00.06 :インドールとユリン

「私がネフロン・J・ゴフジョー、ゴフジョー辺境伯家当主だ。よろしく頼むぞ」

「あたしがユリン・T・ゴフジョーへんきょうはくけちょうじょよ。5さい! よろしくね!」


 ゴフジョー辺境伯家当主の隣には、小さな幼女が胸板を反らしながら堂々と立っていた。何故か俺の方を真っ直ぐに向いて。

 ユリンは少し鋭い目付きをしているが顔は整っていて、流れる銀色の髪も輝きを放つレベルで綺麗だ。今は小さな幼女だが、遠くない未来では絶世の美少女になるに違いない。それにしても、何故にウォッチング・ミー?

 隣のゴフジョー辺境伯家当主へ目を向けると、彼はちゃんと挨拶出来て偉いぞ〜と満面の笑みでそう言いながら彼女の頭を撫でていた。親バカだった。

 何か分からんが、挨拶されてしまったようなので、俺も前に出て、その幼女に頭を下げて挨拶することにした。


「インドール・S・バウルムーブメント伯爵家次男です。こちらこそ宜しくお願い申し上げます」

「あなたがあたしのおむこさんになるこね!」


 ユリンは変わらない真っ直ぐな目を輝かせながらそう言った。どどどど、どーゆーことデスかぁ?

 俺は驚いた顔のまま我が父の方へ顔を向けると、父もまた俺と同じ顔をしていた。父はその顔のまま、同行していたスルフィド伯爵家当主へ訊いた。


「スルフィド卿、これはどういうことなんだ? 儂は何も聞いてないぞ!」

「お、俺も聞いてないぞ! どういうことですか、ゴフジョー卿?」

「ああ、言ってないからな。そして、私の中でも確定事項ではない。ただ、そういう可能性も考慮しているというだけだ。我がゴフジョー辺境伯家に子供はこのユリンしかいない。このままだと婿は必ず必要になる。インドール君は年がユリンと同じで、身分も釣り合わない程ではない。まずはインドール君の素質とユリンとの相性を確認したい。バウルムーブメント殿、構わんかな?」

「は、はい……」


 NOとは言えねぇだろうな、と俺は思っていた。その理由が挙げられないからだ。

 このバウルムーブメント家の跡継ぎは兄、クリスターであって俺ではない。その兄のサポートをさせる為に領内へ置いておきたいというのは、さすがに次期当主の婿として迎えたいというものより優先させることは出来ないだろう。上位貴族からの申し出ならば尚のこと。

 とは言え、俺も彼女もまだ5歳。先のことは不透明。実際に婚約、結婚となる可能性は高くないだろう。

 そんなことを考えていたら、俺の前でユリン嬢は悲しそうな、泣きそうな顔をいた。


「イ、インドールさまはあたしのおむこさんになるのはいや?」


 ああ、乗り気じゃないように見えたのか。

 乗り気以前に現実味がないだけなんだがな。結婚なんて早くても15〜20年位は先のことだし、それまでにあれこれ事情が変わることは多々あるだろう。

 と、そんな、つらつら言ったところで通じる訳もないので、俺は軽く答える。


「そんなことないですよ。ユリン様はお姫様のように可愛いですから、そんなコのお婿さんになれるならこんな嬉しいことはないでしょうねぇええええ」

「!」


 するとユリン嬢の顔は泣きそうな顔から一転して満面の笑みとなり、すぐさま俺に抱きついてきた。むぎゅーーーー。

 幼女の力なので、引き剥がすことは自力でも簡単に出来ただろう。だが、そうすると彼女が悲しそうな顔へ戻ってしまうので、俺はそうしなかった。その上で、俺は彼女の頭を撫でた。良い子、良い子♪

 ユリン嬢はにこーっと笑うと、俺からすっと離れて唐突に言い出した。


「そうだ、インドールさま。おままごとしましょう!」

「え?」


 何の脈絡もねーな、などと言う暇も与えてくれなかった。ユリン嬢は俺の袖口を掴むと玄関のドアの所へと連れて行った。おや、強制ですか? 別にいいけど。いいんだけど。

 ユリン嬢は俺をドアの所に俺を立たせた。そして、彼女は俺を見送る役のようだ。え、おままごとだよね?


「あたしはおかあさま、インドールさまはおとうさま。まじゅうをかりにいくおとうさまと、それをみおくるおかあさまね」


 へぇ、魔獣なんているんだ。魔法もあるんだから、そのくらいいるかもなぁ。

 それはそれとして、シチュエーションは分かった。小芝居であっても決してままごとではない気もするが、どうすべきなのかは分かった。

 俺は右手を掲げ、剣を高く掲げているようなポーズをする。そして、ヤァヤァヤァと口上を述べる。


「我が名はインドール・S・バウルムーブメント! この家を、この街を、そしてこの国を守る為、人々を脅かす魔獣をこの手で討ってみせようぞ!」

「あなた、おきをつけて! けっしてけがをせず、わたくしのところまでもどってくださいね」

「ああ、約束しよう! 愛する君の為、家族の為、此処に住まう皆の為、私は必ず生きて、無事に戻ってくると!」


 てんてんてんてん……

 どう動けば正解なのか分からなかったが、とりあえずここで退場だろう。俺はユリン嬢に背を向け、少し距離を取ってから叫んだ。


「では、我が家の勇敢なる騎士諸君! 君達も愛する人の為死力を尽くし、そして生きて、無事に帰ろうぞ! 出陣ッ!」

「わーーーー♪」


 パチパチパチパチ……

 嗚呼、拍手の幻聴が聞こえる……なんて一瞬思ったが、実際に拍手はされていた。ユリン嬢によって。

 何かよく分からないまま始まったおままごと擬きだったが、彼女には気に入ってもらえたようだ。良かった、良かった。じゃあ、次は何をして遊びたいのかな? そう思いながら彼女の所へ戻った俺だったが……

 がしり。その前に俺の両肩が掴まれた、ユリン嬢の父親であるゴフジョー辺境伯家当主とスルフィド伯爵家当主によって。


「インドール君、ウチの娘の相手をしてくれてありがとう。次は私達の相手をしてもらえるかな? そう、下水道とやらの案内だ」


 ニヤリ。ゴフジョー辺境伯家当主、ネフロンは企みがたっぷり入ったような、腹黒く、幼児が見たら泣いてしまいそうな笑顔を見せた。……笑顔、だよな?

 スルフィド伯爵家当主も同じような顔だ。

 つーか、絵面がヤバイ。もとい、嫌だ。オッサン2人に両側挟まれ、肩を掴まれている幼児・俺。控え目に言っても最悪である。美女2人だったら最高なんだがなぁ。

 そんなことを考えた俺の前で、父は弱腰の営業マンのようにヘコヘコしていた。辺境伯という上位貴族がいるんじゃ、そんなものか。

 一方で、兄のクリスターは少し離れた所で空気になっていた。その様は俺を少しガッカリさせたが、兄は正真正銘の8歳。子供である。そんな兄に俺を助けろと求めるのはちょっと違うなと、すぐ思い直した。


「では、下水処理場はこちらになります。離れた場所なので、馬車でご案内しますねー」


 父の案内で俺はオッサン達と共に連れられていく。ドナドナ〜♪

 ただ、そうなると当然。


「あたしもいくーーーー!」


 ユリン嬢が騒ぎ、必然的に同行することになった。とりあえず幼児向けの防護服は俺の予備があるから良いとしても……


「つまんなーーーーい!」


 最初は風変わりな光景に目を輝かせていたユリン嬢だったが、職員による淡々とした説明、彼女にとってはまだ理解不能な小難しい話ですぐに飽きてしまったようだ。デスヨネー?

 その結果、俺は職員からの質問に時折答える以外はずっとユリン嬢の相手をし続けることになった。下水処理場でかくれんぼしたり、鬼ごっこしたり……って、別に俺とユリン嬢が下水処理場まで行かなくても良かったのでは?

 などと思ったのは、バウルムーブメント家の館へ戻ってからのことだった。そして、その日のゴフジョー辺境伯家やスルフィド伯爵家とのやり取りは、バウルムーブメント家の館に戻った時に終わったのだった。

 それ以降、何かユリン嬢に気に入られたのか、俺とゴフジョー辺境伯家と文通をするようになった。ゴフジョー辺境伯家当主からは下水道における質問が来て、ユリン嬢からは抽象画のようなイラストが届いた。これは何だろう? そう疑問に思いながら眺めていたら、ユリン嬢のお母様からの手紙も同梱されていて、そこにはユリン嬢のイラストは俺を描いたものだと記されていた。そして、我が家に来た時の俺のユリン嬢への対応のお礼も丁寧に書かれていた。

 来た時は強引ではあったけれど、良い家ではないか。彼等からの手紙を見て、俺はそのように感じていた。






<+α 第三者視点>

「それで、そのインドールって子をユリンのお婿さんにすることにしたの?」

「ああ。まだそれを前提として付き合っていこうという内々定程度のものだがな」


 ネフロンとユリン父子が領地の館へ戻ると、バウルムーブメント家でのことを留守番していたネフロンの妻、ゴフジョー辺境伯夫人へ話して聞かせた。

 夫が一人で決めてしまったことに若干の不満はあったが、クレアはそれでも夫が手早く決めておきたい理由があったのかと考えた。そして、訊いた。


「そんなに、その子のことが気に入ったの?」

「ああ、あれは神童を通り越した謂わば怪童だ」

「怪童? 化物ってこと?」

「ああ、良い意味でな。下水道とやらを整備させ、運用させ、街を綺麗にさせたというのは……神童ならありえなくもないだろう。そうした理由がそこに住む民の安全と健康の為という善性も……神童ならありえなくはないだろう。だが、その上でおごりたかぶりもせず、ユリンの遊び相手も嫌な顔一つせず行ってみせるのは……異常だ。それが何らかの意図の下で行われた演技でないのだから余計にな」

「……………………」


 クレアはユリンの様子を見た。彼女は紙に何かしらの絵を楽しそうに描いていた。パウンドケーキ、それともクッキー? いや、手足らしきものがあるので人か?

 クレアはそっと娘へ近付き、訊いた。


「ユリン、何を描いているの?」

「インドールさまっ! あのね、まものをたおしてみせようぞ、ズバーン! ドドーン! ってかっこよかったんだよ!」

「…………そう、それは良かったわね」


 え、ウチの子達はバウルムーブメント家の領都に行っただけなのでは?

 クレア、母には状況が良く分からなかった。分からなかったが、とりあえず相手のことが気に入ったらしい。それは重畳。

 夫、ネフロンがインドール君へ下水道についての手紙を書くと言うのでインドール君、バウルムーブメント家と文通をしようということにした。クレアはユリンが描いた絵を添え、ユリンが描いたインドール君ですよという説明と娘への素晴らしい対応へのお礼を、これからの未来への期待を抱きながら手紙を書いた。


「良い未来になりそうね」


 不意に出た独り言は、確実な予言のように思えていた。







 そうして3年が過ぎた。


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