第22話 地海国の代替わり

 俊野ははっと目を見開いたまま、水雲を見つめ続けた。双竹ならまだしも、まさか水雲からそのような言葉が出てくるなんて。

「え? お前、俺が謀反を起こすことには反対していたんじゃなかったのか?」

「私は、お前が謀反を起こすこと自体には反対していない。むしろ、してくれた方が、伝声国としてはありがたいくらいだ」

「じゃあ、お前はやっぱり、俺が国主一族以外の人を殺すかもしれない、っていうのが心配なだけなんだな」

 いつの間にか強くなった雨が、見世物台を激しく打ち付けていく。しかし、不思議なことに、俊野たちが座っている場所には、屋根があるわけでもないのに、なぜか雨は彼らを打ち付けて来ない。俊野がふっと頭を見上げると、藍色の光が、彼と水雲の頭上を覆っていた。

「お前の術ってすごいんだな。雨除けまで作れるのか」

「これくらいは別に大した事じゃない。でもよく覚えておけ。度が過ぎると、この雨除けを作ってくれる者すらいなくなってしまう、と」

「わかってるよ。殺す必要のない者は、俺は殺さない。だから、安心しろ」

 水雲は、その暗澹とした瞳に隠すつもりもないような懐疑心を浮かべながら俊野を凝視した。少しして、水雲は小さくため息をついて言う。

「いいだろう。ひとまず信じることにする。お前も、今日私に向けて行ったその言葉を忘れるなよ」

「うん」

「それと、いつ決行するか決まったら教えてくれ。地海国全体に術をかけるから、事前に準備をしたい」

「わかった」

 だが、誰もが想像していなかったことに、三日後、地海国国主が病に倒れた。危篤状態が丑の刻から二刻の間続いたが、結局地海国国主はそれに耐えられず、明け方に息を引き取った。

 地海国国主が崩御した後、宮殿及び各部署は白綾しらあやを扁額に掲げて弔意を示した。しかし、宮殿から離れ文婢らの目も届かない辺鄙な土地にある民家では、白綾を掲げるところなど、ただの一軒もなかった。

 地海国の調査のため宮殿を出ていた水雲は郊外から再び、滞在場所として与えられた地海国宮殿の一室に戻り、その事実を双竹に報告した。

「亡き地海国国主はずいぶんと恨まれていたんだな。国師、郊外には爆竹をあげる者はいなかったか?」

「それはさすがにいないですよ。そんなことをしてしまったら、さすがに宮中にまでその知らせが届いてしまいますから。そんな命取りな真似は、彼らもしようとしないでしょう」

「まあ、それもそうか。ところで、三日後に皇太子が即位するらしい。例の事はその時に起こすのか?」

 水雲は静かに首を横に振った。

「皇太子が即位するときは、地海国にとっては大事ですよ。そんな日には、皇太子の警備が厳重になっているはずです。ですから、我々が事を起こすのであれば、その日はふさわしくない。むしろ、皇太子が即位してから、国主であることに慣れて、遊び始める時が最もふさわしいかと」

「なるほど。だが、国主の幻術と操声術をもってすれば、どれほどの兵がいようと大して違いは無いのでは?」

「確かに、兵と皇太子だけであれば、どれだけいようと問題ではありません。しかし、即位式の日に即位するのは、皇太子だけではありません。「皇女」も共に即位するのですよ。私の幻術と操声術は人を選びません。もしその日に術をかけてしまったら、「皇女」にもその術がかかってしまうかも」

「なるほど。それはまずい。何があっても、「皇女」だけは伝声国に戻ってもらわないと。何しろ、あの者は前国師の生贄になり損なった神女だからな」

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