01.05 :クソガキと聖女

「え、神様から授かった能力を使わなくていいなんて、そんなこと……」

「俺の兄上はファイナル・デスティネーションを使う気がないようだよ。でも、バウルムーブメント伯爵家の跡継ぎで、別に問題にはなっていない」


 あ、能力名は『超・下り列車』だったか? まあ、名前なんかどうでもいいとして。

 兄に対してはあるものは活かした方が良いのではと思わなくもないが、兄がそうしたいならばそれでいいかとも思った。そして、父も母もそう考えているのか、兄に能力についてああだこうだ言ったりしていないようだ。

 俺もユリン嬢に言う。


「使いたくなきゃ、使わなくたっていいんだよ。それだけでご両親も君のことを悪く言ったりはしないだろう?」


 俺は負傷していない左手でユリン嬢の頭を撫でながら、チラリと彼女の両親へと目を向けた。すると、彼女の両親2人は揃って首を縦に振った。そこはバウルムーブメント家と同じなようで、俺は少し安心した。

 ただ、それでもユリン嬢は首を横に振った。


「でも、でも! 辺境伯家の当主になるんだったら、その能力で世の為人の為この領地の為に力を尽くさないと! ……ただの害悪になっちゃ……う」

「…………」


 ユリン嬢はそう言って項垂れた。彼女にとって貴族の当主というのは実に高潔で、立派で、誇らしい存在なのだろう。それは彼女のご両親の努力と教育の賜物だろう。それは素晴らしい。素晴らしいのだが。

 ろくすっぽ他家との付き合いの無い俺でも、前世の記憶で分かっている。そんな立派な貴族ばかりではないというか、寧ろそんなのは少数だろうと。

 とは言え、そんな夢のない残念なことを言ってしまうのもあれなので、俺は俺達兄弟のことを話すことにした。


「俺の兄の能力は魔力を籠めて触れた相手を下痢にするというだけのものなんだ。それでも、兄は勉強を頑張ってバウルムーブメント伯爵家の次の当主になって、世の為人の為領地の為に力を尽くそうとしているんだ。能力なんか関係ないってね」

「ほ、本当?」

「ああ」


 兄がそう言葉にしたかどうかは微妙だが、行動から見て間違ったことは言っていない筈だ。……多分。

 俺は続ける。


「そして、俺の能力も現状を見る限りでは世の為人の為領地の為にはならなそうなものだよ。見てみる?」

「え、うん」

「こっちね」


 俺はユリン嬢の手を引いて部屋から出た。ウンゴーレムは密封出来る箱に入れて持参しているのだが、それは馬車の外側の見えづらい場所へ頑丈に括り付けてある。それはウ★コと一緒の密室で旅をしたくないという母の意向だ。……まあ、俺も反対はしなかった。自分のウ☆コであっても臭いものは臭いのだ。

 そんな臭いもの、ユリン嬢に見せない方が良いのではと思いはしたが、それは即座に否定した。ユリン嬢との付き合いが続くのであれば、どうせ分かることだからだ。

 テンテンテンテン……俺はユリン嬢を連れてバウルムーブメント家の馬車へ向かった。俺の母とユリン嬢のご両親もそれに続いた。


「おや、坊っちゃん。もうお帰りの時間ですかい?」


 馬車の駐車場へ行くと、バウルムーブメント家の馬番と護衛が俺の姿をすぐに見付け、話し掛けてきた。早いね、ベリーグッドだ。

 俺は首を横に振りながら、そんな彼等に答えた。


「いいや、帰りの時間はもう少し先だ。今は彼女に俺のグアノをお披露目しに来たんだ」

「あれをそこの可愛いお嬢様に御披露ですかい? あっしはおなごに見せるようなものではないと思いやすが……」

「まあ、それはそうだけど、どうせいつか分かることだからさ。じゃ、今披露してしまおうって訳さ」


 俺はそうやり取りしながら、馬車からグアノを収納している箱を取り外した。何を見せられるんだろう? ユリン嬢は不安そうな様子を見せはしたものの、逃げずに俺の様子を見守っていてくれた。俺の母とユリン嬢のご両親も変わらずちょっと離れた場所で俺達の様子を見守っていた。

 俺は箱を彼女の真正面に出した。


「これが俺の授かった能力なんだ」

「その箱が?」

「いいや、中身だね。では、ご開帳。カモン、グアノ!」


 箱を開けると、その中からグアノが糞臭を放ちながら一歩一歩出て来て、その姿を見せた。10日弱分のウ◆コを積み重ねたグアノはまたちょっと進化したのか、とろくはあるもののスムーズな動きを見せてくれた。ただ、やっぱり臭かった。とても臭かった。

 ユリン嬢は臭さに顔を顰めた。俺の母とユリン嬢のご両親も同じように顔を顰めた。草。


「これが俺の能力、ウンゴーレムです。そして、これが最初に造ったウンゴーレム、名前はグアノ」

「随分と臭いけれど、凄く滑らかな動きね。何でできているの? ちょっと触ってみてもいいかしら?」

「それはお勧めしない。材料、俺のウ◇コなので」

「………………………………え?」


 ユリン嬢はグアノの方へ進もうとして、ピタッと止まった。氷結でもしたかのように固まった。そして、ギギギギ……と油の切れたロボットのようなぎこちない動きで俺の方に目を向けた。

 その目は言葉にせずとも明確に言っていた。マ・ジ・で? と。

 メッチャ草。ユリン嬢のご両親も信じられないとでも言いたげな顔で俺の母へ目を向け、母は苦虫を噛み潰したような顔で頷き、肯定した。あの馬鹿息子の言っていることは間違ってないですよと。ああ、超メッチャ草。寧ろ、草原。


「じゃ、グアノ。お疲れぇ。ゴーホーム!」


 俺がグアノにそう命じると、グアノはピシッと敬礼をしてから箱の中へと帰っていった。グアノが中に入ったのを確認してから、俺は箱を閉じた。お仕舞い。

 俺は箱をまた馬車へ括り付けて戻すと、ユリン嬢の方に真っ直ぐ向いた。ユリン嬢は何を言えば良いのか困った顔をしていたので、俺の方から話し掛けた。


「これが俺の能力なんだ。誰にも凄いとかカッコイイとか言われないだろうけど、そんな能力関係無しに君の為ゴフジョー辺境伯家の為良い貴族になりたいと思っているし、それを目指そうとしているけれど……こんな能力の人間はいない方が良いかな?」

「いいえ。いいえ!」


 ユリン嬢は首を横に振って否定してくれた。俺の能力なんかは関係ないと。

 じゃあ、俺が言いたいことも同じだ。ユリン嬢の能力なんかはどうでもいい。そう言いたかった、その時だった。



 ポトリ……



 一滴、俺の右手から液体が落ちた。それはユリン嬢の部屋のドアを殴った際にできた傷口から落ちた俺の血だった。骨や筋に問題はないだろうが、そう言えばちょっと痛みはあるような気がした。

 その傷口を見て、ユリン嬢は驚き、そして悲しそうな顔を見せた。


「そ、それは……」

「ああ、こんなの大丈夫。ツバでもつけておけば治るでしょ」


 実際は非衛生的でよろしくないのだが、ユリン嬢に心配させない為、俺はそう言った。

 ユリン嬢は俺を見て少し考えを巡らせた。そうしてから、彼女は彼女のポケットから一つの瓶を取り出し、そして言った。


「では、これを使ってみましょ」


 ユリン嬢は瓶の栓を抜くと、その中に入っているものを俺の右手の傷口に振り掛けた。ちょっと酸っぱい臭いのするソレは傷口に当たると焦げたような音を発したが、不思議と痛みはないままに俺の傷口を癒やした。

 俺は怪我をしていた右手を見直し、驚きを隠せなかった。


「え? え!?」


 俺の右手は治っていた。痛みを残さず、傷跡も残さず、綺麗さっぱり完全に治癒していた。

 彼女は驚いた顔をした俺を見ながら、一つ長い溜め息をついてから言った。


「それがあたしの授かった能力である『聖水聖女』よ。色々な傷や病気を癒す聖水を作れるようになる能力ね」

「え、凄いじゃないか! そんな能力を授けられるなんて!」


 俺は右手を掲げた。改めて見直したが、そこには何の痛みも傷跡もない。

 ユリン嬢のご両親もユリン嬢へ駆け寄って、彼女を抱き締め、凄い凄いと褒め讃えた。そんな凄い能力を授かって、何を恥ずかしがることがあるのだと。何をダメだと卑下することがあるのだと。

 彼女のご両親はそう言い、俺もそのように思ったが、ユリン嬢は困った顔をして言った。


「その材料、ぉ※っ□だからよ」

「えっ!?」


 ユリン嬢の声はとっても小さくて、俺には聞こえなかった。彼女のご両親にも聞こえなかった。なので、皆揃って首を傾げた。

 すると、彼女は逆ギレをしたかのような大声で言った。


「だーかーらー、その聖水、あたしのおしっこなのよ! おーしーっこー!」

「……………………」


 腰に手を当て、プリプリしながらそう叫んだユリン嬢へ、何か言える者は彼女のご両親を含め此処にはいなかった。すまん。何かすまん。右手を思わず尻でゴシゴシ拭いてしまったのは内緒だ。

 ユリン嬢曰く、彼女が授かった能力はこういうものだった。



 <聖水聖女>

 自ら流した小便に魔力を含めることによって、人を癒す聖水を作製出来る。自分を癒すことも可能。

 ただ、空気・有機物に触れること、時間を経ることによって効能は落ちていき、半日でただの小便に戻る。

 なお、何にも触れぬ聖水の場合、老化と死以外の状態異常全てを即座に癒す。



「ヤバイわ」

「……………………」


 俺は思わずそう呟き、ユリン嬢のご両親もうんうんと頷いた。

 こう言ってしまうのもあれだが、彼女にこんな能力を授けた神とやらはとてつもなく性格が悪いと言うか、ぶっちゃけ頭おかしい。


「お義父様、これはトップシークレットですな」

「無論だ。これは王にも言えぬわ」


 俺とユリン嬢の父親でそう話して決めた。それにより、ユリン嬢の能力は他所に対して完全非公開となった。

 それでも貴族家の運営は問題無く出来るという算段だ。そこは兄に任す予定のバウルムーブメント家と変わらない。だから、大丈夫。大丈夫。

 そう言うと、ユリン嬢はふふふと笑った。その笑顔は前に見たものと変わらない、でも今日初めて見たものだった。

 俺はそれを見て嬉しい気持ちになって、ユリン嬢の前に立って手を差し出した。


「じゃあ、俺はウンチ君だけどこれからもよろしく」

「あたしもおしっこちゃんだけど、これからもよろしくね」


 俺とユリン嬢はガッシリと握手をした。それは解消になりそうだった関係がバッチリ問題解決し、元通りに戻ったという大団円を示すものだった。

 ただ、よくよくイメージしてみると、大便と小便が握手という非常に汚いもののよ……(以下略)

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