第17話 伝声師の試練

「マリって誰なんだ?」

 これまでただの1度も聞いたことのない名前に、俊野は首をかしげる。

「私の妹だ」

 と、双竹が震えてばかりいる水雲の代わりに答えた。

「妹? ということは、伝声国の皇女なのか?」

「そうだ。厳密に言うと、生まれた時は皇女だった、というところだが」

 双竹が力なく言う。

 ちょうどその時、砂漠に一陣の生ぬるい風が三人の頬を撫でた。

「どういうことなんだよ、それ」

「そのままの意味だ。理解できないなら、する必要は無い」

 今度は、水雲が苛立ちながら言う。

 俊野がさらに話を聞こうと、水雲の腕を掴もうとしたが、水雲はすっくと立ち上がり、その手から逃れた。それから何も言わずに、砂漠から姿を消した。

「俺、何か変なこと聞きました?」

 たまらず俊野は双竹に尋ねる。彼は穏やかに首を横に振った後、水雲が去っていた方向を振り返りながら穏やかに答える。

「いや、そんなことは無い。でも、茉莉のことは、国師の中では大きな傷となっているんだ」

「どうして?」

「国師と茉莉は歳が近いこともあって、昔からよく幻月観で遊んでいたんだ。茉莉は生まれて、すぐに神女しんじょの予言を受けてしまったから、皇宮で生まれた翌日には幻月観に送られてしまったこともあってね。だから、茉莉にとっては、物心ついた時から幻月観にいたし、彼女と歳の近い国師も物心がついた時から茉莉がいる環境が普通で、彼女のことを実の妹のように接していたよ」

「ちょっと待ってくれ。まず、幻月観って何だ? あと、神女も。俺には、何のことを言っているのか、さっぱりわからないんです」

 俊野は苦笑いしながら言うと、双竹はああ、とはっとしたような声を上げた。

「それは失礼。伝声国では誰もが知ることだから、つい。幻月観と言うのは、国師一族と、彼らが必要とする生贄のみが済むことのできる場所だ。それ以外の人であれば、我が国国主ですらも入ることはできない」

「ほう。ところで、生贄っていうのは、何のことなんですか? 一国の国師に生贄なんて普通必要ないんじゃ?」

「そうだな。普通の国ならまず必要じゃないだろう。だが、我々の国師には必要なんだ。なぜなら、我々伝声国の者が呼ぶ国師、つまりは、君たちにとっての伝声師はある特殊な力を使う。それがどのようなものなのかは正直国師本人にしかわからない。だが、伝声国の者は皆国師に与えられた力は神から与えられたものだと信じているがな。まぁ、それは一旦置いといて。国師の持つ神の力は、生贄を神に捧げる儀式をすることで与えられる。そのための生贄というのが、神女や神人しんじんと呼ばれるものなんだ」

「へえ。で、その神女が水雲と親しかった皇女の茉莉っていう人だったわけか。じゃあ、神人は?」

「いる」

「誰なんだ? もし俺が知らないやつだったら、どういう人なのか教えて欲しいけど」

 俊野は目を輝かせながら、なぜか夜闇に同化してしまいそうなほど暗く沈んでいる双竹を見る。

 双竹は沈みながらも、依然として完璧なまでの微笑を保ちつつ答えた。

「大丈夫。君も既に知っている人だ。なぜなら、神人は私だからな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る