第13話

 伝声国皇女と地海国皇太子の婚礼の儀は順調に進んだらしい。予定通り皇女が到着した。一刻の後には、宮中から音楽やら皇太子の婚礼を祝う声やらが外まで聞こえてくる。

 その声を遠くで聞きながら、俊野は地海国に広がる広大な砂漠の中央で寝そべっていた。

「お前はよっぽど暇なんだな」

 と言う声がしたのは、俊野が砂漠に来てから半刻も経たない頃だった。

 俊野は目線の先にいる水雲を一瞥すると、鼻で軽くあしらった。

「じゃあ、お前はどうなんだよ?」

「ふん。ところでお前はこんなところで何をしている?」

「見てわかんねぇか? 寝てるよ」

 水雲はまたふん、と鼻で笑いながら、俊野の隣に腰掛けた。

「ん? これは何だ?」

 と言いながら、水雲がつまみ上げたのは、表紙がなくなっている「書物」だった。

「おい、それは俺の荷物だぞ。返せ」

 俊野が寝転がったまま、必死の抵抗を見せる中、それが全く見えていないかのように、水雲は「書物」を読み始めた。しかし、読み始めてすぐに、ちっ、と笑いながら、それを俊野の手元に投げる。

「おい、勝手に読んだだけじゃなく、それを馬鹿にする奴がいるかよ。最低な奴だ」

「まぁ、そう言うなよ。私はただもう少し質の良い書物を与えようかと思っただけだ」

「誰が信じるか、そんな話」

 投げられたばかりの「書物」を手に取りながら、俊野はそれを読み始める。ちょうどその時、遠くから聞こえてきた婚礼を祝う音が止んだ。

「ところで、俊野。君は、私が何のために地海国へ来たと思う?」

「さぁな。何ならお前が俺に教えてくれてもいいんだぜ」

 水雲口元だけ笑いながら、俊野と同様に砂漠の中に寝転がった。

「それは無理だな。伝声国の機密に関わる。まぁ、我々の目的が達成できるかどうかも、今のところはまだわかってはいないし」

「なんだ? 地海国を滅ぼしに来たけど、確実に滅ぼせるかまでは自信がないってのかよ?」

 俊野が笑いながら言った言葉に、水雲はただ無言でまぶたを閉じただけだった。

 なかなか返事が返ってこなかったせいで、俊野は「書物」を読んでいられず、ふっと隣にいる水雲を見る。目を閉じているその横顔は、誰もが見とれてしまう彫刻のように美しかった。

「おい、まさか。本当にこの国を滅ぼしてくれるのか?」

 俊野は水雲の体を揺らしながら言う。しかし、水雲から帰ってきたのは返事ではなく、ただの寝息だった。

(なんだよ、本当に寝ちまったのかよ)

 笑いながら、首を振り、俊野は再び砂漠に寝転がる。それからすぐに、砂漠に吸い込まれるかのように眠りについた。

 俊野が寝息と大きないびきをかきながら寝ている間に、水雲は静かに瞼を開けた。そして、俊野の横顔を見ながら、振動を帯びたような声で言った。

「そうだ。お前の願いを聞き入れて、私が地海国を滅ぼしてやる」

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