02.05 :メイド・イン・ヘヴンとインフェルノ・ブレス
「それでは参りますよ?」
「ああ」
俺はシアと対峙した。俺達は木剣を持ち、数メートルの距離を置いて向かい合っていた。
シア、ゴフジョー辺境伯家所属でユリン嬢付きのメイド兼護衛を務めている。ゴフジョー辺境伯家メイド流剣術『メイド・イン・ヘヴン』の使い手であるという。
ゆったりと木剣を構えるシアを見ながら、俺はまだ何処か巫山戯ているんじゃないかって気がしていた。いきなりすてーんって転ぶ可能性もありうるんじゃないかって気もしていた。……剣術名が悪いんだな。
なんて思っていたら……
「!?」
一筋の閃光が通り抜けた。
シアの突きだった。存外に速く鋭いその攻撃を、俺はほぼ条件反射でどうにか外側へ流し、その一瞬の間で体勢を整えた。反撃は出来なかった。
シアは俺の様子を見て笑った。
「ま、この程度の攻撃でしたらさすがに対処は出来ましたか。ですが、今の突技『メイドリル』はまだまだ小手調べ。さあ、どんどん速く鋭くしていますよぉー」
「…………」
コイツは強い。俺はシアからの一つの攻撃だけでそう感じていた。『メイド・イン・ヘヴン』も『メイドリル』も巫山戯た名前だが、実力だけは本物だ。
剣術だけで言えば最低でも俺より強いのは間違いない。下手したらバウルムーブメント家の父よりも強いかもしれない。
「では」
そう思って兜の尾を締め直した俺へ、シアは先程と同じメイドリルを繰り出してきた。宣告通り、先程より速く鋭く。
俺は先程と同じようにシアの身体の流れを木剣で外に流したのだが、それも想定されたのだろう。
シアの身体は先程より流れず、足腰をぐっと踏み込んだ上で流れた木剣もくるっと回して元通り。そこからすぐさま振り下ろしの追撃が来た。
俺は木剣でどうにか防御したが、衝撃までは防げずに後退り。その時点で既に後手だったが。
右、左、右、左、左、左、右、右と次々斬撃が繰り出され、俺はそれを防御するので精一杯だった。嗚呼、このままではやられるのは目に見えている。
では、と俺はシアの斬撃を流したその直後、一歩踏み込んで蹴りを繰り出した。
「やっ!」
「ひらり」
その蹴りは、あっさりとシアに避けられてしまった。俺の蹴りは半身となったシア横を虚しく通り過ぎていた。
シアは通り過ぎた俺の右足を抱えると。
「そーい」
「ぬぁああああっ!」
俺の足をそのまま振り回して投げた。俺の身体はあっさり数メートル飛ばされ、そして地面に落ちた。
そうして出来た俺の隙をシアは見逃さない。間髪入れずぐっと間合いを詰め、隙だらけの俺の頭に木剣を振り下ろした。
ポン…………
……とても軽く、誰も傷付けられない程度の力で。でも、シアは軽く言った。
「はい、一本ですね?」
「あ、ああ」
もしもこれが実戦だとしたならば、俺は確実に死んでいた。俺の、完敗だ。手も足も出なかったと言ってもいい。
そんな負け犬な俺に、ユリン嬢はとてててと近付いてきて言った。
「負けちゃったね、インドール様。でも、仕方ないよ。シアは強いもの。ああ見えて、ゴフジョー辺境伯家の中でも屈指で」
「マ、マジか」
ユリン嬢の言ったことは、よくよく考えてみれば納得のいくものではあった。
ユリン嬢はゴフジョー辺境伯家の一人娘である。そんな娘専属のメイド兼護衛がただのか弱い女性である訳がないのだ。
ええ、納得出来る。納得は出来ますよ? ただ、それでも敗戦はとても悔しいものだったけれど。
ユリン嬢は俺の顔を覗き込んで訊いてきた。
「インドール様はどうしてグアノを出さなかったの? あれからグアノも大きくなったんでしょう?」
「そうです。そうですよ! 何か足らないと思ったら、それがなかったじゃないですか!」
ユリン嬢の質問にシアが乗っかった。食い気味に。
ああ、そう言えばユリン嬢にグアノを見せたのは婚約解消騒動の時以降無かったのか。普通の勝負であれば、そこまで見せて初めて全力の勝負だったと言えるのだろうが。
俺は首を横に振った。
「さっきのは剣術の組み手だったからね。そこでゴーレムを使うのは反則だ」
「ええええっ! 反則にはならないよー! だって、シアの能力は剣術Lv.10だもの」
ええこと言った! なんて思った俺だったが、ユリン嬢に超速で反論されてしまった。しかも、こちらも食い気味に。
シアもまた、そんなユリン嬢の言葉に乗っかった。
「そうですよ。使って頂けないと、寧ろ私が反則したようじゃないですか! しかも、年甲斐もなくというオマケ付きで!」
インドール9歳、シア17歳くらい(推定)。男女差を差し引いたとしても、普通ならば勝負するような年齢差ではない。
そう考えると、ほんまごめんやでー……と思わなくもないのだが、組み手で2対1にするのは抵抗があった。
「しかしなぁ……」
「じゃ、せめて今のグアノを見せて!」
踏ん切りがつかなかった俺に、ユリン嬢はそう提案してきた。組み手など、どーでもよくなったとも言える。
目をキラキラさせながら提案したユリン嬢。言っていることは実質「貴方のウ★コを見せて」なんだが……ということは考えないことにした。
まあ、いいか。見せるとしましょう。俺は手を掲げ、魔法陣を出し、グアノを呼び出した。
「カモン、グアノ!」
特に声出す必要はないのだが、何となくの気分でそう言った上で、俺はグアノ召喚を行った。
ぐぁんぐぁんぐぁん……といった音が特にすることは特にないのだが、出してそうな感じでピンク色の暴れん坊をモデルにしたグアノは出て来た。
何となく予想はしていたが、ユリン嬢は今のグアノの姿を見てその目をさらにキラッキラに輝かせた。
「クククク、クマックマックママママッ!」
ええ、熊ですものね(´(ェ)`)
ユリン嬢は興奮して俺を揺さぶり、さらに抱きついてきた。むぎゅーーーー!
肉体年齢がまだ9故か、その抱きつきに俺が興奮することはなかった。寧ろ、意外と痛いな。痛い痛い痛痛痛痛痛痛痛痛…………
「どうどうどうどう、落ち着こう。落ち着こう」
ちょっと息を切らしながらも俺は何とかユリン嬢を引き剥がし、落ち着くよう促した。はい、吸って吸って吐いて。吸って吸って吐いて。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。
あ、これはちょっと違うか? ま、どーでもいっか。
グアノは王都に来た時と比べてさらに大きくなっただけでなく、変化を付けた部分もあった。
専用の武器を持たせることにしたのだ。武器の種別はモデルにしたピンク色のアイツに倣って爪である。手袋をした上で、爪の武器を両手に握らせた。
ズバッ! バキッ! ドゴッ! ドッカーン! って感じで、超前衛で戦ってもらうイメージをして俺はグアノを造っていた。
そのグアノを見ながら、シアは言った。言ってきた。
「2対1が卑怯っぽくて嫌だと言うならば、この子と戦わせてもらえません? どういう動きをするのか見ておきたくもあるので」
「別に戦ってみなくても……動きはこんな感じよ?」
俺はグアノを動かしてみせた。空手の型みたいな感じで。ズガッ! バキッ! ドゴッ! ドッカーン!
ユリン嬢もシアもグアノの動きを見て惜しみない拍手を送ってくれた。
「おおおおっ、凄い! 凄い! 凄い!」
「ええ、ホント凄いですねぇ! インドール様自身は奇をてらった所はあるものの、まだまだ子供にちょっと毛が生えたくらいなのに対し、これは既に一般冒険者レベルはありそうです!」
ただ絶賛してくれたユリン嬢に対し、シアのは何処か毒があった。おい、こちとらまだまだ9歳児だぞ? 泣くぞ? ぴえんだぞ?
その時、俺は既にイラッとしていたのだろう。
「インドール様、やはりこの子とちょっと戦わせてもらえません? もうホント、先っぽだけいいんで!」
「いいだろう。先っぽだけというのが意味不明だが、グアノの必殺技を披露してしんぜよう」
フハハハハ! って感じで笑った時の魔王のような顔をして、俺はシアにそう言った。言ってしまった。お望みならやってやろうじゃねぇかと。
そんな俺の様子にシアは気付かず、ウキウキした感じで、スキップでもする感じでグアノの真正面の位置へ向かった。
俺は手を翳し、グアノに命ずる。
「グアノよ、このお嬢さんはお前の必殺技『インフェルノ・ブレス』をお望みだ。お望み通り披露してやれ!」
グアノは少し頷くと、もとい頷く動きをさせると、そこから3回ばかりバク転させ、シアから距離を取った。
そこから両の爪をXにさせるポーズを取らせてから、腕を戻して脇を締める形にしたが、その動きに意味はない。ただ準備はレディ、それだけだ。
シアはそんなグアノを見て笑う。
「では、参りますよ?」
「おうっ! グアノよ、見せてやれ。インフェルノ・ブレス!」
ふぅうううううううう…………
グアノに向かって真正面から突っ込んで来たシアに対し、グアノの口辺りから特に強くもない風を吹きつけた。
風自体では小さな子供すら飛ばせはしない。そういうものだが、これが必殺技『インフェルノ・ブレス』だ!
「え、何です? このそよ風は?」
インフェルノ・ブレスに吹かれたシアは、最初は戸惑いの表情を見せた。これがどうしたものなのかと。
ただ、それはすぐに崩れ落ちた。
「って、臭ッ! 臭臭臭臭臭臭臭臭ッ! 何コレ!? ヤバッ! 目が痛いっ! ああああっ、臭臭臭臭臭臭臭臭ッ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬーーーーーーーーっ!」
「グアノ」
蹲って悶えるシアへグアノは一気に間合いを詰め、その頭を爪の刃が無い甲側で軽く叩いた。コーン……
それで終わりである。
「インドール様、今の必殺技って何だったの? インフェルノ・ブレスって一体?」
シアの様子を見て、ユリン嬢は首を傾げながら俺にそう訊いてきた。まあ、ブレスは見えないからねぇ。疑問に思うのも当然か。
別に隠さなければいけないことでもないので、俺は正直に答える。
「グアノは大きくなって力が増しただけでなく、辺りに臭いを撒き散らさない防臭の能力も手にしたんだ」
「ああ、それで出て来た時に何の臭いもしなかったのね。で、インフェルノ・ブレスとは?」
「防ぐことが出来るということは逆に防がないようにすることも出来る訳で、穴を作ることも出来る訳で、インフェルノ・ブレスはその穴から本来あった臭いを相手に吹き付ける技なんだ」
「そ、それは……」
卑怯と言いたいのだろうか? ええ、分かりますとも。兄にも言われたし。
マトモにこの技を食らったシアはしばらく悶えていたが、それがちょっと落ち着いてくると、カサカサカサとまるで黒いアイツのような動きでこちらへにじり寄って来た。そして、言った。
「此度の組み手は私の負けで構いません。ですが、お願いです。ダンジョン探索の際はその必殺技、絶対に使わないで下さいね。絶対で・す・よ?」
「それは使えって振りk…」
「ち・が・い・ま・す! あの技は味方をも巻き込みかねないからです!」
俺の言葉にシアは食い気味で否定した。
まあ、ぶっちゃけ狭い場所でインフェルノ・ブレスが使えないのは言われなくても分かっていた。臭さというのもあるが、糞臭とは可燃性である。狭い場所だと何かの拍子に爆発する恐れがあるからだ。
現代社会でも、そういった理由でトイレ内は火気厳禁なのだ。
「分かった分かった。分かっているよ。狭い場所では使わないから安心するんだ」
俺はシアにそう告げた。俺の襟首を掴むその手が離れるまで繰り返し繰り返し。
それだけインフェルノ・ブレスは最悪にキツかったのだろう。ほんま、ごめんやでー。
なお、その後ユリン嬢の弓の腕前も披露してもらった。子供にしては非常に優秀で、彼女の言う通りぴゅんぴゅんぴゅんぴゅん矢は真っ直ぐ正確に飛んだ。
ダンジョン探索はそんな高レベルの場所でなければいけそうだ。そう思わせてくれた。
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