第3話

「伝声師?存在自体は聞いたことあるけど、その実が何なのかは知らねえな。伝声国に関係があるのか?」

 伝声国、という国存在自体を俊野は書物で知った。伝声国は地海国の北方に属する国で、伝声師と呼ばれる国師が民の声を操って統治の一助としている。だが、この伝声師というのは国主のめいで他国へ赴くこともあるらしく、伝声師が現れた国は民の声を伝声国にとっていいように操られて滅びてしまう、とも言われている。

「そうだ。最近伝声師が伝声国を出たらしいんだ。また、どこかの国が滅びるかもな」

「え、そうなのか?恐ろしいな」

「ああ。だがどうせ国を滅ぼすのなら、ぜひ地海国に来てほしいよな」

 その一言が聞こえてきた瞬間、俊野は後方を振り返った。一瞬だけ、そこにいる雑婢と目があったような気もしたが、どうやらそれは彼の勘違いだったらしい。相手は表情を僅かにでも変えることはなかったから。

 彼は再び前を向きながら、ふっと口角を上げた。誰にも怪しまれないくらいに。

「そうだよな。こんな国、誰も他人のことを人だと思えていねえもんな。同じ奴婢でも、何に属するのかさえ違ってしまえば、奴婢の奴隷になってしまう」

「そうだ。俺たち雑婢は地海国主一族の奴隷になってしまっていることは認める。だが、雑婢以外の奴婢の奴隷じゃねえ。俺たちも奴らと同じ人間なんだ。武婢みたいな奴らと、情の欠片もない国主一族から逃げるためにも、もし伝声師が現れたら、操られることなく奴に協力してやるよ」

「ははは。俺もだよ」


 その日の夕方、俊野たちは突然暇を出された。

 それを伝えるためにわざわざ出向いた文婢ぶんひによると、

「本日、皇太子殿下が伝声国の皇女と婚約された」

 らしい。そのため俊野たち鉄署で働く者らもまた、皆顔も知らない皇太子の婚礼に必要なものを用意しなければならなくなった。

 皇太子成婚の儀のために必要となるのが、結納の証となる雁一羽、婚礼衣装、調度品の製作だ。このうち俊野が配属されたのは、雁を捕まえる部隊だった。もっとも、調度品の製作は、元ある調度品に龍や鳳凰などの彫刻を施すのが主だから、そこへ新たに誰かが徴収されることは滅多にないが。

 地海国皇族の皇子は婚礼を挙げる三月みつき前に、婚約した他国の皇女へ地海国一番の雁を金銀宝物と共に婚約の証として送り届けるのが慣例となっている。

 このために、若くて体力のある男が雁狩りに駆り出されるのだが、捕まえられた複数の雁のうち選ばれるのは当然皇子がもっとも気に入った一羽のみだ。それだけならまだいいのだが、捕まえた雁が万一婚礼を挙げる皇子の気に召すものが一羽もなかった場合は、雁捕獲担当者全員が即刻斬首される。

 そんな面倒な場所に送り込まれた俊野は、宮殿から二刻歩いたところにあり、雁が多くいるといわれている山で、ただただ山頂を目指して歩いていた。

(何の慈悲もない皇太子なんかのために誰が雁なんて捕まえてやるかよ)

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