第12話

 三月みつきが経ち、ちょうど酉の刻を迎えたばかりの頃、伝声国からの紅布に包まれた輿が地海国宮殿の門前に到着した。

 この日だけは、特別に文婢と武婢、厨房に勤める雑婢、国主一族の世話をする官婢以外の奴婢は皆一時的に暇を出された。そのせいで、宮殿の門の前には、伝声国皇女の姿を一目見ようとする者たちで溢れていた。もちろん、俊野も例に漏れることなく。

 皇女一行は到着すると、三月みつきの間ずっと地海国に滞在していた双竹と水雲らに迎えられる。輿が彼らの姿を確認した間に、宙に浮いていた輿が地に着く。その少し後に、輿の中から上質な絹であるものの、豪華な刺繍などは、一切施されていない、簡素な紅い婚礼衣装を身にまとった美女が現れた。

「姉上。遠路はるばるお疲れ様です」

 と、細い声で言いながら、双竹は目礼する。それに続けて、水雲もまた厳かに礼をした。

 一方の伝声国皇女は、どこか寂しげな微笑を浮かべたまま目礼を返した。

「ありがとう。お二人もお疲れ様です。地海国に長いこと滞在するのは容易ではなかったでしょう?」

「......ええ、まあ。ですが、あと少しすれば我々は......戻れますので」

「それもそうね。あ、そうだ。国師」

 不意に皇女の体が水雲に向き直る。

「......何でしょうか」

「伝えるのが遅れましたが、このたびはご愁傷様です」

 皇女は言いながら、あろうことか、彼に向かって膝を地に着けた。しかも、誰もが声を上げないうちに、頭まで地面に触れた。すぐに皇女は立ち上がったが、傍観者の奴婢らは皆どよめきのようなざわめきの声を上げる。

 しかし、そんなふうに騒いでいるのは奴婢だけだった。双竹と水雲は、それを当たり前のことのようにすんなりと受け入れている。

「ありがとうございます。殿下、国主からの言伝などはございますか?」

「......たいしたものはありません。ただ、幻月観げんげつかんはそろそろ鳩を利用しなければならないな、とこぼしていらっしゃったくらいです」

「鳩?」

 聞いた本人の水雲はおろか、双竹もまた一瞬にして眉根をひそめた。

 ただの傍観者の一人としてそれをじっと見ていた俊野の場合は、眉根を顰めるどころか糞でも吹っ掛けられたような顔をしていたが。

「ええ。左様です。幻月観から国主への情報が入るのが最近遅いようで。伝書鳩でも利用すれば情報が少しくらいは早く届くようになるんじゃないか、と」

「なるほど。......かしこまりました。幻月観が届ける情報が遅くなってしまったのは私の責任です。国主からのご指摘は、しかと反省しますね」

「ええ。ありがとうございます。ところで、これ以上我々が話してしまうと婚礼に遅れてしまう。そろそろ行っても?」

 水雲と双竹は揃って皇女に道を開けた。双竹は水雲に意味深げな視線を送ってはいたが。

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