02.15 :ボーイ・ミーツ・ガールな翌朝

「朝だ!」


 ウンゴーレムのLv.が上がった翌日の朝、俺はバチコーンッと目が覚めた。ちょっとだけ時間が遅い気がしなくもないが、気にしてはいけない。おはよう! グッド・モーニング! ニーツァオ! ブエノス・ディアースッ!

 さあ、盛り上がってまいりました! 俺はおもむろに、むにゅ〜んとグアノを召喚した。日本人の朝ならば、エブリバディ決まっている。


「今日も元気にぃ、モーモー体操第一ィ! モーモーモモッモッモ……!」


 ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!

 俺はグアノに俺の動きをミラーリングさせながら、モーモー体操第一を行った。FUFU〜♪

 俺はグアノと共にモーモー体操第一をハイテンション・バージョンで完遂し、最後のトドメでマツ●ンサンバのオレのポーズもキメてみせた。最高の朝だ。ハイエスト・モーニングだ。

 そんな俺を、ネコミミ・ボーイことルアが見ていた。


「おはようございます、インドール様。…………何をされていたのですか?」

「準備運動。さあ、ルアもご一緒に!」

「いえ、僕は遠慮しておきます」


 俺はモーモー体操第一をもう一度、今度はハイパー・ハイエスト・スペシャル・テンション・バージョンにアップデートした上で付き合ってやろうと思っていたのだが、ルアはすげなく首を横に振った。

 ……やむなしか。残念。


「まだ、そこまでの回復は出来なかったか。残念。早く元気になるんだぞ」

「そういう訳ではありませんが、げんきになれということは畏まりました。と、それよりインドール様。インドール様は今日、起きられたのが遅かったのですぐに朝ご飯を召し上がるようにとダイアリア様が仰っておりました」

「おう、分かった」


 ルアの喋りはちと大仰で硬いな。カチコチのカッチン鋼だ。もっと砕けてもいいと思うのだが、そこは時間が必要か。

 俺はルアの案内でリビング的な部屋へ行き、朝食を取ることになったのだが。


「ああ、ルア。立ってなくていい。そこら辺テキトーに座っていいぞ」


 ルアは俺が朝食を取っている間、俺の側でずっと立って控えようとした。実に鬱陶しく面倒臭い。その上で立っている意味が感じられない。

 そう考え、ルアに座るよう命じた俺だったが。


「畏まりました」


 ルアは一度会釈をしてから座った。……床に、正座で。

 って、感じ悪っ! これなら立ちっぱなしの方がマシってくらいに感じ悪っ!

 俺は明確に命じた。


「椅子に、座るんだ。椅子にな」

「え? でも、僕のような者が椅子に腰掛けるなんて無礼なことは……」

「この部屋にあるのはただの椅子だ。そんなんで無礼になる訳がない。寧ろ逆に、突っ立っていられたり、床に座られる方が俺には鬱陶しくて嫌だ。もう一度言う。椅子に、座れ」

「畏まりました」


 ルアはしぶしぶな感じで近くにある椅子へ腰掛けた。そして、俺の方へ視線を向けた。次の命令を待つ忠犬のように。……猫だが。

 その様はまだまだ硬い。まだまだカッチン鋼だ。いずれ砕けて挽き割り納豆のようになってもらいたくはあるが、それを今望むのは酷だろう。しゃーない。

 俺はそんなことを思いながら朝食を取っていった。もぐもぐばくばく。ガリガリゴツゴツ、ドドドドガガガガ、ブシャーブシャー……なんて音は立ててないので。

 音の無い朝食が続いた。俺もルアもこれと言った会話はない。そんな時間が続いていた時だった。


「おや、インド。今頃朝食かい? 遅いじゃないか」

「ああ、兄上。みたいですね」


 兄が側用人を連れて近くを通りかかり、俺に声を掛けた。

 現代日本のように時計があちこちに溢れている訳ではないので正確な時間は知らないが、いつもより遅めという自覚はあった。今は昼寄りの朝って感じ? どーでもいいけど。


「あの、インドール様。おはようございます」

「ああ、アノス。おはよう」


 兄の側用人アノスが挨拶をしてきたので、俺もまた挨拶を返した。アノスは兄と程良い距離で、かつ硬くならない感じで、その上で失礼にならない振る舞いをしていた。

 アノスは兄の側用人として完成していた。ただ、その完成はチートである。なぜなら、アノスはタンニンとリプリの息子であり、生まれた時から知った仲だからだ。

 その反則兄が言った。


「インドはまだ、ルアちゃんと距離があるかな? もっと仲良くしないとダメだよ?」

「まあ、昨日出会ったばかりですからね。こんなもんですよ。10年以上付き合いのある誰かさんと一緒にされたくはないですねぇ」

「ふふふ、誰のことだろうねぇ。まあ、インドも頑張るんだよ。じゃあねぇ」


 兄は笑いながらそう言って、アノスを連れて出て行った。よし、兄よ。今、俺が兄に呪いをかけた。腹がピーピーに下る呪いだ。漏らせ。漏らしちまえ!

 ……嘘だけど。そんな呪いの力なんて俺にはないけれど。

 と、そんなどーでもいい想像をした俺にルアが質問してきた。


「で、インドール様。インドール様は今日、何をされるご予定ですか?」

「予定? 予定ねぇ」


 予定は未定、そう言いたいところだったが……

 俺はイメージして答えた。


「ユリン嬢がシアと来るからその対応と、その後は冒険者活動を……きょうもすると母上に怒られそうなので、此処で鍛錬か勉強会といったところかな?」

「ユリン様と今日会われる約束をされていたのですか? そういったやり取り、昨日はなかったように見えましたが?」

「してないが、来るだろ?」


 俺は断言した。まあ、99%来るだろうという俺予測だ。残り1%は彼女にどーーーーしても外せない用事が出来てしまったとか、そんな時のみだな。

 俺がそう予測した理由はとてもシンプル。俺達3人は昨日、このネコミミ・ボーイズを保護した。その世話を俺が買って出たとは言え、その様子を見に来ない訳がない。ユリン嬢はそこまで薄情ではない。必ず見舞いに来るという訳だ。


「では、今日の僕の仕事は……?」

「ルアの仕事は休むことだ。今日に限らずしばらくはな。アークと共に元気いっぱいになることが最優先事項だ」

「え、でもアークはともかく僕は元気いっぱいです。動けます。働けます」


 そう言うルアの顔は悲壮感に満ちていた。それはまるで、仕事を下さい……仕事をしないと死んでしまうのです、とでも言いたそうでもあった。

 うん、それはダメだ。全然ダメだ。


「元気いっぱいというのは、単純に動けるってだけのことじゃない。心身共に疲労なく、あらゆること全力を注げますって状態ってことだ。今のルアはそれじゃない。なので、今のルアに必要なのは休息だよ。アークの様子を見つつ、今は休め」


 俺はルアに対してそう言った。

 それは俺からしたら、ごく当たり前なことを言っただけだったのだが……


「!!」


 ルアは目を大きく見開き、だばだばと滝のような涙を流した。今度は俺が驚く番だった。

 ホワイ、ネコミミ・ボーイ?


「何故に泣く? 今のやり取りで悲しむ要素が何かあったか?」

「いいえ嬉しくて。今までこんな優しい扱いを受けたことがありませんでしたから」

「マ!?」


 ルアがそれから話した過去は凄惨なものだった。3年前までは獣人族を中心とした小さな村に父母と共に幸せな暮らしをしていたのだが、モンスターが突然溢れるというモンスター・パレードに遭って村が壊滅、その際に父母とよく面倒を見てくれた教会の神父が死去。引き取ってくれるような親戚はなく、勇気を出して2人で王都へ来たものの、街では仕事を得ることも出来ず、孤児院へ入ることも王都の教会が拒否。スラムへ流れるも、そこでの食料の奪い合いに小さな子供2人ではどうにもならず、王都の外の草原に居を構えるしかなくなったとのことだ。そうして、今日に至ったそうだ。

 俺は一応ルアに訊いた。


「ルアとアークは双子だったよな? 今、年はいくつだ?」

「ああ、はい。僕もアークも10歳になります」

「……そうか」


 見た目からして今の俺の肉体年齢とほぼ差はないだろうと思ってはいたが、ある程度予想通りだった。……年上とは思ってなかったが。

 それでも2人が王都に来た頃はまだ年齢1桁の小さな子供だ。そんな子供を守ろうとないどころか、死の間際にまで追い詰めた。控えめに言ってもクソである。

 怒りしかなかった。いわゆるアンガー・オンリーである。


「よし、死なすか」

「って、何でそうなるんですか!?」


 すっとおもむろに立ち上がった俺を、ルアが慌てた様子で止めた。どうどうどうどう、暴れ馬を宥めるように。ヒヒーン?

 俺はそんなルアに疑問を抱き、首を傾げた。俺がルアだったら、そりゃあ怒るだろう。恨むだろう。ブチ殺し、汚物で固めた墓に放り込み、墓碑銘には『世紀のクズ野郎、此処に眠る。せめて死体だけでも土に還り世の役に立て』とでも殴り書きするだろう。

 そのような怒りはないと?


「スラムのクソ野郎共と教会の腐れ野郎共をちょっとプチッとするだけだぞ? 何か問題あるか? ないよなぁ!」

「問題しかないです。はい、お座り下さい」


 ちょっと煽った俺をスルーして、ルアは俺を強制的に椅子へ座らせた。なお、東●ベっぽい煽りをしたのも華麗にスルーされてしまった。まあ、現代日本で過ごした前世の記憶でもない限り、そうなるのはやむなしか。

 前前前世でも良かったんだが。てへぺろ。それはそうと、俺を座らせる力はそこそこあったのは良かったです。

 と、そんなことを考えたところで、部屋に母が入ってきた。


「あら、騒がしいわね。何の騒ぎ?」

「ダ、ダイアリア様も止めて下さい! インドール様が他所に攻撃をしようとしているので!」

「ああ、母上。大したことじゃないですよ。舐めたマネをした不届き者共をちょこっとプチッてするだけです。ぽいぽいぽいぽぽいぽいぽぴーです」


 慌てるネコミミ・ボーイと落ち着いた俺。あや▲んJAPANのノリを胸に秘め、レッツ・オオソウジ!

 母は俺とルアを交互に見て、軽く溜め息をついてから俺の肩に手を載せ、言った。


「インちゃん、落ち着いて冷静になるのよ? 貴方ならば出来るでしょう?」

「おや、母上。俺のことが信じられませんかね?」

「貴方の母親を10年弱やってきた私には分かります。今のような貴方を、何一つ信用すべきではないと」

「!」


 マジか! 信じてもらえんか! まあ、やむなし。殺る気満々だったしねぇ。

 母はそんな俺の顔を覗き込みながら言った。


「ルアちゃんやアークちゃんに酷いことをした連中が許せないのでしょう? それはこの母も同じです。でも、プチッと殺すなんて安易な手段を取ってはダメ」

「このバウルムーブメント家の迷惑、咎になってしまうからですかね?」


 スラムのろくでなし共を何人か殺めたくらいでは悪評にはなっても、罪には問われないだろう。ただ、教会の連中では厳しいか。

 その理由しか俺は思い付かなかったが、母はそれもあるけど…と言った。


「そう、それもあるけど、ただ殺めただけではその連中、突然の暴力に遭って殺された被害者のような顔をしたまま、まるで善人のように死んでいくでしょう? それはダメよ。しっかりと罪を白日に曝し、己の人生を心底悔いるくらいの生き地獄に堕としてあげないと」

「こっそり社会的な死を、ですか。了解です。ラジャ、ラジャー」


 お主も悪よのう、クックック。悪代官と越後屋のようにほくそ笑む俺と母を目にしながら、ルアは大きく溜め息をついた。

 といったところで、今回のお話は以上! ……ではなく。


「ああ、そう言えばインちゃん。今日もユリンちゃんとシアちゃんが来てるわよ? ……それを伝えに来たのだったわ、私は」

「やはり来ましたか」

「約束していた、訳ではないようね?」

「ええ。でも、ルアとアークの見舞いに来ない訳がないのです。そのくらい俺のこの慧眼で、くるっとぱるっとお見通しなのですよ」


 俺は目元でピースした。シャッキーン!

 母はそんな俺を見て小さな溜め息をついて「その程度は見れたのね」と呟いたが、近付いてくる足音にその声は掻き消された。ドタドタドタドタ……

 その果てにオープン・ザ・ドア、アーンド……


「インドール様、ユリンです! ユリンが参りましたよ!」


 ドドンと登場した、マイ・リトル・プリンセス・ユリン。俺は歓迎の意味を込め、おもむろに両腕をスッと挙げてポーズを取った。U!

 ユリン嬢も両腕を上に掲げ、両の手のひらを合わせるポーズをした。I!


「ねえ、ルアちゃん。あの2人、何をしているの?」

「インドール様のはユリン様を現すポーズで、ユリン様のはインドール様を現すポーズらしいです。昨日、王都へ戻る時にお二人でそんな話をされていました」

「また下らないこと考えるわね。ま、仲が良いということでいいんでしょうけど」

「そ、そうですね」


 小声で話し、苦笑いを浮かべた母とルア。そんな3人の前に行き、真っ直ぐ姿勢良く立ち、綺麗なカーテシーをしてみせたユリン嬢。

 それから母、ルアの順に挨拶をした。


「こんにちは、ダイアリア様。ご無沙汰しております。インドール様にはいつもお世話になっております」

「こんにちは、ユリンちゃん。この子がいつもご迷惑をかけてしまい、ごめんなさいね」


 迷惑はかけてないよ、あんまり。ホントだよ!?

 そう言いたかった俺の頭を母は無言で掴み、髪をわしゃわしゃとした。ああ、貴方はそう思っているのね、思っているだけなのね、とでも言いたいのだろう。……解せぬ。

 ユリン嬢は続いてルアにも挨拶した。


「アナタ、昨日のルアちゃんね。改めてこんにちは。あたしがインドール様の婚約者であるユリン・T・ゴフジョー、ゴフジョー辺境伯家の娘よ。よろしくね」

「僕はインドール様の側用人となりましたルアと申します。よろしくお願いします」


 ユリン嬢とルアは真っ直ぐ向かい合って挨拶をしたが、握手等はしなかった。男女ということで、距離を測りかねているのだろう。

 そんな2人を、特にユリン嬢を見ながら母は楽しそうに笑った。


「ああ、ユリンちゃんも小さいとは言っても、やはり女の子なのねぇ。うふふふふ」

「ええ、そうですよ? でも、ルアは乱暴者ではなさそうですし、真面目そうでもあるので、上手くやっていけるでしょう。俺の慧眼でくるっとぱるっとお見通しなのです」

「インちゃぁあん?」


 母は俺の頭を掴んだまま、ぬっと俺の顔んだ。その様はまるで、蛇のようだった。……言ったら殺されるだろうけど。

 そのスネーク・マザーは言った。


「母だからこそ、言ってあげるわね。インちゃん、残念ながら貴方の目は慧眼ではなく曇りガラスよ。寧ろ節穴ね」

「え?」


 俺の髪をわしゃわしゃとしながら。……解せぬ。

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