第34話 幻月観の者が食べられるもの

「別に、梨しか食べられないって言うわけではないんだ」

 伝声師は水雲に物語るように話し始めた。

「だけど、昔から本当かどうかわからないけれど、梨には我々の体質を守ってくれる作用があるらしいんだ。ほら、梨には水分が多く含まれているだろう? それが、俗世に染まった体をきれいに洗ってくれるらしいんだ。だから、我々にとって特に禁忌なのは、脂っこいものだね。肉とか魚もだめだ。脂のあるものは、我々の体から俗気を排出してくれるどころか、体内に溜め込んでしまう、とされている。まあ、それが本当だとは私も思っていないけれど、この幻月観の中ではそう言われている。だから、我々は梨か食べられないんだ」

「ということは、もし脂がなければ肉なども食べられるのですか?」

 伝声師は「うーん」と唸りながら考え始める。

「脂がなければと言うよりは、なるべく俗気がなければ、だね。我々が梨を食べる目的も、体内から俗気をなるべく排除するためだから。その俗気さえなければ、我々が普段食べるなしで俗気を排泄できるはず。だから、その程度だったら特に問題は無いだろう。でも、どうして突然そんなことを聞くんだ?」

「茉莉が言っていたんです。梨だけだとご飯が足らないって」

 水雲たちの視線の先には、ようやく幻月観と幻堂を繋ぐ曲がり橋が見える。そして、そこにはいつも通り茉莉の姿があった。彼女の姿を見ると、ようやく厳粛な顔をしていた二人の顔から笑みが舞い降りる。

「そっか。まあ、そうだよな。私も子供の頃はよくお腹を空かせていたよ。君たちはまさに今成長している時期だから、あれだけじゃ足りないよな」

 伝声師が言い終わったときに、茉莉が彼の足に抱きついた。茉莉は一歳の頃に幻月観に送り込まれてきて以来、四六時中そこで生活をしているおかげで、実の父親である伝声国国主よりも伝声師の方に懐いてしまっているのだ。

「おやおや、茉莉殿下。どうしたのですか。お昼時ですよ。どうして幻月観で梨を食べるのではなく、こちらに来られたのです?」

「国師、私はいつも修練が終わったら、水雲を迎えに来ているんですよ。普段幻月観にいないから知らないんでしょう? 今日は遠征が終わったばかりだからたまたま幻月観にいるんでしょうけど、また明日からは宮殿にずっと戻っちゃうんでしょう?」

「いやいや。今回はしばらく幻月観にいられますよ。周海国を滅ぼしたら、十日間は幻月観で休ませてくれる、と国主が約束してくださいましたから」

 伝声師は茉莉の手をつなぎながら、幻月観へと歩き始める。


 昼食を終え、水雲は幻月観の扉を出てすぐの階段最上段に座っていた。両手で藍色の光をもうもうと宿らせながら、目を閉じて。

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