Chapter.1 8歳

01.01 :八歳になりました。八って末広がりで縁起が良いね。おっと、選定の儀d…

「インドール・S・バウルムーブメント、8歳!」


 特にこれと言った事件もないまま時は過ぎ、俺はスクスクスクスクと育って、8歳の誕生日を無事迎えることができた。

 人間関係も変わらない。俺の今世の家族は皆元気で、健康に暮らしている。家が落ちぶれるということもない。

 5歳の時に決まったユリン・T・ゴフジョー辺境伯令嬢との婚約(仮)も無事継続中だ。家が離れているので会うことは滅多に出来なかったが、その分は文通で仲良く出来たのではと思う。俺の机の上にはユリン嬢からの誕生日祝いの手紙があり、文面一杯に彼女の元気いっぱいな性格が表れていて、俺を嬉しい気持ちにさせた。

 俺より少し誕生日が遅いユリン嬢へ俺も誕生日祝いの手紙を送った。こんな日々が続けられればいいな。そんなことを思った、8歳の誕生日を迎えた朝のことだった。


「Yes!!」


 誕生日の朝、俺はバッとベッドの上に立ち上がり、Yのポーズをした。Yes! そして、手を下げて……

 八! 末広がりで目出度いね、一富士ニ鷹三茄子の富士のように!

 などと思うのは、俺の前世が日本人だったからに違いない。そう改めて確信したところで、俺の様子を見ていたであろう今世の母から声を掛けられた。


「インちゃん、何をしているの?」

「は、8歳なので八のポーズです。東方のある国では末広がり、子孫繁栄ということで縁起の良い数字なのですよ」

「じゃあ、7や6は?」

「それは知りません!」

「…………」

「…………」


 七転八倒、五臓六腑、北斗七星、六甲おろし……

 七や六の入る言葉が出ては来るものの、特別目出度いものは思い浮かばなかった。七五三はちょっと違うだろうし、七は女子限定だ。


「まあ、それはどーでもいいとして、今日は選定の儀なのだから早く準備しないとダメよ~?」

「はーい」


 そうだ、今日は8歳の誕生日ということで選定の儀が行われる。魔法の力を手に入れられるのだ。

 3年前、兄は選定の儀で『超・下り列車』という人を下痢にする能力を手に入れた。ファイナル・デスティネーション!

 俺はどんな能力を手に入れられるのか? 楽しみでもあり、ちょっと不安でもあった。

 カラカラカラカラ、馬車に揺られて俺は家族と共に教会へ向かうこととなった。面子は3年前の兄の時と同じ、両親と兄と俺、そして執事のタンニンである。

 俺は揺られながら、領都の景色を眺めた。建物やそこに住む人々は中世ヨーロッパ的な、もしくはファンタジーものにあるような街のまま変わらない。だが、清潔性は段違いで良くなっており、人々の生活は非常に改善しており、それが俺の自慢だった。下水道のおかげだ。よくやったよ、俺。

 ニヤリ。そう笑った俺を、兄は不思議そうな顔をして見て言った。


「インドールは緊張していないのかい?」

「ええ、特には」

「!?」


 しれっと言った俺を、兄は信じられないものを見るような目で見た。まるでエイリアンにでも遭遇したかのように。

 ……失礼な。俺は普通よ、普通。


「だって、祈りを捧げるだけでしょう? 今更俺の力でどうこうなるものじゃなさそうですし、どーんって構えるしかないでしょ。緊張したってしょーがないでしょ」

「まあ、確かに。考えてみるとそうなんだけどね……」

「ハハハハ、こういう時のインドは頼もしいな。じゃあ、インド。選定の儀に際して儂が言いたいことも分かるかな?」


 少し疲れた顔をした兄の横で、父は豪快に笑う。そして、俺に問い掛け、確認してきた。

 バウルムーブメント伯爵家、今世の両親、そこは信用出来ていた。俺は少し笑って答えた。


「どんな能力を授かったとしても、それだけで一喜一憂するのではなく、努力を重ねてどう活かしていくのかが大事、といったところでしょうか?」

「う、うむ。その通りだ、素晴らしいぞインド」


 父は拍手し、兄は微笑み、母は隣から俺の頭を撫でた。

 さあ、どんな能力が頂けるのかは分からないけれど、それがどんなものであろうと良いものに出来るよう頑張っていきますかね。兄のように! 兄のように。兄のように?


「そう言えば兄上は能力、超・下り列車を活かせてました? ファイナル・デスティネーション! って」

「ぼ、僕のことはいいんだよ! 次期領主に向けた勉強を頑張っているんだしっ!」


 兄は少し声を荒らげた。俺としてはもっと活かしようがあると思うんだが、どうにもこうにも兄はそれを望まないようだ。便秘クリニックなサービスとか色々あるだろうけど……

 といったところまで考えた所で、俺の頭を撫でていた母の手が段々とアイアンクローになっていった。おや、ちょっと痛いぞ?


「素晴らしい所で終わらせてくれれば良かったのに……」


 母は深い溜め息をついた。






「…………」


 選定の儀が行われるにあたって、この領都で最近8歳の誕生日を迎えた子供達が教会に集められた。そこで俺は非常に残念なことに気付いた。気付かされてしまった。

 平民の子供達なんかは、教会で家族から離されても友人らしき子達で集まり、楽しそうに雑談しているのが多かった。彼等にはしっかりと友達がいるのだろうが。

 俺には友達がいなかった。ユリン嬢は婚約者候補であって、友人とは言えない。下水処理場で働いている人やその関係者もまた、あくまでも仕事の関係者であって友人とは言えない。何より肉体年齢が違い過ぎた。

 嗚呼、俺には同年代の友達がいなかったと。


「それでは、これから選定の儀を執り行います。やり方は分かっておりますかな? 一人一人祭壇近くへ行き、祈りを捧げるのです。さすれば、神様が天から何かしらの能力を授けて下さるでしょう」

「どういう力がもらえるんですかぁ?」


 神父の近くにいた男児が、神父へ真っ直ぐな視線を向けたまま、そう質問した。それは俺も知りたかった。

 ただ、神父は困った顔をして首を横に振った。


「それは分かりませぬ。受けた子供に関係のあるものだろうとも考えられましたが、必ずしもそう決まっているとは言い切れませんので。神の思し召しとしか……」

「…………」


 兄が超・下り列車になったのは緊張しいで、よく腹が痛くなってしまうからか? ピーピー・フェスティバルになるからか?

 だとしたら、我々に能力を下さる神様っぽい者は存外に性格が悪いように思えた。だが、神父は人の良い笑顔で我々、子供達に話す。


「君達が頂く能力はもしかしたら君達自身や家族達が望んだものではないかもしれない。だが、それは神の思し召し。悪い気持ちになるのではなく、その能力を良い方向に持っていけるよう最大限に頑張るのじゃ。それが君達のこれからの使命なのだから」

「「「「はいっ!!」」」」


 俺以外の子供達は真っ直ぐな瞳で、元気な声でそう答えた。エブリバディ8歳、純粋な8歳、そんなみんなは誰もが良い子のようだった。

 選定の儀は3年前の兄の時と同じ流れで進められた。どうやら一般庶民が先で、位が高い家の子である程に後となるようだ。そして、この選定の儀は我がバウルムーブメント伯爵家領内でのこと。つまり、領主の息子である俺は最後、大トリだ。俺としてはとっとと終わらせて、さっさと帰りたかったのだが、昔の誰かが「真打は最後に登場するのだ!」とでもぬかしたのだろう。迷惑な話だ。

 ただ……子供達の様子を見る限り、俺や兄が最後で良かったと客観的には理解出来る自分もいた。8歳だと現代日本ではまだ小学校低学年で、この世界では現代日本程教育もされていない。良い子達ではあるが、しっかり待てる子供達ではなかったようだ。わー、きゃー、わー、きゃー、落ち着きをなくした子供達を神官達がどうにか捕まえ、抑え、儀式へと向かわせていた。

 わー、きゃー、わー、きゃー……此処は幼稚園なのかな? なんて思ってしまったことは内緒だ。だが、神官達はこの幼稚園状態にも慣れているのだろう。それでも選定の儀は着々と進められていった。

 剣術Lv.1、農業Lv.1、鍛冶Lv.1、牧畜Lv.1……俺は何かしら面白い能力の奴は出てこねぇかなーと思いながら自分の番を待っていたが、兄の「超・下り列車」みたいなものは中々出て来ないようだ。ファイナル・デスティネーション!


「大変お待たせ致しました。では、インドール様の順番でございます」


 妙に下手な神官に呼ばれ、俺は儀式へと向かうこととなった。俺は大トリなので、もう周囲に他の子供は一人もいない。皆、親元へ帰っていっている。

 周囲に他所の子は誰もいないが、この選定の儀の最後がどうなるのかを多くの領民達が見守ってもいる。多くの視線が残ってもいる。それはまるで、ワンマンライブのステージのようでもあった。嗚呼、昔の誰かもそこにエクスタシーを感じていたのか? まあ、俺には知る由もないと言うか、そもそも特定の誰ってイメージすらなかったが。

 と、そんなことを稽えている内に指定の場所へと俺は到着してしまった。


「ではこちらで片膝をつき、真正面の女神像に向かって祈りをお捧げ下さい」

「決まった言葉みたいのってありましたっけ? 説明の時にそこまで聞かなかったけど」

「特に決まりはございません。日々の感謝でも、何かしらのお願いでも、ご自由にして頂ければと……」

「はぁ……」


 自由、自由ねぇ。そう言われると、それはそれでちょっと困る。晩御飯は何がいいか訊いたら、何でもいいよーって言われるのと同じようなものか? 何かちと違うかー。

 じゃあ、どうするのがいいか。どうするのが面白いか。昔この領都に下水道設備が整った際、自室で自作の『クマムシ音頭』を歌いながら盆踊って喜びを表現したのだが、そんなことをしようものなら後ろでハラハラした気持ちで見守っているであろうマザーが飛び掛かってきて、俺の顔面に見事なアイアンクローを極めて下さるに違いない。

 普通でいいか。普通がいいか。俺は女神像に向かって片膝をつき、両手を組んで祈りを捧げた。感謝の気持ちを思い描いた。

 前世ではバキュームカーを運転中に空から落ちてきた隕石にぶつかられ、糞尿を撒き散らしながら死ぬという汚ねぇ花火になった最期でしたが、思わぬセカンドライフを頂けてありがとうございます。今世では前世では出来なかった分も含め、周囲への感謝を忘れずに尽力しますと言うか、何と言うか、そんな感じでちょっと頑張っていきますので、何かよろしゅう……

 と思った所で、俺にピカーッと光が注いだ。それは端から見たならばきっと、非常に神秘的な光景に見えただろう。が、そんな思考は俺に授けられた能力の名を知らされたその瞬間、消え失せることとなった。

 俺に授けられた能力、その名は……



 ウンゴーレム



 意味が分からなかった。

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