00.03 :クリスターの選定の儀を見守る一日@母の膝

「選定の儀!」


 8歳の誕生日を迎えた子供が教会で神に祈りを捧げると、神から誕生日プレゼントのようにスキルを頂けるらしい。ビバ、異世界! ビバ、剣と魔法の世界!

 今日は兄、クリスターが8歳の誕生日を迎えた。今日の昼頃に教会でスキルをゲットした後、その晩にバウルムーブメント家の屋敷で盛大に誕生日パーティーを催す予定らしい。おたおめ。


「こ、これからのバウルムーブメント家の統治に、役立つスキルをぜ、絶対手に入れられるようが、頑張ります!」


 これから教会へ出発するぞ。行ってきます!

 使用人たちに出発を告げる際、兄はそのように言った。……緊張し過ぎだろ。と言うか、やることは教会で祈りを捧げるだけなので、特別に努力もしようがないと思うのだが。

 兄はもうテンパっているらしい。


「絶対にが、が、がががががががが、うっ! トイレッ! トイレェエエエエエエエエッ!」


 ダッシュでトイレへと向かっていった。ピーゴロゴロゴロゴロ、ブリブリブシャー!

 出すもの出した後、兄は疲れた顔をして帰ってきた。まだ何もしていないというか、出発すらしていないのに、これでは先が思いやられるな。

 俺は兄に近付き、その耳へ囁いた。


「兄上、緊張を和らげるおまじないを教えましょう。手のひらに『人』と3回書いて、それを飲み込むんです。それでOK♪」

「人、人、人?」


 兄は俺の言葉で天恵でも受けたかのように自分の手のひらへ『人』と3回書いて飲み込むポーズをした。なお、余談だが此処は異世界なので漢字はない。つまり、『人』と3回書くには『human being』的なものを3回書く必要があり、それだけでも大変だがそれはどーでもいいとして。

 父・母・兄・俺とタンニンといったいつもと同じメンバーが揃い、馬車に乗って教会へと向かうことになった。カラカラカラカラ……


「……ところで、また俺の席は……いえ、何でもないです」


 インドール・S・バウルムーブメント5歳、俺の席は変わらず母の膝の上だった。母は当然のように俺を膝の上に乗せ、ぎゅっと抱える。大切なものを包み込むようにと言うよりは、逃がしはしないぞとでも言うかのように。

 母は言った。


「インちゃん。こうでもしないと、貴方は何処かあさっての方に行ってしまうかもしれないからねぇ~」

「そ、そんなこと、ないですよ?」


 前世の記憶を持つ俺。それはチート。なので、俺程大人な5歳児はこの世に存在しない。そう心の中で自負していたのだが。

 母は言った。


「母は聞きました、メイドのメルから。貴方が中庭でお勉強中、館に入ってしまった猫を見付けると、お勉強を放り出して追い掛けてしまったと」

「あの猫、尻尾がニつあったのです。あそこで逃してしまったら、もう会えなかったかもしれないのです!」


 そう思って追い掛けはしたものの、結局逃げられてしまったのだが。しかし、異世界すげぇな。前世世界とは全然違う。

 兄はそう思った俺に一つ軽い溜め息をついてから教えてくれた。


「それは猫と言うより猫又だね。猫が長生きをして魔力蓄積していくと、複数の尻尾を得ることはたまにあるんだよ。文献にそう書いてあった」

「おおおおっ、それじゃあ超絶ハイパー長生きした猫は千や万の尻尾を持つかもしれないのですね!」


 イソギンチャクのように尻尾がうぞうぞうぞうぞって大量に蠢いている様を想像した。……実に気持ち悪かった。

 母はそんな俺の両頬を引っ張った。むにーーーー。


「気持ち悪いものを想像させるんじゃないの。そんなの、いませんからね」

「ふぇーい」

「父も聞いたぞ、衛兵のカプタンから。インドが小さい網のようなものを持って館から一人で出ようとしたので止めたと」


 ああ、いたな。坊っちゃん、出るのはなりませんぞと言いながら、某バスケ漫画のフンフンディフェンスみたいな通せんぼしたのが。見た目は花道と似ても似つかなかったが、それはどーでもいいとして。


「変わった猫がいたので、変わった虫もいるかもーって思ったのです。これはこの目で見ないといけ」


 ないな、と言い切る前に、母が俺を抱える力を強くした。むぎゅーーーー。

 さぁ、大人しくしましょうね。大人しくしましょねぇ。

 ぼそぼそ囁きながら強く抱える母の囁きは、言い聞かせを通り越して脅しだった。その母に逆らう術は俺になく。


「はーい」


 項垂れながら、そう答えるしか俺に出来ることはなかった。

 ……インドール・S・バウルムーブメント5歳、前世の記憶を持ってはいるが、きっと肉体の年齢に精神が引っ張られているに違いない。そんなことを思った。なので……

 前世の時、通信簿の先生が書く欄に『教室内ではもっと落ち着いて過ごすよう気を付けましょう』とか書かれていた気もするが、気のせいに違いない。

 そんなどーでもいいやり取りがありつつ、俺達を乗せた馬車は教会へと向かった。カラカラカラカラ……

 教会へ俺達が到着すると、教会内には領都に暮らす兄と同い年の子供達とその家族が既に揃っていた。バウルムーブメント家は此処の領主の家である。つまりは真打ちだ。あ、隣を見れば顔色を悪くした兄がいた。『human being』的なものを3回だぞ、兄。

 はい、クリスター様。こちらですぞ、こちらですぞ。神父にエスコートされ、兄は同い年の子供達の中へと連れられて行った。俺は両親やタンニンと共に保護者席へ行き、様子を見守ることになった。


「父上はどんな能力を持っているのですか?」


 俺は保護者席で待っている間、隣に座っている父にそう訊いた。母の能力は『小動物理解』だが、そう言えば父の能力は訊いたことがなかったなと。

 俺のそんな問いに、父はあっさりと答えた。


「父の能力は『体術Lv.**』だ。体術をよりよく学び、身につけることができる能力だな。普通だろう?」


 パッと聞いた感じ、普通のものに思える。だが、一概には言えないとも思った。詳細が分からないし、バウルムーブメント家以外の人の能力についても分からないからだ。

 父は少し自嘲気味に笑い、教えてくれた。


「事実、この父の能力は能力と呼ぶにはありふれたものでしかなかった。そして、世の中の人が得られる能力の殆どがそうだ。お前達の母上のようなレアな能力を得られる可能性は非常に低い」

「レアと言っても、それが周囲から求められるものとは限らないんだけどね~。母の『小動物理解』は周囲から求められるものではなかったわ~」


 母はそう言いながら、父との間に座っている俺を持ち上げ、自身の膝の上に座らせた。逃げませんよ?

 ああ、あの蝶々の羽の色はピンクで珍しい。わーい♪ なんて言って、駆け出したりしませんよ? それは先週やったので。

 母は俺の頬を突いたりしながら教えてくれた。


「レアな能力と言うのは、やれることが非常に限られてしまうことが多々あるの。ただその代わり、その能力自体は非常に強いものになる可能性は高いわ。母のもそうね」


 母の『小動物理解』。握り拳より小さな動物を理解し、使役できる能力。近くにいる彼等がどうやっていきているのか理解出来、単純な使役が出来る能力。ある意味チートではある。接近戦には弱そうだが、前に言った通り暗殺業は得意そうだ。そんな願望はなさそうだが。

 父は少し苦笑いをして、母の言葉に続けた。


「大切なのはどんな能力を得たのかではなく、その能力で何を為し遂げようとするか。どのように生きていくかだ。それを忘れてはならないよ?」

「はい」


 父が得た能力は汎用的なものでしかないらしい。しかし、それでも父はバウルムーブメント家の当主であり、此処の領主である。それは父の努力と、残した成果によるもの。

 まあ、前世の世界は目に見えた神から与えられる能力なんてものはなく、全部自身の努力で切り開くしかなかった。なので、その考えは俺にとってもごく自然なものだった。

 と、母の膝の上でそんなことを考えている間にも選定の儀とやらは進められていった。順に子供が呼ばれ、一人一人祭壇で祈りを捧げ、光を受けて能力を授かる流れだ。

 剣術Lv.01、体術Lv.01、弓術Lv.01、裁縫Lv.01、調理Lv.01……兄と同い年の能力授与は平民から順に行われていった。軽く聞いていったが、そのどれもが普通と思えるものばかりだった。

 そうして最後、兄の番となった。祭壇の中心部へと行き、兄はこれまでの人達に倣って祈りを捧げた。眩しい光が兄へと降り注ぎ、少し経ってその光は消えた。それはこれまでの人達と同じで、能力授与が終わったという印だ。

 兄が授けられた能力は……




 超・下り列車




 意味が分からなかった。この世界ではまだ鉄道という存在すらない筈なのに、下り列車などと言う。一万歩くらい譲ってそれを良しとしても、その前につく『超』って何なんだ? ツッコミどころは満載のように思えた。

 え、何? 何? 何?

 能力を授与されて保護者達の許に笑顔で戻っていく同い年の子供達を目にしながら、兄は何が何だか分からないといった感じで、不安そうな表情を隠せずにいた。


「どういう能力を授けられたのか、まだ何も見えはしないのだが……」


 父はそう前置いた上で、少し溜め息をついて、苦笑いを浮かべてから続けた。


「大切なのはどんな能力を得たのかではなく、その能力で何を為し遂げようとするか。どのように生きていくか。それが大切なのだと……早速クリスにも伝えてやらないといけないようだな」

「「ですね」」


 俺と母も、父と兄を見てそう笑った。

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