第4話

 半刻ほどで俊野は山頂に到着した。まあ、捕まえたくもない雁を捕まえることなく、山頂の崖で座り込んでいただけではあったが。

 それからさらに一刻経ったころ、宮殿の門を豪華な服を身に纏った一行が通っていく。

(どこの使節団だ......?)

 彼らのほとんどは軍人のようだ。数はざっと二十名、大して多いわけでもない。その軍勢を率いるのは、上等な駿馬しゅんめに乗った二人の男らしい。一人はすでに成年しているような風格があるが、もう一人は明らかに子供と言って差し支えないくらいに体が未熟だった。

(あれは一体何が目的なんだ......?)

 俊野が使節団と思しき一行をより注意深く観察しようとしたところで、遠くから文婢の号令がかかった。

「おい、集まれ!今日はここまでだ!」


 山のふもとにある平地で俊野はどっかりと寝転がっていた。特にすることもなく、下山している最中に採った紅い果実を頬張りながら、燦然と輝く星空をただぼんやりと眺める。

 ちょうど彼の近くで休んでいた他の奴隷たちは、同じ部署から送り出された者同士がいたらしく、今朝までよく見かけたような噂話に勤しんでいた。

「なあ、知ってるか?今日、伝声国の使節団が宮殿に到着したらしいぜ」

「伝声国?ああ、皇太子がその国の皇女と婚約したからか?」

「多分な。だけど、その割には朝貢品が少なかったような気もするけど」

 俊野は食べ終わった果実の芯をぽいっと辺りに投げ捨てる。ゆったりと目を閉じて、耳だけは会話をしている奴婢たちのところへ研ぎ澄ませた。

「ふうん。おい、待てよ」

「ん?なんだよ」

 眠たそうに聞いた奴婢が、しゃりっと果実を齧る。その後について、もう一人の奴婢もまた果実に齧り付いた。

「伝声国から使節が来たってことは、まさか伝声師も一緒に来たのか?」

「さあな。俺は奴らが来るところを直接見たわけじゃない。だけど、もし馬が二頭いたら伝声師も来たっていうことになるな」

 俊野はおもむろに瞼を開け、山頂で見たあの光景を思い出していた。

「そうか。ところで、お前はどうして今日伝声国から使節団が来たことを知っているんだ?見てもいないっていうのに」

「そりゃ、聞いたからに決まってるだろ。文婢らがうるさく噂してたぜ。雁を探してるときに聞こえなかったのか?」

「聞こえねえよ。誰があんな奴らの近くにいたがるか。結局は奴婢なのに、ちっとばかし物を知ってるからっていうだけであんなに威張り散らしてよ。見ているだけで苛つかねえか?」

「ははは。あんまり言うなよ。それを文婢に聞かれでもしたら、それこそ面倒だ」

 もう一人の雑婢不服そうな声を上げたが、それきり何も言わなかった。それからすぐに、二人の気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。

 かたや眠気がすっかり覚めてしまった俊野は静かに立ち上がり、ただの黒い影にしか見えない山を見上げていた。

(せっかく伝声師が来たのなら、会って一言くらい話してみたかったな)

 不意に身分の低さを壁に感じ、一人自分を嘲笑する。

 その時、彼の背後から重く沈んではいるが、その割に強い芯のある低い声が聞こえてきた。

「その山は何か面白いところでもあるのか?」

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