02.04 :インドール9歳、絶賛リア充中!

 インドール・S・バウルムーブメント9歳、只今王都外れの空き地にて下水処理場建設を監督中!

 とは言え、監督と言ってもやることは特にない。バウルムーブメント伯爵領やゴフジョー辺境伯家やスルフィド伯爵家の下水道スタッフが一部来ているので、何をすべきなのか分かっている人達がたくさんいるからだ。なので、やることはせいぜい質問されたことに答えるくらいだった。……ぶっちゃけ今更俺の存在など要らないだろうが、王家としてはこうして俺が時折だとしても此処にいることが面子として大事なのだろう。面倒くせーな。

 そう思いながらぼーーーーっと現場監督っぽいことをしていた俺は、手持ち無沙汰だったので空いたスペースで剣の素振りなど、自己鍛錬に費やすことにした。

 そうして一週間ばかり過ぎたある日のことだった。


「インドール様ーーーーっ!」


 カラカラカラカラと車輪音を響かせながら、マイ・リトル・ハニーであるユリン嬢がやって来た。馬車から元気に降り、大きく手を振りながら元気に俺の方へと駆け寄ってきた。その振る舞い、貴族令嬢としてはNGなんだろうけど、俺的には無問題。俺も大きく手を振って応えた。

 そう、ユリン嬢は王都暮らしを始めていた。俺が王都に呼ばれたという話をゴフジョー辺境伯家に話したところ、ユリン嬢もまた王都で暮らしてみてはどうかという話になったらしい。そんな話を両家の両親、主に母同士が行っていたらしい。その話を俺が知ったのは、王都でユリン嬢と再会した日の晩で、ずっと内緒にしていたのを母は……

 サプライズ♪ とウザイ笑顔で言った。ただ、そのサプライズは悪いものではなかったので。

 ユリン嬢は馬車から駆け下り、俺の方へと駆け寄ってきた。そんな彼女を俺はWelcome♪ とばかりに迎えた。大歓迎である。


「ヘイ、ユリーン♪」

「ヘイ、インドール♪」


 俺達はハイタッチをした。その振る舞い、貴族としてはNGなんだろうけど(以下略)。

 ユリン嬢にはいつも通り、メイド兼護衛のシアがついていた。最初にとても残念な様を見せられたが、存外優秀な人材らしい。まあ、それはどーでもいいとして。

 ユリン嬢は訊いてきた。


「何してたのー?」

「素振り&型、だね。こうで、こうで、こう!」


 俺は左手で剣を握ってそれを振ってみせたり、身体の動きをみせたりした。こうで、こうで、こうだと。

 ユリン嬢とシアは俺の動きをうんうんと静かに見て、その一通りの動きが終わった後にユリン嬢が訊いてきた。


「インドール様は強くなりたいの?」

「なりたいね。いずれ俺はゴフジョー辺境伯家に行くだろう? 辺境の魔物達に負けないようにね」

「ふへへへ、うれし」

「でしたら、お一人での鍛錬よりも実戦経験を積むのが寛容かと思います」


 ユリン嬢が何かしら言い切る前に、シアがすっとそう提案してきた。

 モチのロンで、ユリン嬢はそんなシアに文句をつける。


「ちょっと、シア。まだあたしの話の途中だったんだけどーーーー!」

「おっと、それは失礼しました。いち早く提案したかっただけで他意はないのですよ。ええ、惚気そうな雰囲気にイラッとしたとか、私には婚約者どころか彼氏もいないのにーとか、全然思ってないのでご安心下さい」

「…………」


 思っていたんだな。まあ、確かに?

 インドール・S・バウルムーブメント9歳、5歳の時から婚約者がいます。仲も良好です♪ なんて話を前世の俺が聞こうものなら、爆発して死ねくらいのことは思っただろう。

 まあ、今が良いからいいんだけどね。ただ……


「そうなんだ。じゃ、良かった」

「…………」


 ユリン嬢はシアの言葉をそのまま信じていた。そこがちょっと不安ではあった。

 ただ、普通の9歳ならばそんなものか? まあ、考えてもしょうがないか。それよりも。


「実戦経験をと言っても、此処は王都。そんなもの積めるの?」

「それが何と、王都からちょっと南に行った所にダンジョンがあるんだって♪」

「ダ、ダンジョンだって!?」


 俺のテンションは爆上がりだった。wktkですよ。wktk!

 ユリン嬢も俺と同じような笑顔で応えてくれた。


「そう、その名もドッグラン・ダンジョン!」

「ド、ドッグラン……ダンジョン?」


 俺の頭の中で、前世日本にあったドッグランの光景がイメージされた。綺麗に広がっている芝生の上を、綺麗なモフモフ達が楽しそうに駆け巡る非常に平和的な光景だった。みんな、普段は室内犬なんですかねぇ?

 それが、ダンジョンですと?


「コボルト達が主に出没するダンジョンですね。それで、そこに行った冒険者の誰かが犬が駆け巡るダンジョンということで、そう名付けたらしいです」


 若干声がひっくり返っていた俺に、シアがそう説明した。名付けの理由はまあ、聞かなくても分かってはいたのですよ? 想像はつくのですよ? ただ、そういうことじゃないんだよなぁ……

 と、思ってもそれは説明しようがないので置いておくことにした。それよりも話を先に進めよう。俺はシアに確認する。


「コボルトってそんな強いイメージを持っていないんだが、その認識で良いかな?」


 とりあえずゲームとかファンタジーもので、コボルトが強いというものを俺は見た記憶がなかった。魔王コボルト、魔神コボルト……うん、ないよな?

 シアも俺の言葉に頷いた。


「ええ、冒険者の中でも主に初心者がよく行くダンジョンですね。勿論、危険は伴うので油断は絶対禁物ですが」

「あたしも弓の練習をしているんだよ。ぴゅんぴゅんぴゅんぴゅん的に当たるんだからね!」

「ほう、そうか。それはすごいねぇ」


 唐突にユリン嬢は自身の話を始めた。それは自分も戦力になるよ的なアピールだと思うので、話の切り替わり自体はどーでもいい。戦力になろうと弓の練習をしてくれていること自体は、俺としても非常に嬉しいものではあった。

 ただ、相槌は打ったものの、ユリン嬢の話ではどれくらいの実力なのかまでは見えなかった。大人の意見が欲しかった。

 そんな思いでシアの方を向くと、シアは一つ頷くと満面の笑みで言った。


「ユリン様の弓の腕前は素晴らしいです。最高です。もう、弓の女神であるスミテルアの生まれ変わりではなかろうかと」


 シアはキリッとした目で、スパッとそう言い切った。言い切りやがった。

 大人の意見が欲しかった。大人の意見が欲しかったんだが……駄目だこいつ、早くなんとかしないと状態だった。シアは存外親バカならぬメイドバカだったらしい。

 ……ユリン嬢のことは自分の目で見ていくしかないようだ。まあ、婚約者だしね。異論はない。

 そう考えた俺に、シアがゆらりと目を向けた。そして、言ってきた。


「なお、私の適性は遊撃戦士となります。ただ、インドール様としてはその実力の程も見ておきたいのでしょう? ええ、ええ。それはそうですとも。分かります。分かりますよぉ……」


 シアはまくし立てるようにそう言って、そこでゆっくり息を吸って吐いた。それから言ってきた。


「でも、それはこちらとしても同じなんですよねぇ。インドール様にお嬢様を守れるだけの力があるかどうか、見せて頂きたいのです。組み手をしましょう」


 組み手。そう言って、シアは馬車の中から木剣を2本持って来て俺に1本渡した。握っただけで俺には分かった。普通の木剣だ。

 俺はその木剣を左手で握り、問題ないと頷いた。俺もまた、シアの力を見てむたかったのだ。

 そんな俺のリアクションを見てシアは笑い、木剣を高く掲げて叫んだ。


「ではでは、ゴフジョー辺境伯家メイド流剣術、その名も『メイド・イン・ヘヴン』をとくとご覧あれっ!」

「ちょっと待った。何なん、その剣術の名前?」

「ゴフジョー辺境伯家メイド流剣術『メイド・イン・ヘヴン』です。この剣術を受けた敵は皆、天国へ逝くのです! それが何か?」


 キリッ。目をちょっと鋭くして、シアはそう言った。

 剣術の名前にそれはどうよとか、言いたいことはたくさん出てきそうだったが、それら全て置いた上で尚、俺はシアに確認した。


「その字面だとさ、天国にいるのは敵じゃなくてメイドじゃねぇか?」


 Maid in Heaven、どう訳しても『天国のメイド』である。

 そんな俺のツッコミにシアは……


「…………」

「…………」

「シャットアップ! 細かいことはどうでもいいんです! さあ、行きますよ!」


 見事な程の逆ギレだった。

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