第11話 伝声国の皇子

「契約......?」

 俊野眉をひそめ、首をかしげながら怪訝な声で聞き返す。

「そうだ。まあ、あまり詳しくは聞かないでくれ。伝声国のことだからな」

「はぁ。で、あんたは誰なんだ?」

「ん?ああ、私は双竹そうちくだ。伝声国の皇子だ」

 飄々と言う双竹に、ただ聞いているだけだったはずの雑婢たちが、口をあんぐりと開ける。

「すまない。俺......知らなかったんです」

「大丈夫。君は良い雁を捕まえた功労者だからな」

 双竹は見るからに人柄の良さそうな笑顔を浮かべた後、俊野から目をそらし、水雲に向き直る。

「国師、少し話したいことがあるんだが、1度ここを離れることはできるかな?」

「ええ。ここでの用は終わりましたので、今すぐにでも離れられますよ」

「そうか。では、行こう」

 水雲が小さく首を縦に振るいなや、二人は肩を並べて庭園を出て行く。それに続くようにして、俊野も庭園を出た。

 地海国皇太子に会ってから話す気力も失いかけていた俊野たちは、宮殿を出てからまっすぐ厩舎へ向かうとしていた。雁を捕獲する担当の奴婢は選ばれた雁のために、その餌を厩舎の脇にある更地で作らなければならないという決まりがあるためだ。

 しかし、厩舎へ到着するどころか、庭園を出てすぐに、俊野にとっては、非常に聞き覚えのある声に呼び止められた。

「俊野!息災だった?」

「殿下。突然どうなさったのですか」

 俊野の右腕を掴んでから一切離そうとしない静和の手を何とかほどこうと試みるも、彼女の手は面倒な糸のごとく絡まったままだった。

「いや、特に用はないんだけど、たまたま俊野の姿が見えたから来ちゃった」

「でも、私にも勤めはあるのですよ」

「うん、知ってる。でも、少しくらいは時間を空けられるでしょう?」

 静和が突然歩みを止める。子供のように、俊野の手を揺らしながら。

「殿下。あなたにはお分かりにならないかもしれませんが、我々奴婢は休む間もなく、早朝から深夜まで働いているのです。休む間などめったにありません。ですから、私の手を離してくださいませんか」

「......わかった。でも、そのかわり一つだけ約束してほしいの。兄上の婚礼が終わったら、私に会いに来て欲しい。守ってくれる?」

「......わかりました」

「うん。ふふ。やっぱり、私俊野のこと大好き!」

 先ほどまで、一切手を離そうとしなかったのがまるで嘘であるかのように、すんなりと手を離してから静和はどこかへ行ってしまった。

 すると、それを宮門の前で覗き見していた原希が半端に口角を上げて、見るからに怪しい表情をしながら俊野の隣にまで歩いてきた。

「へえ、あれ、地海国の皇女なのか。なかなか整った顔立ちをしてるなぁ」

「はっ。お前は一体何を見てるんだ。行くぞ」

「なぁ、兄弟。その前に教えてくれよ。あの皇女とはどこで知り合ったんだ?」

「黙れ。そんなの、俺だって覚えてねえよ」

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