01.035:悪辣インドール<クリスター視点>

「父上、少し訊いていいですか?」


 僕、クリスターには最近ずっと疑問に思っていることがあった。インドールが母上と出掛けたところで、僕は思い切って父上に訊いてみることにした。

 父上は僕の方へ真っ直ぐ向いて頷いた。


「構わんぞ。訊きたいのはインドのことか?」

「は、はい……」


 父上にはお見通しだったか。これは訊いても良いのだろうか? 訊いてしまっても良いものだろうか?

 父上の執務室に入り、訊きたいことがあると申し入れた後でも尚、僕には躊躇いがあった。その上で思い切って訊いてみた。


「ち、父上は僕に対してはああした方が良いとか、こうした方が良いとか、あれこれアドバイスをくれるじゃないですか」

「ああ、しているな」

「でも、インドールに対してそれを殆どしていないように見えるんですが、どうしてでしょう?」


 例えば剣術・体術のトレーニングにおいても、僕には剣の持ち方から何からあれこれ指示をするのだが、インドへは基礎的なことを教えるだけでその後はあまり口出ししないように見えた。

 それは不公平では? 色々な意味で僕はそう思い、訊いてみたのだが、父上は少しだけ苦笑いを浮かべると、すぐ真面目な顔になって僕へ言ってきた。


「理由は3つある。1つ目は儂がああだこうだ言う前に、母であるダリアリアが言ってしまうからな。ベッドの上に立つなとか、珍妙な体操を広めようとするなとかな」


 それはただの躾と言うのでは?

 確かにインドはあれこれ変なことをして、母上からああだこうだ言われることは多い。さらに、それが進んで母上が抱えて物理的に退場させられるパターンも少なくはなかった。……いや、母上に抱えられたい訳ではないのだけど。

 父上は言葉を続けた。


「2つ目、これはお前にとって少し厳しい言葉になってしまうのだが、あやつは儂がああだこうだ言わずとも努力はして見せるし、それ相応……どころか、その斜め上の結果を残すからな。必要性がないのだよ」

「どうせ、将来的にはゴフジョー辺境伯家へ婿に行くからどうでもいいとか考えていた訳ではないですよね?」

「勿論だとも。我が家の戦力ではなくなるのだとしても、このバウルムーブメント伯爵家の代表としてゴフジョー辺境伯家へ行くのだからな。テキトーな子育てなど出来んし、しているつもりもない」

「それは良かった」


 僕は心の底からそう思った。それは嘘ではない。それどころか、将来にこのバウルムーブメント家を出ることになるならば、そうなる前に僕よりもずっとずっとたくさん接してあげてほしいと思うくらいだ。

 まあ、確かに。僕より強いことを示されてはしてしまった訳だが。うん、頑張らないといけないね、兄として。

 そう思った僕を見て、父上はうんと頷いた。そこからさらに言った。


「で、最後の3つ目なのだが、あやつにはああだこうだ言わん方が良いように見えてな。敢えてそうしているのだ」

「敢えて、ですか?」

「ああ。あやつ、ザックリ言ってしまうと変だろ? 変な子だろう?」

「ま、まあ……そうですかね」


 兄上、やはり兄上の必殺技は『ファイナル・デスティネーション』なのです!

 目を輝かせ、変なポーズをしながら僕にそう言ってきた弟の姿が思い浮かんできた。良い弟、良い弟なんだよ? でも確かに変な子でもある。何故そこまで彼は『ファイナル・デスティネーション』推しなのだろうか? まあ、訊いたところで「カッコイイからです!」ってくらいしか返ってこないだろうけど。……カッコイイんですかね?


「クリス、お前はあやつと比べると良くも悪くも普通の子だ。だから普通の育成が良い。だが、インドはお前が思っている以上に非常識で、悪辣だぞ?」

「悪辣、ですか?」


 言葉の響きが悪いな。僕はその言葉を聞かされて、そう思ったのだが。

 父上は真面目な顔で言葉を重ねた。


「悪辣な上で理に適っておる。実にタチが悪い。最近インドがお前を打ち負かした組み手を覚えているな?」

「は、はい……」


 だからこそ、僕は頑張らないといけない。頑張らないといけないんだ。

 そう思った僕へ、父上は細かく話してきた。


「まず組み手前にあやつがやっていた『モーモー体操第一』とか言うやつ、ダリアリアが珍妙な体操を広めようとするなと言っていたやつだが、儂がちょっと真似してみたところアレは牛っぽい余計な動きが入っていることを除けば実に良く出来たものだった。準備運動として実に優れたものだ。で、儂はあやつに訊いたのだ。何故、牛の動きを入れているのかと。で、あやつの答はこうだった。オッケー牧場で見た牛が大きくてカッコ良かったのです」

「「……………………」」


 とりあえず、この家族で訪問したのはオッケー牧場なんて名前ではなかった。

 などと指摘するのは負けなのだろう。どんな勝負なのかも不明だが。


「そして、剣を構えた際にあやつは左手を上に構えたであろう?」

「ああ、そうでした。だから何か打った際に変な感じでしたもん」

「だからだとよ。剣の持ち方となると右手で握って左手は添えるだけと当たり前のこととして教えられるが、それを逆にしたら相対する者は違和感を抱くのではないか。その違和感は対人戦においてアドバンテージになるのではないか。あやつはそんなことを考え、形にしやがったのだよ」


 ああ、それは確かに悪辣だわ。僕は正直、そう感じていた。

 そしてきっと、インドのことだから真剣勝負に2度目がある可能性は非常に低いとか、そういったことも考えているのだろう。何となく分かった気がした。

 父上はついでとばかりに言った。


「さらに、最初に見せたゆっくりとした動きも油断を誘う罠だ。あやつはオンとオフのメリハリですとか言っておったが、それだけではないと儂は分かっておる。父親だからな」

「ですね。僕も兄ですので」


 ピャーーーーーーーーー……

 バーッと喋ってしまったが、一通り終わったので僕と父上の間で少し沈黙が流れた。その間で、窓の外を鳥が鳴き声を上げながら何処かへ飛んでいくのが感じられた。

 インドは変な子、悪辣な子、そんな話ではあったが。


「でも、悪い子ではないですよね?」

「ああ、当然だ。儂等、バウルムーブメント伯爵家の子だからな」


 父は当たり前だと胸を張った。僕もそりゃあそうだと笑った。

 インドールはゴフジョー辺境伯家のユリン嬢と婚約しているが、その婚約解消を願う手紙がユリン嬢から来たらしい。その手紙を見たインドールは即断即決でゴフジョー辺境伯家へ行くことを決めた。手紙ではなく、直接話をすべくだとそう言って出掛けていった。母上はその付き添いだ。

 僕がもしジル嬢から、自分の婚約者からそんな手紙を送られたとして、そんなことを即断即決で出来るだろうか? そう考えると、そう出来てしまうインドールのことを少し羨ましく思ってしまった。

 まあ、両親を含む皆からは人は人で自分は自分だと言われるだろうが、それよりも。


「インドは向こうで上手くやれるでしょうか?」

「まあ、恐らく大丈夫だろう。あやつは向こうのゴフジョー辺境伯当主ご夫妻からかなり買ってもらえているようだしな。そして、あやつが変なことせんようにダリアリアがついておる」

「ああ、それなら大丈夫ですね」


 インドが買われている。そんな言葉よりも、母上がついている。その言葉の方が何となく大丈夫なもののように思えてしまった。

 外では変わらず鳥が飛んでいた。バウルムーブメント家は今日も平和だった。

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