第9話 雁選定の日
「俊野」
「俺は
原希はしれっと俊野の隣に座り、毛が異様に立っている雁の世話をし始める。
「なあ、皇太子はどの雁を選ぶと思う?明日だろ?おっと」
彼の手中に収まっていた雁が鳴き声を上げて逃げ出そうとしたので、慌ててそれを捕まえる。
それを見ながら、俊野は自分の懐にいる雁の背を撫でつけていた。
「ああ。でも、皇太子がどれを選ぶかなんてわかるわけなくねえか?どうせ気分で選ぶんだろうし。それどころかこれだけの雁の中から、明日奴の気に入るものがあるかどうかの方が知りてえよ。もしいなかったら、俺たちの命はねえぞ」
「そうなんだよな。まあ、奴がどれかを選んでくれることを祈るばかりだよ」
その言葉を聞きながら、俊野は近くに生えていた草をむしり取って雁に与える。思いの外食いしん坊だったせいで、俊野は手が真っ赤に染まるまで草をむしり取る羽目になってしまったが。
「そういえば、皇太子が雁を贈るのはいつのことだ?」
と、原希がやはりむしりたての草を雁に与えながら聞く。
「十日後までだろ」
「じゃあ、十日後には皇太子がここ国からいなくなるってことか?」
「うん、まあそういうことになるな」
「じゃあ、今来ている伝声国の使節団はどうなるんだ?皇太子と一緒に伝声国に戻るのか?」
「さあな。でも、多分そうなるだろうな」
ちょうど俊野の手中にいた雁が満腹になったので、草まみれの手でその背を撫でると、雁は一瞬にして草を身に纏う羽目になってしまった。彼は雁の体中についてしまった草を取りながら、頭の中では水雲の姿を思い浮かべていた。
(あいつ、本当は何のために地海国へ来たんだろうな。てっきりこの国を滅ぼすためだと思ってたけど、そもそもあいつはそのつもりで来ていなかったのかもしれない)
翌日辰の刻に雁捕獲隊は宮中の庭園に集められた。
枝垂れ柳の下で、捕獲された雁の後ろに「捕まえた本人」が並ぶ。いつにも増して強い日差しの下で、二刻待ってようやく皇太子が庭園に姿を現した。
「おい、全員揃ったか?」
という、聞いた者全員が不快になるような唸り声と共に。てっきり、その場にいた誰もが皇太子は世話係の宮婢数人を連れてくるものだと思っていたが、彼が連れていたのは宮婢一人と水雲だけだった。
「皇太子殿下!もちろんでございますよ。雁も少ないですが揃っております」
雁捕獲隊を「率いる」文婢は得意げな声を上げる。その刹那、俊野たちは一斉に顔を顰めた。
「ほう。揃っているならいいんだ。今日は伝声国の客人もお越しだからな。ひどい粗相がなければいい。では、始めようか」
「かしこまりました。あの......ところで、伝声国のお方も雁を選ばれるのですか?」
「まさか。この方には、伝声国の皇女が好みそうな一羽かどうかを見極めていただくだけだ。お前はとっとと失せろ」
皇太子が見る方に不機嫌そうな顔をしたので、文婢はすぐに庭園の隅へと走った。
「さて、水雲殿。貴殿は、どの雁が貴国皇女のお気に召すと思われるかな?」
話せば話すほど薄気味悪さを増していく皇太子に運悪く話しかけられた水雲は大した反応も見せず、ただ雁の方を一瞥しただけだった。
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