第15話

「俺、生まれた時から両親がいないんだよ」

 俊野は、物心ついたときには身に付けていた、翡翠の玉が紐に通されただけの腕飾りをじっと見つめながら語り始めた。


 俺は牢屋で生まれたらしいんだ。母親は俺を産んでからすぐに死んで、父親は先に罪を犯して処刑された。聞いたところによると、実の両親は大罪を犯して牢屋に入れられたんだ、確かそれも謀反だったかな。でも、詳しい事は聞いていない。

 牢屋から近くの道端に捨てられた俺を、秋風しゅうふうと言う名の旦那と秋月しゅうげつ夫人が拾って育ててくれた。一応言っておくと、二人とも商人だった。あ、商婢しょうひか。彼らは俺を養子にして、いろいろ教えてくれたんだ。文字の読み書きとか、計算の仕方とか、地海国における道理を教えてくれたんだ。ん? 地海国の道理が何かって? そんなの決まってるだろ、弱肉強食だよ。まあとにかくだ。俺は秋風旦那と秋月夫人の元で何の不自由もなく育ったんだ、十歳まではな。

 十歳の頃、秋風の旦那と秋月夫人の店が突然壊されて、二人が連行されたんだ。商婢が格下の雑婢を養育した罪でな。俺は、店が壊され始めた直後に、二人に隠してもらったおかげで、何とか命拾いしたんだ。あ? 俺がどこに隠れてたのかって? 床下にあった、酒を一時的に保管していたところだったよ。まぁ棚みたいなもんだ。今だったら絶対に入るわけがねえんだけどよ、あの頃は体がちっちゃかったから、すんなりと入ったんだよな。んで、まあ二人が連行された後、俺は一人店の中で呆けてたよ。ついさっきまでは何の問題もなく開いていて、客に品を渡していた店で、床に落ちた饅頭を食べてた。全然甘くなかった。一応売り物だったのにな。

 食べ終わってから、床に散らばった売り物の食べ物、つまりは饅頭だ。それと店の奥にあった白飯を風呂敷に詰めるだけ包んで、俺はあの店を出たよ。あのままあの場所にいても虚しいし、どうせ死ぬだけなんだからな。

 で、俺は店を出た後、何のあてもなく歩いてた。本当は宮殿に乗り込んでやりたかったんだけど、そんな力もないし、それに何より方向もわからなかったからな。でさ......ん? なんで宮殿に乗り込みたかったか? 決まってんだろ、宮殿で贅沢三昧の国主一族を殺してやりたかったからだよ。だってあの時の、まあ今のでもあるけど国主が突然国主一族以外は皆、一律に奴婢にするって決めたんだぞ? 頭おかしいだろ。そのせいで、もともと官僚だったやつは文婢に、武官だった奴らは武婢に、宦官や宮女と呼ばれていた奴らは皆官婢に、商人だった奴らは商婢に、農民だった奴らは、農婢に、もともと雑用係だった奴らは皆雑婢と呼ばれるようになった。そんなめちゃくちゃな決まりを作って、人を人としない扱いをする。それが俺は嫌で、国主一族を殺してやりたいんだよ。あの時もそうだったし、今もそれは変わらねぇ。


「それが、お前が地海国を滅ぼしたい理由なのか?」

 俊野がようやく腕飾りから目をそらしたときに、水雲は静かに尋ねた。

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