02.03 :王都、王都、王都に来たよ~♪

 王都です。王都なのです。嘔吐でもオートでもなく、王都なのです。

 カラカラカラカラと軽快な車輪音を響かせながら、馬車は立派な門をくぐり抜け石畳が道に敷き詰められた王都へと入った。


「オー!」


 俺は湧き上がったテンションそのままに、両手でOを作り上げた。オー!

 …………、母と兄からの視線を感じた。兄は一つ溜め息をついてから訊いてきた。


「インド、何をやっているんだい?」

「Oです。王都に着いたから、王都のOなのです」


 Outoではローマ字じゃないかい! などと突っ込んではいけない。王都を英語で言ったならばRoyal Capitalで、頭文字はRだというのもノーサンキューだったが。

 兄は突っ込んできた。


「王都の正しいスペルは◎→。なので、頭文字はこう!」


 異世界ワード。そう、此処での正解は兄のジェスチャー通りの文字だった。文字文字君で表わした文字だった。てか、兄も浮かれとりますな?

 良いことです。じゃあ、その浮かれた気持ちのまま歌を歌いましょう。


「王都〜。王都〜。王都に来たよ〜♪ みんなの憧れ、王都に来たよ〜♪ グルメ、ファッション、何でも揃う〜♪ 王都〜。王都〜。王都に来たよ〜♪」


 アドリブで歌を創り、サクッと披露した。我ながらキャッチーなポップスだと自画自賛。

 そんな俺の肩を母は抱え、俺と肩を君だ。そして、母も俺と共に歌った。


「「王都〜。王都〜。王都に来たよ〜♪ みんなの憧れ、王都に来たよ〜♪ グルメ、ファッション、何でも揃う〜♪ 王都〜。王都〜。王都に来たよ〜♪」」


 何コーラスか母と一緒に歌ってから、俺と母は揃って兄へと手を向けて言った。


「さあ、兄上もご一緒に!」

「さあ、クリちゃんもご一緒に!」

「嫌だよ、恥ずかしいっ!!」


 元の真面目モードに戻ってしまった兄は、食い気味でそう拒絶した。残念。

 そんな俺達を乗せ、カラカラカラカラと軽快な車輪音を響かせながら馬車は王都の石畳の道を進み続けた。その最初の目的地がバウルムーブメント家のタウンハウスではなく、王城であると知るのはそれから少し後のことだった。






 王城のBGMはクラシック、もしくはクラシック風の楽曲が良く合うと個人的に思う。

 そんなことを唐突に思った。そんな俺の前には王様がいる。この国の頂点におわします、国王陛下が玉座に座っておられまする。

 緊張からか言葉遣いが多少乱れたが、俺はバウルムーブメント伯爵家の家族と共に玉座の間で、王様の前で跪いていた。ハハーッ!


「余がこのルシーク王国国王、リーク12世である。バウルムーブメント伯爵家よ、此度は大義であった」

「もったいなきお言葉、有り難き幸せにございます!」


 ハハーッ! 父が代表してそう応えた。事前の打ち合わせ通りに。

 と言うか、やっていることは前世日本で観た時代劇のようだった。御殿様ハハーッ、みたいな? メッチャうろ覚えだけれど。

 この茶番劇のようなやり取り、大人になったら俺達もやらないといけないん? 嫌だなぁ……

 なんてことを考えていたら、話が俺の方にも飛んできた。


「バウルムーブメント伯爵家次男、インドール・S・バウルムーブメントよ」

「はい」


 まあ、飛んでくるよな。今回は俺が下水処理施設の整備をぶん投げられたせいで、王都に来ることになったのだし。そして、ぶん投げてきたのは目の前にいる王様。

 さてさて、何が飛んでくるかと心の中で構えていたら王様は謝ってきた。


「すまんな。まだバウルムーブメント伯爵領でのんびりしていたいであろうところを呼び出してしもうて。王都の下水道敷設となると、下水道を始めたお前が何らかの関与がないと格好がつかぬと貴族共が五月蝿いのでな。だから、頻繁に力添えせよとまでは言わぬが、助言くらいしてやってくれると助かる」

「畏まりました」


 成程、これは監修というやつか。

 俺は前世日本でのことを思い出していた。某・超絶大人気アイドル監修のカップケーキ本日発売! みんな、よろしくねーーーーー♪ みたいな?

 俺は知っていた。監修とかプロデュースとか謳っておきながら、何の関与もしていないただの名義貸しという、詐欺同然のパターンもあったと。

 ただ、そんな姑息な真似は俺に合わない。インドール君は真面目な少年なのでね。なので、俺は重ねて言った。


「出来うる限り、尽力したいと存じます」

「うむ、頼むぞ」

「では、なるべく早急に処理場建設地へ行かせて頂きます」


 俺の王都行きが決まってから今日まで、下水道敷設の準備は行ってもらっていた。王都外れの人気の少ない土地の確保とベースとなる建物の基礎工事だ。

 どこまでできているのか見たい気持ちも嘘ではないが、それ以上にこの堅苦しい場を離れたい気持ちが強かった。帰して~。

 そう思った俺だったが、王様は俺の気持ちに気付かず、もしくは気にすることなく話を続けた。


「お前の申す通り、王都外れの人が殆ど寄り付かぬ場所を確保し、基礎工事を始めさせたが……本当にそんな場所で良かったのか? 下水道などというものを始めたのは偉業だ。王都の中心に造り、その偉業を知らしめても良かったのだぞ?」

「いいえ、いいえ。人気の少ない場所こそが良いのです。下水処理場は汚れを集め、綺麗にする場所です。その集める場所が中心部では皆の暮らしに支障が出てしまいますので」

「ほう、ほう。そうかそうか」


 王様は俺の回答をうんうんと頷きながら聞き、そして愉快そうに笑った。

 その上で父に向かって言った。


「ジャックシーよ、お前の次男は存外に賢いな。余の言葉一つから、それがどのような影響を及ぼすかをきちんと考えることが出来ておる。普通の子供ではこうはいかんぞ」

「きょ、恐縮で御座います」


 父はまた、深く頭を下げた。そして、俺はそのやり取りを見て気付かされた。

 王様は俺のリアクションを見る為にあんなことを言い出したんだと。本気で実現させる気はなかったのだと。

 うん、段々と面倒臭いことになってきた。早く帰りたいね。


「それだけの才覚があるなら王家に欲しかったところであったが、▽の奴に越されてしもうたし、何より同じ年頃の姫が王家にはおらんからなぁ。うむ、残念だ」

「そ、それに、我が伯爵家では身分の釣り合いが取れないかと」

「ふふふジャックシーよ、お前はまだまだ甘いのぅ。足らぬなら叙爵してしまえば良かろう?」

「!」


 その手があったか! などという言葉を父は勿論出せず、ただ目を見開いていた。まあ、それが此処での正解だったのだろう。怖いねぇ。早く帰りたいねぇ。

 と、そんな願いは存外早く叶うことなった。王都へ着いて真っ直ぐ王城へ来たのだから、旅の疲れがあるだろうとなったのだ。ありがてぇ。


「お前達ならば、いつでも遊びに来て良いからな?」


 帰り間際に王様はそう社交辞令を言って、俺達を送り出してくれた。その社交辞令にペコペコして、父が代表して厚くお礼を述べた。

 うん、社交辞令だったね。社交辞令だよね? 社交辞令だったら良かったのになぁああああ!

 バウルムーブメント家の皆は気付いていた。王様のその目が、絶対に来いよと語っていたことに。

 なお余談になるが、クリちゃんことマイ・ブラザーは最後までずっと空気だった。兄様、ずるい!






 王城を後にすると、俺達は王都外れの下水処理施設予定地へと向かった。まだタウンハウスで休むこともせず、カラカラと。

 俺達はそこで思わぬ人達と再会することとなった。


「インドール様!」

「クリスター様!」


 俺の婚約者であるユリン嬢と兄俺の婚約者であるジル嬢の2人が、それぞれの家族と共に待ち受けていたのだ。

 兄は躊躇することなくジル嬢の傍へ行き、久し振りー会いたかったーといった挨拶を彼女の家族も含めて行った。グッジョブだ。

 俺も兄と同じようにユリン嬢の所へ挨拶に行った。


「ユリン、お久し振り」

「へへへ、お久し振り! 会いたかった? 会いたかった? 会いたかった?」


 Yes!

 俺は頷き、微笑んだ。その上で彼女へ言葉でも伝える。


「うん、会いたかったよ。まあ、もっと素敵な場所ならもっと良かったと思わなくもないけれど」


 下水処理施設予定地ではね、ロマンチックさに欠ける。ウ★コの墓地ではね。

 ユリン嬢も笑う。


「確かに!」

「ネフロン様とクレア様もお久し振りです。ああ、そこのシアさんも」


 俺はゴフジョー辺境伯家の皆にも挨拶した。ユリン嬢の父親&母親、そしてユリン嬢付きのメイドであるシアも。……ユリン嬢に教育に悪い小説を教えていたけど、クビにはならなかったんだね。

 まずは彼女のご両親が挨拶を返してくれた。


「ああ、インドール君、久し振り」

「あらあら、ネフロン様とクレア様なんて水臭い。お父様・お母様で良いのよ?」

「分かりました、お父様・お母様!」

「って、まだ早いよ! と言うか、インドール君も躊躇わないなぁ!」

「お喜びになるかと思いまして♪」


 言われて不快感を持たれることはない、そのことに俺はすぐ気付いていた。もし不快だと思うならば、呼んでも良いのよだなんて冗談でも言う筈がない。だから、呼んだのだ。

 そんなやり取りをしていると、親達もまたゴフジョー辺境伯家とスルフィド伯爵家に対して挨拶をしていた。そもそも我が家にゴフジョー辺境伯家を連れて来た家自体がスルフィド伯爵家なので、3つの家が顔を合わせたこと自体、問題にはならず。

 その中で2人は出会った。出会ってしまった。


「貴女がユリン・T・ゴフジョー様?」

「貴女がジル・M・スルフィド様?」


 ユリン嬢とジル嬢である。これまで父親同士の関わりはあったものの、両家間はそれだけでもあったので、実はこれが2人の初顔合わせだった。なので、ちょっと緊張した感じ?

 特にジル嬢は距離感をどうすべきか悩んでいるようにも見えた。自分の方が年長ではあるが、家自体は格下でもある。どうしたらいいのか。どうすべきなのかと。

 その一方で、マイ・ユリンは特に気にはしてないようだった。そんな彼女に俺は耳打ちした。こう言えと。


「ジルお姉様?」

「!?」


 その瞬間、ジル嬢の目は見開かれた。グアアアアッと、メッチャ気持ち悪いレベルで。

 そう、彼女は喜びに打ち震えていたのである。天に祈りを捧げ、感涙していた。おおっ、神よ。神よーーーーっ!


「クリスター様、どうしましょ? 私に弟だけでなく素晴らしい妹までできましたわ」

「ヨ、良カッタネ」


 興奮しながら兄の方へ振り向いたジル嬢に対し、兄の言葉は硬かった。そして、その目は語っていた。どうしようもないがなと。

 そんな兄に対し、俺は目とジェスチャーで伝えた。受け止めるのだ。受け入れるのだ。包み込むのだ。その器で! ……まあ、言葉にしないと伝わらないものなので、兄はきょとんとした顔をしただけだったけど。

 つかつかつかと俺の方にやって来て、兄は言った。


「ジル嬢にあんなこと言ったら、ああなってしまうってインドも分かっていたでしょ? ああなってしまったのはインドの責任なんだから、ちゃんと責任取ってよね」

「あんなとか、ああとかばっかでよく分かんなかったけど了解です」


 今のままだと収拾がつかないから、どうにかしろということなのだろう、多分。メタ的に言ってしまうと、今回の話をちゃんと終わらせろということなのだろう、多分。

 オーケー、ブラザー。任せて、ブラザー。俺がインドールだ(意味なし)。

 俺はユリン嬢とジル嬢に近付いていって、彼女達にこっそりと話をした。ああやってみよう、こうやってみようと。彼女達は面白そうねとあっさり頷いてくれた。そして……

 俺・ユリン嬢・ジル嬢が肩を組んで一列に並び、歌って踊る。


「「「王都〜。王都〜。王都に来たよ〜♪ みんなの憧れ、王都に来たよ〜♪ グルメ、ファッション、何でも揃う〜♪ 王都〜。王都〜。王都に来たよ〜♪」」」


 何コーラスか3人一緒に歌っていると、俺達の母3人もそれに加わった。父3人は加わらない模様。そこからさらにいくつかコーラスを重ねてから、俺は兄へと手を向けて言った。


「さあ、兄上もご一緒に!」

「嫌だよ、恥ずかしいっ!!」


 兄のリアクションは食い気味だった。解せぬ……

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