第6話 少年伝声師
「おい、待てよ。俺の質問に答えろよ」
暗闇の中まるで昼間であるかにように歩き去っていく水雲の後ろ姿を、いつの間にか動くことを許された俊野は目を凝らしながら追いかけていく。
しかし、水雲はそんな彼を弄ぶかのように歩を止めてはくれない。
「おい、待てよ。お前は伝声師なのかよ?」
もともと気が長い方ではない俊野は、さすがに我慢の限界に到達してしまい、無意識のうちに右手を伸ばし、水雲の左腕を掴んだ。
「離してくれないか」
「じゃあ、答えてくれよ」
水雲は面倒だとでも言いたげな様子で俊野の腕を振り解く。俊野が追いかける間もなく、彼は黒夜の中に姿を消してしまった。
朝日が昇ると同時に、他の奴婢たちと共に俊野は山を登る。だが、視界に雁などやはりただの一羽すらもいない。
俊野はやはり探す気が微塵も起きず、昨日と同様崖まで登った。
「お前は、ここで一日を潰す気か?」
昨夜の少年が崖下を臨みながら一人立っている。
彼のその姿は、俊野が思っているよりも幼く、せいぜい十四、五歳程度にしか見えない。しかしその割に、彼にはその年齢には全くと言っていいほど相応しくないほどの暗く沈んだ影を持ち合わせていた。
「それが、お前と何か関係があるのか?」
「いや、別に。ただ聞いてみただけだ」
水雲は喋りこそするものの、俊野を一瞥しようとすらしない。
「なあ、お前はどうしてこんなところにいるんだよ?伝声師なんだろ?」
俊野が寝転がりながら言ったとき、ようやく水雲が彼の方を向いた。彼は初めて水雲の顔立ちを目にしたが、それは寝不足で大あくびをしていても目を見張るほど整った容貌の持ち主だった。
「私が伝声師であることと、ここにいることは特段何の関係もないだろう?」
「まあ、ないけどさ。でも、伝声国のお偉い方がこんなところで何をしているんだ?」
俊野は腰を左手で押さえながら聞いた。
(痛ってえ)
寝転がった場所が悪かったらしく、彼の背中に大小異なる石や岩の破片が突き刺さってしまう。
俊野は顔を顰めるだけだったが、何かを察したらしい水雲はただ瞬きをする。それだけで、俊野の背中じゅうを走っていた鋭い痛みは一瞬にしてなくなった。
俊野が驚愕に満ちた視線で水雲を凝視する。しかし、水雲はそれを全く気にすることなく淡々とした様子で口を開いた。
「私がお前よりも階級が上だとわかっているのなら、どうしてお前は私にそれほど根掘り葉掘り聞き出そうとするんだ?私がここにいるのは、当然私の目的があってのことだ。それは我が伝声国には関係があるが、地海国の奴婢でしかないお前には何の関係もないだろう?」
「ああ、ない。それは確かに俺が悪い。すまない。でも、俺はただお前に聞きたかっただけなんだ。例に噂は本当なのか」
「例の噂?」
「ああ。伝声師が現れた国は滅びる運命にある、っていう噂だ」
俊野の疑問に首を傾げながら、水雲は眉根を顰めていく。
(もしかすると、あの噂を本人は全く知らないんだろうな。噂があるのも、地海国の中だけなのかもしれない。もしそうなら、日頃は伝声国にいるはずの伝声師にはわかるはずがないか)
と、俊野が思っていたところで、体に塵一つない水雲が彼の体に寝転がる。
「その噂については聞いたことはないが、あながち間違ってはいないと思う。なぜなら、我々伝声師が他国へ赴く時は、ほぼ必ずその国を滅ぼしてから伝声国へ帰還しているからな」
「滅ぼすために他国へ行っているのか?」
「多くの場合は。もちろん、例外もある」
沈んだ声で話す水雲に俊野は体を向ける。
「じゃあ、地海国へは?」
当然、水雲はその答えを言わない。静寂と、山のどこかから山びこのように聞こえてくる雁の鳴き声だけがその場を包んでいく。そんな中で、俊野の目は奇怪なほどに輝きを増していた。
「あのさ。一つ頼みがあるんだけどよ、地海国を滅ぼしてくれないか?」
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