02.02 :インドール曰く、森の中ではクマさんに出会うものですよ?

「フォレスト・ウルフだ! 陣形を守れー!」

「馬車の中は絶対に死守だっ!」


 警備する兵士達の声が聞こえてきた。これだけではどれだけの数が現れたのかまでは分からないが、この様子だと1や2ではないだろう。

 俺は少し考えた。その末に決めた。俺を抱きかかえようとする母の手から逃れ、決めたことを言葉にした。


「行きます」


 それと同時に馬車のドアを開け、剣を2本持って御意見無用とばかりに外へと飛び出した。イエス、グリーン・フォレスト!

 外に出ると、空は雲が殆ど無いくらいの綺麗な青空だった。遠くまで澄んだ青空、周囲を覆う森、それを貫く林道、その前方に俺達を待ち構える魔物らしき狼がひの、ふの……7匹か。兵士達は馬車を守るのを最優先としているので、陣形としては馬車を取り囲んだものだった。その為、現状前方以外に魔物の姿は見えないにも関わらず戦力の集中は出来ないようだ。まあ、挟撃の可能性もゼロではないからね。

 俺は様子を見つつ、狼が待ち構える前方へと向かった。その俺の姿を見て周囲が驚いた顔を見せ、馬の上にいた父もまた驚いた顔を見せた。そう、戦える父は最初から馬車の外にいたのです。馬車の中で会話に参加しない空気になっていた訳ではないのですよ。

 と、若干メタっぽいことを思った俺に、父が代表して訊いてきた。


「インドール、何故馬車の中から出て来た? 危険だから、馬車の中へ戻るんだ!」

「俺も兄上も父上から鍛錬を受けてきました。後、足らないのは実践では? と思いましてね」


 俺も兄もいつか戦わざるをえない時が来るかもしれない。辺境伯領へ行く予定の俺は、その可能性が兄よりもずっと高いだろう。ならば比較的安全そうな今、初陣をしてしまった方が良い。

 俺の考えを察したのか、父はそうかと言って頷いた。そして、馬車のドアを開けた。


「クリスター、これは良い機会だ。お前も初陣を果たせ」


 そう言って、兄を馬車の中から連れ出した。母はそんな男連中のやり取りを見ながら溜め息をつきはしたものの、何も言わず止めもしなかった。ある程度、こうなることは予想していたのだろう。

 兄はぶつくさ言いながら剣を手に取り、戦いの準備をした。兄はこうなることは予想していなかったのだろう。と言うか、考えようとしなかったのだろう。

 俺はそんな兄を横目にしながら再度前線へと向かった。馬車が止まった場所から10Mくらい先の場所に、件のフォレスト・ウルフ7匹はこちらを真っ直ぐ見据えながら唸り声を上げ、威嚇していた。魔物故か、前世世界の狼と違って緑っぽい毛並みをしていたが……それはどうでもいいか。

 それよりも向こうは先に動かないか。その上で、配置も前方の7匹以外はいない模様。それはつまり……


「父上、あのフォレスト・ウルフとかいう魔物……馬鹿なんですかね?」

「まあ、どう考えても賢くはないな。ただ、スピードはあるから油断するなよ?」

「はい」


 そう、フォレスト・ウルフは馬鹿だ。前方だけに戦力を集中させるのが、まずありえない。普通ならば別動隊を森の中に潜ませるし、策としてもっと良いのは正面に立たずに森の中からの急襲である。それなのに、正々堂々真正面から全力で? うん、馬鹿ですねぇええええ。

 心の中で散々に煽り散らかしてから、俺は一息をつき、右前面に異次元収納のドアを置いた。そのドアはすぐに開き、中からグアノの登場である。

 グアノには古くなったものではあったが、靴と手袋を着けさせている。錬成のスキルを使えば汚れなどすぐ落ちるが、見た目が映えなかったのでそうした。ピンク色のアンチクショウはそんなもの着けていないが、グアノは焦げ茶色なので。

 ということを思い出しながら俺はグアノに1本の剣を渡し、そして言ってやった。


「あの狼共はご存知ではなかったようだ。花咲く森の道ではクマさんに出会うものだと」


 父も兄も、何言ってるんだコイツ? と言いたげな顔をしたのは言うまでもない。


「それより狼共はようやくかかってくるようだぞ。さあ、構えだ!」

「「はいっ!」」


 父の掛け声に俺と兄は腹から声を出して返事をした。とは言え、やはり奴さんはド阿呆なようだ。もう後手後手なのに、それにすら気付けていないのではね。

 そんな残念批評に気付くことなく、フォレスト・ウルフはまず前方で構えていた4匹が正面から突撃してきた。父と兄へ1匹ずつ、俺とグアノのペアには2匹襲い掛かってきた。……此処は全部で襲うところだろうにね。

 などと思いつつ、俺は俺の方に襲い掛かってきたフォレスト・ウルフの相手をする。狼は真正面から襲い掛かってきて、俺の少し前でジャンプした。上方から噛み付く算段なのだろう。うん、馬鹿だ。

 俺は狼が飛び上がった瞬間に前へ踏み出して間合いを詰め、隙だらけの顎を切り上げた。

 それと同時に、グアノへは真正面から突っ込んで来たので、力任せに横払いさせた。


「「ギャインッ!」」


 グアノが払った狼は横に流れて体勢を崩したので、一瞬放置。グアノにはそのまま俺が切り上げた、まだ隙だらけの狼の首を上からの振り落としで落とした。

 俺はまだ9歳、鍛えさせられてるとは言え、剣で狼の首を落とせるだけのパワーは残念ながらまだないのだ。グアノはもう成人男性くらいの大きさがあり、力も成人男性くらいになっていた。それもまた先を行かれたようでちょっと残念だったが、役割分担とも言えた。そんなちょっと小話。

 残った1匹の狼は少したじろいだ。その隙を逃さず、俺は狼の脳天に突きを入れた。その突きで狼は気絶したので、グアノによる斬首で着実にトドメをさした。それで終わりである。めでたしめでたし。

 チラッと隣にいるであろう父に目を向けたところ、父は既に隣にはおらず、兄が引き続き狼と戦っていただけだった。父が戦っていたであろう狼は、とうに切り伏せられて躯となっていた。

 じゃあ、残った狼は? 前方へ目を向けるとそこに父がいて、残った3匹を切り伏せていた。……もう、やることは残っていなかった。

 あ、一つ残っていた。まだ戦っている兄の応援だ。俺は応援団の団長だ。俺は応援団の団長だ。俺は応援団の団長だ!


「フレー、フレー、ク・リ・ス・ター! フレッ、フレッ、クリスター! フレッ、フレッ、クリスター! 頑張れー!」


 あ、倒した。兄が放った斬撃が狼の喉にクリーンヒットし、それが致命傷となって倒れた。狼の出血は多く、これ以上は動けないようだ。兄はその狼にトドメをさし、戦いを終えた。

 兄にはぜぇぜぇと大きく息を切らしてはいるものの、これと言って怪我はないようで、無事ではあったようだ。その兄がつかつかと近付いてきて言ってきた。


「うるさいよ、インド。何だったの、今の?」

「応援。兄上、頑張ってねって」

「はーーーー、また変なこt…」

「よし、2人共。まずはよくやった。フォレスト・ウルフ相手とは言え、怪我をすることもなく倒したのは素晴らしい。さすが儂の息子達だ!」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます?」


 兄は純粋に褒め言葉を貰ったことへの礼を言ったが、俺はそう言い切ることが出来なかった。思ってしまったのだ。さすが俺の息子達だ? 自画自賛じゃねぇかって。

 それで語尾にちょっとした違いが出たが、父は気にすることなく話を進める。


「ただ、結果は素晴らしかったがそれに満足してはならぬ。反省点はそれぞれあるが、それが何か分かっているかな? では、まずクリスターから」

「戦いに時間を要してしまったこと、ですか?」

「それは慣れだから仕方ない。それより一対一に集中し過ぎてしまったことだ。魔物との戦いは試合ではない。一対一で正々堂々と戦える場面の方が稀であることを忘れてはならぬ。良いな?」

「は、はい……」


 兄は項垂れたが、俺はそこまで気にする必要はないだろって思った。終了間際だったとは言え、戦いの最中で俺の声を聞くことくらいは最低限出来ていたのだから。

 ……もっとも、それを試す為の応援ではなかったんだけどさ。と思ったところで、父の目が俺に向いた。


「では、インドールは?」

「攻撃力の無さ、ですかねぇ?」


 俺はフォレスト・ウルフを2匹倒したことになってはいるが、実際に殺めたのはどちらもグアノである。俺は捌いたり、攻撃したりは出来たものの、致命傷を与えるには至らなかった。

 父は俺の言葉に頷いた。


「うむ、そうだな。だが、インドールはまだ9歳。そこはこれからの成長に期待だな」

「はい」


 まあ、筋力等の体躯の問題ならば成長を待つしかない。それは父も分かっていたようだ。それ故、それ以上ああだこうだという話にはならなかった。インドール先生の次回成長をご期待ください、でお終い。お終い。

 そう思った時が俺にもありました。


「クリちゃん、インちゃん」


 ぎゅっ。いつの間にか馬車から出て、俺と兄の背後に忍び寄った母が俺達を抱き締めた。もとい、その両腕に抱えた。強く、強く、強く……って、痛いぞ母上ぇええええっ!

 俺と兄はその痛みから逃れる為にもがくが、そんな俺達を母は離さない。逃がさない。私はワガママ、全部ほしいのってかぁああああ?

 父はそんな俺達を見て笑っていた。苦笑いをしていた。まあ、そうするしかなかったんだろうが、一応とばかりに母へ言った。


「ダイアリア、そろそろ放してやれんか? 2人共痛そうにしているじゃない…か」

「いいえ、そうはいきません。これは母の愛なのですから」

「まあ、それも分かりはするのだがなぁ……」

「ええ、私も分かりはするのですよ? もしも戦わなければならない為がやって来たその時の為、比較的安全なケースで戦いの経験を積ませておきたいという考えは。で・す・が、母の子を心配するその気持ちは止めることは出来ないのです。その愛を止めてはならないのです」


 母はそう言って、俺と兄を抱えたまま馬車の中へと戻っていった。夫である儂への心配はなかったのか、という父の呟きが聞こえたような気もしたが、とりあえず母の耳には入らなかっただろう。

 母は俺と兄を抱えたまま馬車の中でも離そうとせず、馬車はそのまま進むこととなった。時々兄と目が合ったが、兄は観念したような諦めた目をしていた。俺もきっと、兄と同じ目をしていただろう。

 そうして再び馬車は王都へと向かっていった。カラカラカラカラ……

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