第19話 水雲と茉莉

「それはどんな夢なんだ?」

「儀式ですよ。私が伝声師となる儀式が始まる前に、茉莉が天井から吊るされているんです、必死に私へ助けを求めていました。それで私が助けようとすると、茉莉の体がばらばらに避けてしまうのですよ」

 俊野は想像しただけで、気味が悪くなり、ついその場で嘔吐しそうになったが、一番近くで話を聞いている双竹はなんと、ふううう、と長い息を吐いただけだった。

(まさか、伝声国の奴らは存在するかもわからねえ神を信じるだけじゃなく、人が目の前でばらばらになるのも当たり前なのか......?)

 俊野は二人から自分の姿を見られないように、砂漠にちらほらと転がっている岩の影に隠れた。当然、一番近いところにあるものを選んで。

「なるほど。それは、実際の就任の儀でも茉莉はばらばらになったのか?」

「ええ。伝声師に力を授ける儀式で犠牲になる神女や神人は、儀式の場で四肢をばらばらにすることで、その一つ一つに、神の力が宿り、伝世師の力がより強力なものになる、と言われています。ですから、茉莉もその例にもれず、......儀式を執り行いましたよ」

「......。そうか。その時、茉莉は国師に助けを求めたはしたのか?」

「いえ。茉莉は子供の頃から、弱音を吐くような子じゃなかったこともあり、儀式の場でも何も言いませんでした。何も言わず、ただ私に向かって微笑んでいただけでした」

 水雲が疲れたのか、体を起こす。それに続くかのように、双竹もまた体を起こした。

「そっか。そうなのか。ところで、今思い返してみると、私は茉莉のことをあまり知らないような気がするな。実の妹なのに」

「仕方がないですよ。茉莉は生まれて、すぐに天啓を受けて、幻月観で暮らしていましたから。国主や、当時皇太子だった殿下は幻月観へは来られないわけですし、茉莉のことを、あまり知らないのも当然かと」

「とは言え、やはり妹への関心が薄かったんじゃはないかと、今さらだが多少後悔はしてしまう。確かあの時、茉莉は大して大きい歳でもなかっただろう?」

 首を思いっきりかしげる双竹の隣で、水雲は空虚な笑い声を上げた。

「ええ。確か、茉莉は十二歳だったはずですよ。あの時、私が十三歳だったはずなので」

「......。まだ子供だったのか、二人とも」

「まぁそうですね。とは言え、私は今も成人の儀は迎えてないですけどね」

「え、国師はいくつだ?」

「十五です」

 岩陰で息を飲みながら、目を真ん丸に開く俊野と全く同じ反応を双竹が見せる。

「でも、前国師が亡くなった知らせは、半年前に聞いたような気がするけど......?」

「それは、そういう決まりだからですよ。父が亡くなったのは二年前なのですが、国に混乱を招くのを防ぐために、伝声師が亡くなった知らせは、新たに伝声師の位に就いた者が、一年間、その地位を無事に守れたら、前伝声師の死を国主が公表するのです」

「では、前国師の場合、なぜそれが半年ずれたんだ?」

「簡単ですよ。地海国の兵士が、伝声国との辺境で不穏な動きを見せたからです。でも、その動きは結果的には二日間のみ見られたものだったのですが、国主はこれを非常に危険視しましてね。その際、猜疑心が私の身にも降りかかってきたのです。つまり、その動きがあった後、伝声師の地位にある者が変わった、と宣布するのを半年見送ることになりました。幸いその半年間、特に何も起こらなかったので、半年前にようやく父の逝去が国中に知れ渡ったわけなのですが」

(一年前?)

 突如、俊野の脳裏に気に留めていなかった記憶が蘇る。

 一年前、俊野は、以前は宰相を務めていたと言うだけで、ずいぶんと尊大な態度を取る文婢から下された命令で、鉄署の他の雑婢らと共に、武器庫で二日間だけ作業をしたことがある。

 戦いの際に用いる、ひょう流星錘りゅうせいすい、槍、戦車を作るために。

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