02.09 :その頃、バウルムーブメント伯爵家では……そんなお話
「インドール、冒険者ライセンス取得したらしいな。安全性が少々心配ではあるものの、シア君がいれば致命的な問題にはならぬか。まあ、インドール自身も安全に気を付けてやるように。それはそうと、お主には貴族子息としてやっておかねばならぬことがある。それは……」
「あ、父上。言いたいことは簡潔に纏めてもらえます? 分かりづらいので」
俺達が冒険者ライセンスを取得した翌日の朝食の時間で、父は突然そのようなことを言い出した。話に区切りがないと分かりづらいんよ。
父は俺の言葉でちょっと考え、まぁそうか……とちょっとだけ頷いた。それから改めて言ってきた。
「インドールよ、儂が言いたいのはな……」
「分かります。冒険者ライセンス取得おめでとう、ですね。ありがとうございます!」
\(-o-)/\(-o-)/\(-o-)/\(-o-)/
俺は喜びの舞を踊った。振り付けはモチのロンで、完全アドリブだ。ヘイヘイヘーイ♪
「インちゃん、椅子に座りなさ〜い」
踊る俺へ、母からそんな声がした。その母は笑顔だった。ただ、目は笑っていなかった。
目が語っていた。祝いの言葉だけじゃないって分かってるんだよなぁと。ガクブル。
俺は大人しく椅子へ座った。真面目な良い子なので。良い子なので!
父は何故か少し疲れた顔をして、グッド・チャイルドな俺に言った。
「インドールよ、儂が主に言いたいのはお前の貴族子息としての責務のことだよ。その責務とは、側用人の雇用だ」
「側用人?」
それは執事やメイドの類か? ユリン嬢についているシアのような。
父は頷いて話を進める。
「そうだ。儂等貴族には、側用人としてある程度人員を雇う必要がある」
「別に今の俺にはそんなの必要ないですけど?」
ゴフジョー辺境伯家に行ったらどうなるかは知らんが、とりあえず今の俺にはそんなのいなくても困ることはない。必要性は感じられない。
俺はそう言ったのだが、父は首を横に振る。
「ダメだ」
「じゃあ、これで」
俺はグアノを召喚し、ペコリとお辞儀をさせた。どうよ、バッチリよ?
俺はそう言ったのだが、父はそれでも首を横に振る。
「ダメだ」
チッ、甲冑を纏っているのが執事としてNGと言いたいのか。じゃあ、タキシード用意すればいいのか。タキシード熊執事、中々いいね。
俺はそう思ったのだが、父はしつこく首を横に振る。
「そうではない。誰かを雇うというのが大切なのだ。貴族の家には自然と富が集まるようになる。それを雇用による給金によって富を人々に分け、少しでも経済を回すことが大切なのだ。後は人材育成の一環だな」
「はぁ、そうですか」
1人や2人雇うだけで経済回しているとか、大仰に言えなくないか? もっと他にやれることはあるんじゃないか? なんて思いはしたが、面倒臭いので黙っておいた。そして、もし言ったとしたらきっと、雇った1人や2人がさらに1人や2人を雇い、その雇われた人がさらに1人や2人を雇い……と、ねずみ講のようなことを言うんだろう。うん、胡散臭い。
そう思った俺に、父はさらに重ねて言った。
「儂に仕えてくれているタンニンもまた、そうして雇った者だ。アイツは男爵家の末っ子だったが、長年儂に仕えてくれて今では右腕のようになってくれている。そういう人を探せということだ」
そうは言っても、俺はいずれゴフジョー辺境伯家へ婿に行く予定の身。側用人を雇ったところで、婿に行った時に解雇か?
などと思った俺に、父はさらに言ってきた。
「また、我がバウルムーブメント伯爵家のメイド長も元々ダイアリアの側用人だった人間だ。そういう風に婿入りの際に同行も可能だ。故に、婿に行く時に強制解雇とはならぬよ。もし、何らかの事情があって連れていけぬ場合でも、本人の希望次第ではバウルムーブメント家で雇ってもいい。と言うか、そのような先のことを気にして雇わぬのは本末転倒であろう? まずはお試しで雇い、様子を見る形でも良いと思うぞ」
極論で言えば、前世日本で所属していたあの会社か。糞尿の汲み取り&回収というキツイ仕事柄からか、辞める人は他業種に比べてやたら多かった。その為か、コイツを雇うのは如何なものかと言いたくなるような人であっても、新入りとして入ってきたことは多々あった。まあ、そんな奴は消えるのも早いのがお約束でもあったけれど、と閑話休題。
まあ、側にいられると面倒ではあるものの、誰かを雇うこと自体に問題はない。ただ、気になることがあったので確認した。
「兄上にも側用人ってのはいないのでは?」
「いるよーーーー!」
バーーーーン! そんな音が響き渡った訳ではないが、そういう感じで兄が乱入してきた。小柄な栗毛の美少年を連れて。
兄は乱入のタイミングを見計らっていたのだろう。その為か、ベストなタイミングでの乱入を果たした兄はドヤ顔だった。めっちゃドヤ顔だった。
その兄の後ろで、栗毛の美少年はモジモジしていた。その振る舞いは何と言うか、子犬っぽかった。つか、犬だな。子犬だ。ワォーーーーン!
「さあ、アノス。自己紹介だ」
「は、初めましてインドール様。ぼ、僕はクリスター様の側用人となりました、アノス・M・ランプと申します。よ、よろしくお願いしましゅ!」
あ、噛んだ。最後の直前まではどうにか踏ん張っていたが、最後の最後でめっちゃ噛んだ。
兄に促されて俺にペコリと挨拶した栗毛の美少年。俺だけに挨拶をしたところを見ると、皆知っていたようだ。知らなかったのは俺だけだったようだ。仲間外れでしたねぇええええっ! FでUでCで、ついでにKですねぇっ!
などとちょっと言いたくはあるが、この美少年にそれは関係ないだろう。だから、俺はにこやかに挨拶を返す。
「うん、よろしくね。ワン太郎」
「え?」
「って、ちょっと待ったインドォ。一文字も合ってない変な仇名をつけるんじゃない!」
兄はまた乱入してきた。え、犬でしょう? ワンコじゃないの?
俺は首を傾げながら、ワン太郎に手を差し出した。そして、言った。
「お手」
「は、はい」
ワン太郎は戸惑いながらも、俺の掌にそっと自分の手をのせた。
うん、やっぱ犬じゃん。良いワンコですねぇ。モフモフですねぇええええっ!
俺は残った手で、ワン太郎を撫で回した。良い子良い子と。
「って、インド! 人の従者を変に撫で回すんじゃない! アノスも律儀に手をのせんでよろしい!」
兄はそう言って、俺とワン太郎を引き離した。ええ、良い犬にはきちんと褒めるのが大切よ? 前世も含め、一度も犬を飼ったことないけど。
ああ、残念。そう思った俺を、母がさらに引き離した。パトラーーッシュ!
「まあ、それは置いておいて、実は今日客人も来ておるのだ。それはな…」
「お姉ちゃんです。ジルお姉ちゃんですよーーーーっ!」
バーーーーン! そんな音が響き渡った訳ではないが、そういう感じでジル嬢もまた乱入してきた。少し背の高い、青毛の凛とした雰囲気の美少女を連れて。
兄はそんなジル嬢をちょっと注意した。
「ジル、出て来るのちょっと早い。まだ父上が話し中だったんだよ」
「だって、お義父様のお話長いんですもの。待っていたら日が暮れてしまうわ。この姉に、可愛い弟と会うのをそんなに我慢させるなんて、酷いんじゃありません?」
ジル嬢は頬を膨らませた。草、よく分からんけど草である。大草原、サバンナである。
兄はジル嬢をなだめていたので、俺がぼそりと呟いてやった。
「まあ、確かに。父上の話は無駄に長い」
朝礼の時の校長先生のように。校長先生、分かってます? 一生懸命考えたであろうその話、生徒は誰も覚えていないですよ?
父の話も以下同文。
「まあ、長いわね」
母も同調し、兄も仕方なしといった感じで頷いた。父の話は長い。
父は頭をかき、ちょっと唸ってから言った。
「ああああ、気を付けるようにする。だが、今はそれより後ろの彼女をインドールへ紹介してやってくれ、ジル君」
「はぁい。じゃあ、メルチ。自己紹介をよろしく」
「はい。私はメルチ・D・スルフィドと申します。こちらのジルの従姉となります。どうぞよろしくお願い申し上げます」
メルチ嬢はそう自己紹介し、綺麗なカーテシーを見せた。これぞカーテシーの見本だと言えるような程に綺麗なものを見せた。すごいわー。
って、従姉?
「そうなのよ~。私としては、第2第3の妹となりうる人についてもらいたかったんだけど、お父様がどうしてもメルチじゃないとダメだって言ったのよ? 横暴だよね?」
「はい、ジル様。その言動は貴族令嬢としてNGです」
「ぴゃっ!」
くだけて文句言ったジル嬢の曲がった背を、メルチ嬢がぴしゃりと正した。実に迷いのない、素早い一手であった。この令嬢にこの側用人、ジル嬢の父親であるスルフィド家当主は慧眼であると言わざるを得なかった。
と言うか、第2第3の妹となりうる人なんて言うからには第1の妹が確実にいるという自称なのだが、それが誰なのかはスルーしておいた方が良さそうだ。俺の心の安全の為に。
「と言う訳だ。もう、皆が自分の側用人を持っている。インドール、お前も自分の側用人を見付けておくように」
え、ジル嬢は父親に付けられただけじゃん? これって、子供である自分自身で探し、見付け、育成していかないといけない流れなん?
とは言え、合わない人間を押し付けられるよりはマシか。父からの派遣では俺の一存でクビにも出来ないし。
とりま、下水道敷設や冒険者から良さそうな人材がいないかのんびり見ていくとしますかね。……特にいついつまでという〆切りも言われていないし。敢えて訊かないでもいるのだが。
「分かりました。誰か良さそうなのがいないか見てみますね。では」
「うむ」
俺はそう言って退席し、部屋から出た。部屋から出て自室に向かったのだが……
そんな俺が自室でも別に急ぎの用はなく、退席も退室もする必要性がなかったと気が付くのはそれから3分後のことだった。だが、気付いた時にはもう、戻れる空気ではなかった。
逆を言えば、戻る必要性がなかったとも言えた。
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