第24話 静和、地海国新国主を語る

 水雲は傍目ではわからない程度に首を縦に振った。

「殿下、私はこの後の宴には参加しないことにします。急遽、体調が悪くなったことにしてください」

「わかった」


 鉄署にて。新国主が即位すると言うのに、相変わらず俊野は鉄を運んでいた。しばらくの間雁を捕獲しなければならない役割を背負っていたせいで、鈍っていた体がようやく戻り始めた頃だった。

 鉄署に乱雑に置かれている鉄塊を、無造作に一つだけ取り、格別に賑やかな宮殿へ運ぶ。その道中、俊野は見慣れた人影を見つけた。本能的に、それを避けようとすると、向こうも本能的に俊野の姿を見つけてしまったらしい。彼女はきゃははは、と笑いながら、まっすぐに俊野の元へ駆け寄ってきた。

「俊野!」

 と、誰に聞こえるくらいの声で名前まで呼びながら。

「公主殿下。どうかしました?」

 静和は小刻みに首を縦に振りながら、無辜むこの表情で笑っている。それを見てしまうと、俊野の心までもきりきりと痛み始める。

「ううん。なんでもないの。さっき、遊びから戻ってきたら俊野を見かけたから来ちゃった」

「ですが、本日は新国主が即位する日ではありませんでしたか」

「そうよ。でも、儀式なんてつまらないじゃない。それに、兄上だって、私と遊ぶよりも、きれいな女の人と遊ぶ方が好きなんだから。兄上に嫁いだ伝声国の皇女だって気の毒よ。噂によるとね、兄と成婚してから、ただの一度も床を共にしていないんだって。太后たいごうさま(地海国新国主の母親)は、兄上が早く世継ぎを儲けることを祈ってたみたいだけど、兄上と伝声国の皇女がずっとよそよそしい様子じゃ無理ね、って嘆いていたもの。でも、太后さまは伝声国の皇女をいたく気に入っていて、たとえ兄上の気が引けなくても、怒る事はないんだけどね。だって、太后さまも、兄上の気性はご存知だから。ん? ねえ、聞いてる?」

 静和は突然右手を俊野の目の前で振った。これには静和の話を全く聞いていなかった俊野もさすがに反応しないわけにはいかず、静和が話している間ずっと探していた視線を彼女の元へ戻す。

「ん? ああ、すみません。どうやら、疲れていたみたいです」

「ふふ。いいの。そうやね、一日中これを運んでいるのでしょう? 私の話を聞いていても疲れを感じてしまうのは仕方がないわ。ねぇ、今日はいつその鉄を運び終えるの?」

「さぁ。わかりません。ですが、夜中にはなるでしょうね」

「じゃあ、私夜中まで待つわ!」

 静和は目を輝かせながら笑っているが、俊野からすると到底笑っていられるわけがない。この荒涼とした大地で、ちょうど俊野の横を武婢が一人通り過ぎようとしていたからだ。静和の場合はその格好を見ただけで奴婢ではないとわかるはずだから、責め立てられる事は無いだろうが、俊野は違う。こんなところで公主と対等に話をしている、なんて武婢に思われてしまったら、それだけで俊野の首を斬る理由ができてしまう。

 俊野は慌ててその場に跪き、武婢が通り過ぎていくのを待つ。だが、静和は突如とした彼の挙動が全く理解できなかった。

「俊野?」

 俊野は首を横に振るだけで、無言を貫いていた。少しして、武婢は疑うような視線を俊野らに向けてはいたものの、静和の格好を一瞥した瞬間に、何も言わずその場を通り過ぎた。

 俊野は一息ついてから、再びその場に立ち上がる。その時、俊野の背後から、落ち着き、払った声が聞こえてきた。

「お前にも、礼儀というものがわかっている時があるんだな」

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