第21話 見世物広場にて

 俊野は砂漠を出ても、特段隷処に戻る気はせず、だからといって鉄署に向かう気もさらさらなかった。仕方なく、荒廃してしまって人一人すらいない見世物広場の観客席に座った。

 水雲からは堂々と馬鹿にされてしまった、古い書物で読んだところによると、かつて地海国が建国されたばかりの頃、見世物広場には入りきれないくらいの人が集まっていたらしい。

 当時、この広場では、動物同士を戦わせていたり、人間が動物を操り、踊らせたり火の中に飛び込ませていたようだ。しかし、地海国建国から五十年過ぎた頃、生命あるものを守ろうと謳う国主が現れた。その国主は見世物広場で飼われていた動物を一斉に森や砂漠などに放ち、二度と動物を使って見世物を披露してはならない、と宣言した。それ以来、この見世物広場は次第に廃れていき、今では、国主一族含め誰もがその存在すらも忘れかけている。

 観客席に座ってから特に何をするわけでもなく、ただぼんやりと眼前にあるぼろぼろの見世物台を眺めているだけで半刻が過ぎようとしていた頃、不意に誰かが俊野の右肩を叩いた。

「こんなところで何を見ているんだ?」

 ごく当たり前のように、水雲は俊野の隣に座った。その姿を見た瞬間に、俊野は冷笑にも似た笑みをつい漏らしてしまう。

「わざわざそんな声を漏らす必要は無い。さっき、私と殿下が話してるのを聞いていたんだろう?」

「気づいていたのか?」

「私は伝声師だ。普通の者なら気づかないようなことでも、私は気づいてしまうからな」

「ふうん。じゃぁ、俺が今何を考えてるのかもわかるのか?」

 水雲は俊野をしただけで、つまらなそうな笑みを浮かべながら言った。

「てっきり、水雲は俺を助けてくれるのかと思ったのに、結局は心の中で他の奴らみたいに俺を嘲ってるのか。結局、俺が事を起こすことには反対してるのか。結局、俺と行動してくれると言うわけでは無いのかもしれないな。水雲は確かに俺に力を貸してくれるかもしれないけど、宮殿に乗り込んだ後までは助けてくれないかもしれない。俺の計画は結局俺一人でやらなきゃいけないのかな、だろう?」

 俊野は思いっきり目を見開いて、目の前にいる水雲を凝視した。

「どうしてわかるんだ?」

「昔から、伝声師としての訓練を積んだから」

「茉莉皇女......と一緒に?」

 水雲は目を伏せて、静かに首を横に振った。

「いや。訓練は別だった。私は伝声師で、茉莉は神女だったから。私は伝声師として、父のもとで伝声師が身に付けるべき術を習得し、また伝声国の政についても学んでいた。しかし、茉莉は神女として、私のために犠牲となる実。彼女が学んでいたのは、その日が来た時、どのような心構えで儀式に臨むべきか、儀式までの間、どのように次期伝声師とするべきか。そんなことばかりだった」

「どのように接するべきか? よそよそしく、とか?」

「さあな。私は学んでいないからわからない。でも茉莉にしても双竹殿下にしても、私と親しくしようとしているから、もしかすると、親しくしろ、と教えられたのかもな」

 俊野が腕を組む。その時、ちょうど灰色に染まった空から、雨がぽつり、ぽつり、降り始めた。

「へえ。そうなのか。てかさ、今気づいたんだけどよ。お前、あの皇子のことは双竹殿下って呼ぶのに、茉莉皇女のことは呼び捨てにするんだな。そんなに親しかったのか? もしかしてその子のことが好きだったとか?」

「どうだったんだろうか。私と茉莉は幻月観で育ったから、私からすると、妹として接してたつもりだったんだが。茉莉のことが好きか、と言われると、妹として好きだったのは間違いない。でも、それ以上に何かあったかどうかは、もうわからない」

「ふうん。そうか。まぁ、今となってはどっちにしろ重要でもないだろうしな」

「そうだな。ところで、一つ聞きたいんだが」

「?」

「反乱はいつ起こすつもりなんだ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る