02.13 :俺ん家、来ないか?
「息はしている。生きているようだ」
黒髪の瘦身で、ネコミミ&尻尾付きの少年らしきもの、俺と同年代くらいの彼は、オークに吹っ飛ばされはしたものの、死にはしなかったようだ。パッと見たところ大きな出血もなく、頭などを打っていなければ命に別状はないだろう。……打ったかどうか、見てないけど。
手足もパッと見で確認してみたが、変な方向に曲がってはいない。そして、気絶はしているものの、重傷でもなさそうだ。
意外と丈夫なのかな? 俺の、彼に対する評価が上がった。チャララ、ラッチャッチャー♪ ※ドラ★エのレベルアップの音
「じゃ、起こしてみよっか」
「お嬢様、ちょっとお待ちください。もし、頭を打っていたりしたら大変ですので」
ユリン嬢とシアが俺の脳内でのやり取りをしている間、俺はアレコレと考えを巡らせていた。人と同じような顔をしているが、造りの差異はあるのだろうか、言葉は通じるのだろうか、といったことだ。まあ、考えても意味は無く、なるようにしかならないと分かっていたけれど、ある意味暇だったのでね。
そうして数分経ったであろうか。ネコミミ・ボーイが動きを見せた。う、う、と軽く声を漏らしながら、動き始めた。さあ、ウェイク・アップだネコミミ・ボーイ。(午後だけど)朝だよー!
「ん、此処は?」
「にゃにゃにゃにゃ?」
ゆっくり上半身を起こしながら、左右をキョロキョロしたネコミミ・ボーイに、俺は「気付いたか?」という意味を込めて問い掛けた。
そんな俺の問いに、ネコミミ・は首を傾げた。イマイチ通じなかったようだ。猫語は難しい。
俺はさらに伝えてやろうという気持ちを込め、話し掛けた。
「にゃーにゃにゃ、にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃ、にゃにゃにゃにゃ」
オークに、やられ、気絶、してたんだ。
そう伝えようとしたのだが、ネコミミ・ボーイには通じないようで、彼はさらに首を傾げた。そこから、彼は口を開いて訊いてきた。
「な、何を言っているの……?」
「!?」
俺達と同じ言葉だった。普通に同じ言葉だった。
俺は絶句した。オー・マイ・ゴッドだった。
そんな俺の言動をなかったことにして、ユリン嬢がネコミミ・ボーイに話し掛けた。
「君はオークにやられて、吹き飛ばされてきたんだよ」
「そ、そうだ! オークがこの森に現れたんだ! 早く逃げないと、君達も危な……」
い、と言い切ろうとして、ネコミミ・ボーイはそこでフリーズした。彼の視点の先には例のオークの死体があったからだ。
今度は彼が絶句し、俺達に訊いてきた。
「あ、あ、あのオークは? まさかまさか?」
「俺達が倒したな」
「にゃっ! う、ホントに?」
「ああ」
驚きの声が猫っぽかったネコミミ・ボーイのリアクションに、ちょっとほっこりした。あと、彼は嘘って言いたかったんだろうけど、目の前にオークの死体があり、かつ他に人がいなそうなので、信じる他なかったのだろう。
ネコミミ・ボーイはスッと姿勢を正し、俺達全員に顔を向けてから深々とお辞儀をした。そして、お礼を言ってきた。
「この度は助けて頂き、ありがとうございました。お陰様で、僕は死なずに済みました」
「まあ、君が飛んできたんで、俺達は戦わざるをえなかっただけだった。気にする必要はないよ」
俺達は巻き込まれただけ。積極的に助けようとはしていない。彼の確認さえも、オークを倒して自分達の安全を確保してから行っている。残念ながらそれが事実だ。
俺はネコミミ・ボーイにそう言ったが、彼は首を横に振った。
「それでもです。オークに飛ばされた僕を見て、すぐさま逃げるという選択肢もあった筈ですから」
なくはないが、それは悪手だろう。
そう思ったが、俺はそこまでの話をしなかった。すると、今度はシアがネコミミ・ボーイに質問した。
「君はどうしてそんななりで森の中に来たの? どうしてその装備でオークと戦ったの?」
「そ、それは……」
ネコミミ・ボーイは明らかに言いづらそうにしていた。だが、彼はペラッペラの粗末な服を着ているだけで、装備も折れたボロボロの短剣しかなかった。年齢も恐らく俺やユリン嬢と同じくらいで、俺どころかユリン嬢よりも華奢なくらいだ。そんな彼がこの森に、1人で入るのはどう考えても自殺行為である。
ネコミミ・ボーイは少し考えた後、観念したかのように白状した。
「た、食べ物を探しに来ました。そうしている間にオークに遭遇してしまい、僕には逃げるだけの力も戦う力もなく、あのようにみっともなく飛ばされてしまったのです」
「食べ物ならば街で働いて稼げば……」
安全でいいじゃん。寧ろ、その年ならば孤児院に入ってもいいんじゃないか?
と言おうとしたが、シアが俺の肩に手を置いて、首を横に振って止めた。シア・ストップ再びだ。
ただ、俺はそのシアのリアクションで分かった。分かってしまった。王都の孤児院では人族の子供しかいなかった。王都の街中でも、人族以外を見た記憶がない。つまりはそういうことなのだ。
そう、差別はないように……などというのは、あのシスターの理想でしかない。こんな子供がマトモに生きられていない程に、現実では差別だらけなのだと。
俺はそんなネコミミ・ボーイを真っ直ぐに見て、訊いた。
「じゃあ、ウチに来るか?」
「にゃっ?」
ネコミミ・ボーイは目を丸くして驚いた。そんなに驚くことか? 驚くことなんだろうなぁ、人族として情けないことに。
俺はネコミミ・ボーイに俺の都合を言い、勧誘した。
「ちょうど俺は自分の側用人を探さないといけなくてね。それに君がちょうど良いんじゃないかと思った訳だ。どうだい?」
「え、でも、僕がいるとご迷惑をかけるから……」
ぐ〜〜〜〜…………
ネコミミ・ボーイがそう言った瞬間、緊張感のない腹の音が鳴ったのが聞こえた。俺ではない。ユリン嬢でもシアでもない。ネコミミ・ボーイだ。
ネコミミ・ボーイは恥ずかしそうに頬を赤らめ、俯いた。そんな彼に……
「はい、あげる」
「え? あ、あ、ああああ、ありがとうございます!」
俺が荷物の中からおやつ用のパンと水を渡すと、ネコミミ・ボーイは恐縮した様子でペコペコしたが、食べようとはしなかった。
毒はないよ? と、そんなことを思ってはいないだろうが……と考えたところで、はたと俺は気付いた。
そうか、恥ずかしいんだなと。腹の1つや2つ鳴っただけで恥ずかしがるネコミミ・ボーイのことだ。食べる姿を見せるのもきっと恥ずかしいのだろう。シャイ・ボーイなのだろう。
俺は彼に背を向けて言ってやった。
「分かった。じゃあ、食っている様見ないでおこう。さあ、ユリン嬢とシアもあさっての方を向いて」
「あ、そうではなくて、ぼ、僕は大丈夫なので、これを持って帰って病気で寝ている弟にあげてもよろしいでしょうか?」
言ってあげたのだが、ネコミミ・ボーイのリアクションは俺の予想外のものだった。
じゃあ、その弟の分も併せてもう1つあげようか? そう思って荷物入れをまさぐった俺を、シアが止めた。
「それはよした方がよろしいかと」
「?」
首を傾げた俺を置いて、シアはまずネコミミ・ボーイに向かって言った。
「パンは比較的消化がよろしくなく、病気の人に食べさせるものではありません。元気ならば、アナタが食べなさい」
「し、しかし……」
体調が優れない弟を差し置いて、自分が食べるのに気がひけるようだ。まあ、そのくらい面倒見てもいいのだが……
俺はネコミミ・ボーイに念を入れて訊く。
「一応訊くけど、その病気の弟って10人や20人いたりってことはないよね?」
「ええ、僕の弟ならば1人ですけど?」
オーケーオーケー、それなら大丈夫だろう。母もきっと、許してくれるだろう。……ダメだったら、最悪ルイに投げるという手もなくはない。
と、考えたところで俺はネコミミ・ボーイ提案した。
「じゃあ、その病気らしき弟の面倒も見ようじゃないか。で、もう一度聞こう。ウチに来ないか?」
「ほ、本当に僕達がお邪魔しても良いのですか?」
「おう」
「で、では、すみません。不束か者ですが、よろしくお願いします!」
ネコミミ・ボーイはガバッと俺に向けて頭を下げた。これで、側用人(仮)を探し出すミッション、コンプリートである。めでたしめでたし。
といったところで、1つのエピソードが終わりそうになった時、ネコミミ・ボーイが訊いてきた。
「と、ところで、これから僕が仕える貴方様のお名前は何と言うのでしょうか? どうお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「……ん、ああ? 名乗ってなかったっけか? 俺の名前はインドール・S・バウルムーブメント、9歳だ」
「ミ、ミドルネーム持ち! あ、貴方様は貴族だったんですか!?」
ああ、そうか。俺達の名前のファーストネームとファミリーネーム間にあるアルファベット、これはミドルネームであって、つけるのが許されるのはこの国では貴族のみという話を……何処かで聞いたような気がした。
ただ、どうでもいいべ? 俺は無駄に平伏するネコミミ・ボーイへ言った。
「まあ、確かに俺は伯爵家の次男だが、身分なんかどーでもいい。ウチには平民、元々はスラム暮らしだった者も働いているからそんなものは問題にならないさ」
ルイとかいるしね。実績はある。無問題だ。
以上、今度こそめでたしめでたしだ。俺はネコミミ・ボーイに向かって訊き、話を締めにかかった。
「じゃあ、その弟君を迎えに行こうか。案内してくれるかい?」
締めにかかったのだが……
今度はユリン嬢が突っ込んで来た。
「ねぇ、インドール様。この子の名前は何と言うのでしょう? まだ、訊いてなくない?」
「……………………」
ああ、確かに。心の中でずっと、ネコミミ・ボーイと言い続けていたが、そんな名前な訳がないよなぁ。
と、今更ながらそんなことに気付いた。ネコミミ・ボーイは少し笑って、名乗った。
「僕の名前はルアと言います。名字はありません。よろしくお願いします、インドール様」
そう言って微笑むネコミミ・ボーイ、ルアは何処かキュートだった。
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