第7話

 水雲は眠るように瞼を閉じる。

「なぜだ?」

 と聞きながら。

 俊野は横たわっていた体を起こし、興奮気味に話し始める。

「俺は、この国を変えたいんだ。今みたいに国主の一声で全ての民が奴婢になったり、命を奪われるような国は存在するべきじゃない。だから、お願いだ。俺と一緒に、この国を滅ぼしてくれないか?」

 水雲は依然として瞼を下ろしたまま無言を貫いている。一方の俊野はてっきりすぐに何かしらの返答が返ってくると思っていたため、なかなか返事をしない彼にしびれを切らし、その場に黙って座り込んだ。

 だが、それからほどなくして水雲が瞼を開ける。

「駄目だ」

 という、返答も付け加えて。

 だがその三文字を聞いた瞬間、俊野はどこかに埋まっていた苛立ちを爆発させるかの如く、水雲の肩に掴みかかった。

「どうしてだよ!?」

「どうしてなのか、お前には本当にわからないのか?お前には、一国を滅ぼすというのがどういうことなのか本当にわかっていないのか?」

「それくらいわかってるよ。国を滅ぼす、というのは民は崇める君主が変わるってことだ」

 自信満々に答える俊野に対し、水雲はただ呆れたように首を横に振る。

「君は、何もわかっていない。いいか。国を滅ぼす、というのは、それに見合う犠牲を出すということだ。それを君はわかっているのか?」

「わかってるよ。でもよ、伝声師さま。大事を成すには、何事も犠牲は付き物だろう?」

「ああ。だが、それがいかほどの犠牲なのか、君は真に理解しているのか?私からすると、君は何も理解していないように見える」

 水雲は立ち上がり、崖の縁まで漫然と歩いたかと思うと、今度は崖下をしきりに覗き込んでいる。

「お前、その言葉は一体どういう意味だよ。俺がただの雑婢だからって見下してんのかよ。いいか、俺はお前らみたいにお高く留まってる奴らに馬鹿にされるのは構わねえ。でも、俺だって書物を集めて読んだりしてるんだ。別に、何も知らないわけじゃねえ。過去に滅んだ国が如何にして滅んだかくらいは知ってる」

「ほう」

 水雲はまるで関心がなさそうな感嘆の声を上げる。今度は崖の向こう側に広がる、地海国の荒涼とした大地を眺めながら言った。

「そうか。確かに、それなら奴婢としてはかなり物知りな方だ。だが、それは真に知っているとは言えない。真に知る、というのは、実際にその目で見ないとわからないことだからな」

「ふん。じゃあ、それでいいよ。どうせ俺は物を大して知らない奴婢だよ。でも、お前、見るからに俺よりも歳がしただろう?それなら、お前も滅国の犠牲がいかほどなのかを真に知っているわけじゃないんじゃないか?」

 突然、猛々しい風が崖を訪れる。俊野でさえもあまりに唐突すぎたせいで立っているのもやっとなくらいだったのに、水雲はまるで何も起きていないかの如く優雅に歩いていた。彼は俊野の眼前にまで来て、歩を止めて、恨みがましく言った。

「いや。私は知っているとも。知らなければ、伝声師になどなれているはずがない」

 と。

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