00.025:バウルムーブメント伯爵家の密談(インドールなし)<クリスター視点>
「父上、母上、お話があります!」
僕はクリスター・X・バウルムーブメント、8歳。この度人生最大の大決心をして、両親に向き合った。ああ、もう汗がどんどん流れるようだ。
僕のその様子を見て、両親は二人共驚いた顔を見せた。
「クリス、どうかしたか?」
「クリちゃん、どうしたの〜?」
言わない方がいいんじゃないか? 黙ったままの方がいいんじゃないか?
心配そうな顔を見せる両親を見て、僕の中でそんな考え浮かんだ。僕は心の中で首を横に振って、唾をちょっと飲み込んでから言った。
「僕はバウルムーブメント家の長男ということで、跡継ぎの予定になっています」
「そうだな、それがどうかしたか?」
当然だろ?
そう言いたげな父へ、僕は大きく息を吸ってからハッキリとした声で言った。
「その跡継ぎ、インドールがやった方がいいんじゃないでしょうか!」
インドールは僕の弟である。5歳である。その5歳が、この領都に下水処理場などというとんでもないものを造らせた。
僕に同じことをやれと言われたとしても、とても無理な話だ。
「あの子はとんでもない天才です。これからもきっと、とんでもないことをやってのけるでしょう。でも、僕にはあの子のようなことは出来ません。だから、だから!」
その後は何と言えばいいのだろうか。混乱し始めた僕は、覆い被さるような形で母に抱き締められた。暖かかった。
ただ、僕はお兄さんなんだけど? お兄さんなんだけど?
そう思った僕に、母は優しい声で囁いた。
「そんなこと、考えていたの? バカねぇ。……アナタ」
「うむ」
父は一呼吸置いてから、僕を真っ直ぐ見て言った。
「クリスよ、クリスターもインドールもどちらも我々にとっては大事な息子だ。その上で言うが、クリスは優秀な子ではあるが普通の子だ。そして、インドはクリスの言う通り天才だ。普通ではない」
「ええ。ですから、跡継ぎもインドがやった方がいいんじゃないかと……」
その方がバウルムーブメント家の為になるのではないか。皆の為になるのではないか。そう望んでいるのではないか。
僕はそう考えて言ったのだが、父は首を横に振った。
「いいや。跡継ぎはクリス、お前の方が向いているよ。今の段階での向き不向きでだが」
「え、どうして!?」
「インド、アイツは天才ではあるんだがなぁ、天才というよりは奇才であってな……親の目から見ても訳分からんのだ。領主というのは、この地の代表。訳分からん者が代表では、皆がついていくのは難しいという訳だ」
そう言えば、って感じで僕は3日前にあったインドとの会話を思い出した。
インドは館の窓から空を見上げていた。何を見ているんだいって所から始まり、この世界の何処かにはとても大きいドラゴンがいるだろうねって話になった。
その時、インドは言った。そんな大きなドラゴンじゃ、出るウ○コもとても大きいに違いない。そんなものが街に落とされたら大変なことになるだろうと。
……普通な僕にも分かっていた。大変なのはインド、お前の頭だと。
「母の話をしましょう」
母は僕を抱えたまま話し始めた。……離れてくれないかな? 僕、赤ちゃんじゃないのだから。
そんな無言の訴えは届かないままに。
「ある日、館の廊下を歩いていたら、インちゃんの部屋から楽しそうな、お歌のような声が聞こえたのよ。何しているんだろうってちょっと覗いてみたら、お部屋の真ん中に何か大きなものを置いて、その周りを時計の反対回りで珍妙な歌を歌い、珍妙な踊りを踊りながらゆっくり回っていたわ。クマムシ音頭〜ってね。……母、見なかったことにしたわ」
「「「………………」」」
僕達3人はしばし何も喋れなくなった。
どれくらい間を置いたかも分からないが、僕は非常に疲れた気分で両親に言った。
「こ、これからも次期領主としての勉強、頑張りますね」
「お、おう。頑張ってくれ」
両親の励ましを受け、頑張る僕。これで終わりならば綺麗だったのに。
「……あ、ああっ! 頑張らないといけないって思ったら、お、おなかがっ! し、失礼します!」
僕がこのバウルムーブメント伯爵家を支えていくんだ! 頑張らないといけないんだ! みんなの生活がかかっているのだから!
そう思い、頑張っていかなければいけないと決意を新たにしたその瞬間、僕のおなかがピーピー鳴って、ゴロゴロ雷が轟き始めたので、僕は挨拶もそこそこにトイレへと駆け込んだ。
「ホントに大丈夫、かな?」
そんな僕の耳に遠く、両親達がぼそりと言っていた声が聞こえた。ビリビリビリビリ……
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