り巡らせた。それどころか、スラムにいる職のない者なんかは下水道職員として積極的に起用していった。

 そうして数ヶ月後、色々な能力者たちを駆使したその結果、領都の下水道設備は前世の世界を考えると異例の早さで完成した。ナレ死ならぬ、ナレ完である。ナレーションで完成。


「さあ、下水道も完成した。では、生まれ変わった領都を見に行こうではないか!」


 父はそう言って、執事のタンニンに馬車の手配を命じた。そして一時間後、父・母・兄・俺とタンニンといった前回と同じメンバーが揃えられた。

 その五人で馬車に乗って領都を巡りが始まった。カラカラカラカラ……


「……ところで、また俺の席は母上の膝の上なんですかね?」


 インドール・S・バウルムーブメント5歳。幼児と呼ぶ年ではあるものの、前世の記憶を持つ身としては、そういう幼児扱いはどうにもこうにも恥ずかしいものがあったのだが。


「「「え?」」」


 何を言っているの? 貴方の席が母の膝の上なのはモチのロンで当然でしょ?

 父・母・兄の三人はそう言わんばかりの、驚いた顔をした。その上で、母の俺を抱き締める力が少し強くなった。離さないよ、と言いたいらしい。……まあ、置いておくか。と言うか、前回と同じやり取りじゃねーか。

 馬車はまず、領都中心の大通りを走った。そこは変わらず綺麗に整えられている。それから問題だった建物と建物の間の細道や、裏通りなどに目を向けた。そこも完璧ではないものの、前回と比べて格段と綺麗になっていた。


「どうだ、今度こそ凄かろう?」


 父はそう言って、ドヤ顔をした。にやりにやりと鬱陶しいものではあったが、短期間で改善されたのが凄いのは事実。

 聞けば俺が話した衛生の大切さをきちんと庶民に対して話をし、話をさせ、今日のような改善に繋げたらしい。それはとても凄いので、俺は素直に伝える。


「はい、父上は凄いです」

「よっしゃーーーーっ!」


 父はそう言いながらガッツポーズをした。母はそんな父を笑顔で見ながら、良かったですね~と拍手した。兄もまた、そんな父を見て嬉しそうに笑っていた。

 馬車はまた領都の中を巡っていった。その領都では庶民達が楽しそうに笑い、元気そうに笑って暮らしているのが見えた。それを父は嬉しそうに、誇らしそうに見ていた。

 そう、俺の父親は素晴らしい人だ。


「父上、領都の皆が健康に暮らせるようになって良かったですね。インドのお陰ですね」

「ああ、その通りだ。よくやった。ありがとう、インドール!」


 俺がちょっと思い付いて、行動し、良い結果が出た。それだけのことで、俺の兄も俺の両親も手放しで褒めてくれた。まさか、これまでとはな。

 嗚呼、俺の家族は素晴らしい人達だ。

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