02.12 :森はユリンとシアの庭、しかしインドールには……

「おおっ、これが森か」


 俺達は目的地である王都外の西側にある森へ辿り着いた。そして森に入ったところで、俺は密かに感動していた。俺の人生、前世分も含めてこれまで森というものに入った経験がなかったからだ。

 森の中は静かなようでいて、色々な音に溢れていた。獣や鳥、虫の声があちこちから聞こえ、草木が風に揺れる音も聞こえる。それらの匂いも感じられた。

 おおっ、これが森。英語でいうとフォレスト。『フォレスト・ガンプ』もそういう森を感じる物語だったのかな?

 ※違います。そもそもフォレストのスペルから……


「森というのに大人しいね」

「王都に近い位置にありますし、このようなものでしょう。人の足も結構頻繁に入っているようですし」


 俺の感動は、ユリン嬢とシアの2人によって台無しにされた。辺境伯領というダイナミックな自然と接してきた2人からすれば、此処はちゃっちい雑木林程度のようだ。

 ただ、そうは言っても2人の顔に油断している様子、舐めている様子はない。


「ただ、森は森なんだよね?」

「ええ、今日は私達しかおりません。辺境伯家の騎士達がおりません。絶対油断をしてはなりませんよ?」

「分かってる」


 森の中には魔物がいるのが当たり前なのだから。

 2人の雰囲気がそう言っていた。そして、2人は向こうの森を知ってはいるものの、当然ながら2人で入るものではなかったようだ。

 まあ、それはそうか。魔物のいない富士の樹海の捜索でさえ、そんな少人数で行ったりはしない。ハイキングや散歩ではないのだから。

 此処は彼女達からすれば雑木林程度の場所。ただ、此処にいるのは経験不足の子供しかいない。……これをやるのは早かったかな?

 そう思った時のことだった。


「あ、薬草見っけ」

「おめでとうございます」


 ユリン嬢が対象となる薬草をあっさりと見付け、採取した。事前に聞いた情報としっかり位置しているようで、シアも正しいと言って賛辞していたのだが……

 正直に言おう。俺にはそこら辺に生えている雑草との区別すら出来ていなかった。だって、草は草じゃね?

 嗚呼、今更ながら俺は気付いてしまった。俺は此処では役立たずだ。


「あら、あちらにもありますね」

「こっちにもあるね」


 ユリン嬢とシアはまた対象となる薬草をあっさりと見付けた。Hit! Hit!

 その一方で、俺はずっと動けずにいた。そもそも草の区別を付けられずにいた。No Hit!


「ああ、いっぱい生えているねー」

「そうですね」


 ユリン嬢とシアはガンガン薬草を見付け続けていた。俺の脳裏に赤い帽子を被ったヒゲオヤジが陽気な声を上げ、何故か分からんが空中に浮いているブロックを叩き、何故か分からんがそれによってジャラジャラと出て来るコインをゲットし続ける様が浮かんだくらいに。ヒャッホゥ♪ チャリンチャリンチャリンチャリン♪

 それとは対照的に、俺は動けずにいた。そんな俺に、ユリン嬢が訊いてきた。


「あれ、インドール様は採らないの?」

「あら、怠けるのはいけないですよ?」


 ユリン嬢は首を傾げ、シアもまた首を傾げた。そんな彼女達には分かり得ないのだろう。想像も出来ないのだろう。

 俺は正直に言わざるをえなかった。


「実はこの森に入って、薬草とかを目の当たりにして初めて気付いたんだが……俺には全部そこら辺の雑草と同じに見える」

「あははは、うっそだぁ」

「…………ホント、なんですね?」


 ユリン嬢はアハハと笑い飛ばしたが、シアは笑わず真っ直ぐ俺を真面目な顔で見た。俺はそんなシアに対し、静かに首を縦に振った。

 俺、草ノ見分ケツカナイヨ?


「では、問題です。私の持つ2つの草、どちらが今回求められている薬草でしょう?」


 シアは右手と左手、両方に草を持って俺に見せ、そう出題してきた。俺も薬草の特徴が書かれた情報は見てきた、見てきて覚えてはいるのだが……

 何を隠そう、前世の俺は草花の区別なんてチューリップやヒマワリくらいしか出来なかった。今世でも草花への興味が皆無で、そういうものをほぼ見てこなかったなぁ、というのを今思い知ったくらいなので。


「どっちも同じじゃ?」

「違います。正しい薬草はこちらで、もう片方はただの雑草です」

「もー全然違うよ、インドール様。薬草の方が葉っぱがずっとシュッとしていて、それでありながらクリッとしているんだからね」


 うん、全然分からん。ユリン嬢が言っていることもサッパリ分からん。寧ろ、それがまた草だと言ってしまえる程に。

 HAHAHAHA、我は実に役立たずだ。……笑えねぇ。


「じゃあ、せめて荷物運びくらいはする…」


 よ、と言い切ろうとしたその時だった。遠くから剣戟の音が聞こえた。キンキンキンキン……という音だけでなく、何かが殴打されたような鈍い音、何かの咆哮、草木が踏みにじられる音、色々な音が聞こえた。

 そう、これは戦いの音だ。

 俺達にそいつは関係ねぇ。疾く離れ、安全を確保するのが最善だ。そう分かってはいたのだが、素早く距離を取る判断と指示が出来なかった。

 そう、それは失敗だった。


「ぐぅううううっ!」


 何かの塊が呻き声を上げながら俺の横を飛んでいき、そして木にぶつかって崩れ落ちた。

 振り返らなくても分かる。分かってしまう。戦っていた飛ばされてきたのだと。

 此処も戦場にされてしまったのだと。


「構えてください」


 シアもそいつを飛ばしてきた方に目を向け、構え、注意を払った。ユリン嬢も弓を構えた。俺も剣を抜き、そして。


「グアノ」


 グアノを呼び出した。グアノは既に両手へ爪を装備し、胸当てもつけている。準備バッチリだ。

 そんな俺達の前に、さっきのやつをふっ飛ばした魔物が出て来た。醜い豚面に、大きなガタイとパワーのありそうな感じ。

 そう、コイツはオークだ。何処かで拾ったのか、オークはデカくてゴツい石斧を持って現れた。


「ブォオオオオッ。プシュウ、プシュウ……」


 体長2.5Mくらいは軽くありそうなオークが、1匹とは言え武器を持って俺達の前に現れたのだ。オークはフォレスト・ウルフやゴブリンのように、初級冒険者が相手にしていい魔物ではない。素人同然の弱者が戦おうものならば、そのパワーで簡単に捻り潰されてしまうだろう。

 それを踏まえると、此処は逃げの一手が最善であろうが。


「…………」


 逃げられそうになかった。逃げたならば、さっきの奴は確実に死ぬ。その上で俺達も追われ、その逃げた先で殺されるだろう。オークはガタイの割にとろくはない。

 そのオークは俺達3人を見比べ、ニタァと笑った。奴にとっては美味そうな獲物が増えた、それだけだったのだろう。奴は確実に俺達を見下し、舐めていた。


「!」


 ユリン嬢が弓を引き、オークに向かって放った。

 矢はオークへ向かって真っ直ぐ飛びはしたのだが、ユリン嬢は子供故にスピードとパワーがなかった。オークは石斧の取っ手で簡単に矢を弾き飛ばしてしまった。


「グブ、グフフフ……」


 オークは醜く嗤い、ユリン嬢へと目を向け、少し前屈みの体勢になり、即座にダッシュで突っ込んだ。って、させるか、クソブタがぁっ!

 ダッシュで突っ込むオークへ横からグアノが突っ込み、奴の腹へ左側の爪を叩き込んだ。その痛みでオークは呻き声を上げたが、俺はそれに構わず奴の腹をそのままぶち抜くつもりだったが……

 それは出来なかった。オークの腹筋によって、グアノの攻撃は止められてしまった。残念ながら、そこまでの力はなかったようだ。しゃーない。

 ただ、それはそれで使いようはある。爪が刺さっているということは、オークをそこに固定出来ている訳だ。俺はグアノの右足を少し下げさせて、体勢をちょっと低くさせた。

 俺はグアノに向かって駆け、グアノの下がった右足に乗り、背中を駆け上がり、真正面で固定化されているオークの顔を横一文字に斬った。きちんと、奴の目を狙って。


「グガァアアアアッ!」


 オークの目の辺りへ大体当たったようだが、俺はその結果を全く見ずそのまま奴の頭を越えた。オークを飛び越し、そこから落ちつつも振り返り、縦一文字に奴の背中を斬って追撃した。

 斬った後に着地すると、俺はすぐさまオークから距離を取った。それと同時にグアノの左手の爪を引き抜き、それに伴ってオークの体勢をちょっと前に倒すと同時に、右手の爪を奴の背中に突き刺した。


「グ、グ、グァォォォォ……」


 オークの呻き声が力無くなってきた。

 シアがスッと奴の懐へと駆け込んでいって、武器を持つ右腕を中心に幾度となく斬撃を食らわせた。その痛みにより、オークは呻き声を上げながら石斧を落とした。俺はその石斧をグアノにすぐさま蹴らし、もう拾えないよう奴から離した。


「ウガッ?」


 石斧を拾おうと、目を切ったオーク。その隙を逃すシアではない。すぐさま何度も斬撃を食らわせ、ヒットアンドアウェイで距離を取った。

 呻き、迷うオークをグアノに押し倒させ、固定化させた。そのオークへ俺は駆けていき、奴の首を斬った。斬り飛ばすことは出来なかったが、頚動脈らしく箇所はしっかりと切り裂くことが出来たようで、奴の血が噴水のように湧き上がった。

 その血で汚れないように距離を取り、一応警戒は解かないようにした俺だったが、俺達だったが、オークとの戦いはそれで終わりだった。

 オークは死んだ。

 俺達はオークがしっかり死んでいることを確認してから、奴との戦いのキッカケとなった、奴に飛ばされた塊の方へ目を向けた。すると、そこには汚く粗末な服を纏った黒髪の少年らしき人が倒れていた。彼が俺達の前にオークと戦い、やられ、飛ばされたのだろう。

 経緯の予想はついた。ただ、彼には予想のつかないものがあった。


「耳? 尻尾?」


 彼の黒髪の中には猫の耳のようなものがあり、彼のズボンからは猫の尾のようなものがあった。こんにちはしていた。

 俺にはもう、その時には何となく予感のようなものがあった。コイツとの付き合いは長くなりそうだと。

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