第14話

 俊野が再び目を覚ました時、漆黒の空には紅の幕が張ったような満月が浮かんでいた。彼の傍には依然として水雲が寝転がったまま月を鑑賞している。そして、昼間にはいなかった双竹が水雲の隣で彼と同じように月を眺めていた。

「月は面白いか?」

 寝ぼけたような声で、あくびもしながら俊野は言った。

「ん? ああ、起きたのか」

 水雲は顔を動かさずに、何の感情も入っていない声で言う。けれど、それ以上の事は何も言おうとしなかった。

「ふん。やっぱり、お偉いさんは、格下の奴の言うことなんかには返事をしねえんだな」

「君は細かいな。月を見ているだけなんだ。面白いと思う者がいると思うのか?」

 双竹が優雅に大笑いする中、水雲は呆れたように答える。ちょうどその時、紅い月に蜘蛛の巣のような雲が多いかぶさった。

「まぁ、いねえだろうな。ところで、どうして伝声国の皇子までこんなところに来てるんだ?」

「婚礼の儀が終わったから、国師と少し話をしようと思っただけさ。そしたら、国師からは砂漠の真ん中にいると言う返事があったから、ここへ来たと言うわけなんだ。もし君が私を嫌うのなら、今すぐ立ち去るよ」

「いや、いいですよ。どうせ俺みたいな奴婢には、一国の皇子を追い返す権利などねえからな」

 細やかな砂が風に舞う音が聞こえるほかは何の音もない砂漠に、双竹の爽快な笑い声が響いた。

「君は面白いね。地海国を滅ぼしたいと願いながら、奴婢に甘んじるなんて」

「でも、お前らは地海国を滅ぼすことに賛成はしないんだろう?」

「誰がそんなことを言ったんだ?」

 双竹の声が一瞬にして硬くなる。その瞬間、俊野ははっと起き上がって、おぼろげな月光のもとに照らされる双竹と水雲の顔を見開いた目で交互に見る。

「まさか、お前たちは地海国を滅ぼすつもりなのか?」

 水雲もまた起き上がり、俊野には一瞥すらせずに答えた。

「そうだ。我々は最初からそのつもりできた」

「じゃあ、どうして最初に頼んだとき、お前は拒絶したんだよ」

「じゃあ、お前なら初対面の、詳しい素性もわからない奴を信用して、そいつと協力して一国を滅ぼすような真似をするか?」

 俊野はすぐにうつむいて黙り込んだ。

「でも、今はお前がただの、何の力も持たない奴婢だと言うことがわかっているし、地海国国主一族に対して忠誠を誓っているようにも、まるで見えないから、我々伝声国は一旦お前を信用しようと思っている」

「じゃぁ、本当に俺のために地海国を滅ぼしてくれるんだな?」

「違う。我々が地海国を滅ぼすのは、あくまでも伝声国のためだ。」

「それは別に重要じゃねえ。重要なのは、この国を滅ぼしてくれる奴がいるってことだ」

 俊野が勝ち誇ったような笑い声をあげる中、水雲は雲の覆いがなくなった月を見上げながら聞いた。

「ところで、お前はどうして地海国を滅ぼしたいと思うようになったんだ?」

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