第38話 水雲の母親

「母親に……? 彼女は、何か言っていたか?」

 珍しく目に見えてうろたえながら伝声師は聞いた。だが、そこまでうろたえる理由が水雲にも茉莉にもわからなかったが。

 伝声師にも、その地位を受け継ぐための子孫を必要であり、時の伝声師が正妻と側室を持って子を産ませることはいたって普通だ。何も、いぶかしがられることではない。ただ一つの例外を除いては。

「ええと……」

 水雲が言い淀むと、伝声師は何かを察したのか、茉莉を幻月観の外へ出た。

「これで言えるか?」

 伝声師は扉が閉まるのを確認してから水雲に言った。

「い。あの、夢の中でお会いした母上は、父上の一人目の神女だ、と言っていました」

「……」

「父上? でも、あくまでもさっき夢に見たことなので、本当かどうかはわからないですよ」

 すっかり顔を青ざめて、冷や汗まで流している伝声師を慰めるかのように水雲は言った。しかし、伝声師は顔色を一切変えることなく、ただ首は横に振っただけだった。

「水雲。君が夢の中で言われた事は事実だ。君の母親は、確かに私の一人目の神女だった。だが、当時は私も妻を娶っていて、しかも伝声国では伝声師と神女もしくは神人の間に情愛を持つことは禁忌とされているから、君が生まれた時は妻の子だと偽ったんだ。だから、君は確かに私と妻の子じゃない。私と、その夢に見たと言う一人目の神女との子なんだ」

 今度は水雲がすっかり絶句してしまった。

 伝声師が受ける事は、一切不思議ではないが、その唯一の例外とされているのが、まさに伝声師と神女もしくは神人との間に子を儲けることなのだ。伝声師と神女か神人の間には、神女や神人が犠牲になることで伝声師により強い力を与えると言う関係しか形成されない、とされている。そして、それ以外の関係は一切認められていないのだ。なぜなら、もしそれ以外の関係が生まれてしまった場合、神女や神人が犠牲になった後、伝声師に与えられた力を、深い関係を持っていたから、という理由だけで力を扱うのに抵抗したり、逆に力に操られてしまうかもしれない、とされているからだ。

 実際、百年ほど前に、時の女性伝声師が彼女は一人目の神人と恋仲になってしまった。二人は幼い頃から幻月観の中で育ち、彼女の父親からすると、二人は中の良い兄妹のように映っていたからこそ、二人の仲が判明し、さらには子までできていたと聞かされた時は青天の霹靂だったと言う。その後、女性伝声師は子を産み、子の父親である神人を犠牲にして強力な力を手に入れた。しかし、彼女はそれをなかなか利用しようとはせず、国内が大飢饉に陥っても、ただ傍観するばかりだった。

 その件があって以来、伝声師と神女や神人の間に、本来あるべき以外の関係を持つ事は幻月観の中で最も破ってはいけない禁忌とされている。

 それなのに、水雲の父親が、それを破るとは。しかも、それだけではなく、それをこんなにも長い間、隠し続けていたとは。とてもじゃないが、水雲には信じられなかった。

「でも、父親は力を使いこなしていますよね? 前例には、力を使わなくなったものがいますが、父親は違う。なぜです?」

「なぜなら、我々伝声師は伝声国の国師だ。何があっても、国主をお支えし、国難から救出しなければならない。君の母親の姿を思い出そうが、その使命だけは変わらないんだ。だから、そんなことを理由に、国主が必要な時に、我々の力を貸さない、と言うのは、ただの身勝手だ。それに、神女や神人は、我々伝声師に憂いてもらいたくて犠牲になるわけじゃないんだ。あの者たちも、皆、同じく国のために犠牲になっているんだ」

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