第37話 夢枕の母親
水雲が右手に宿していた光を消した時、手を上げるのですら、辛いほどに体が重くなった。
「うん。よくできた。まさか、こんなに早く瞳妖術を扱えるようになるなんて思ってもいなかったよ」
「ち、父上。これが瞳妖術ですか?」
「そうだよ。どこか不思議に思うところがあるかい?」
伝声師に聞かれて、水雲はその答えを探そうとしたが、考える前に父親の懐に倒れ込んでしまった。
水汲は生まれてすぐに母親を亡くした。だから、母親の姿も、どのような人だったのかも知らない。それなのに、彼の目の前には一目で母親だとわかる女のぼんやりとした姿があった。
「母上?」
水雲は寝ぼけながら、その女に向かって呼びかける。しかし、その女は、ただ静かに微笑んでいるだけだった。
(ここはどこなんだろう?)
水雲があたりを見回すと、そこは見慣れた幻月観がある。だが、ありえないことに、それは青空の下にあった。幻月観は夜の姿しか見せないと言うのに。
「ここは……?」
水は眉をひそめ、不自然なほどに、自然な青空を見ながらつぶやいた。すると、ただ微笑んでいるだけだったはずの母親がようやく口を開いた。
「幻月観ですよ。あなたも見慣れているはずでしょう?」
「見慣れているけど……私の知る幻月観は常に夜なのですよ?」
「それは幻の姿です。今は昼間でも、夜の月を見ることができる。それは、稀代の伝声師が幻術を使ったからです」
「稀代の伝声師?」
母親は相変わらず微笑を湛えたままうなずいた。だが、水雲はいよいよ首をもかしげ始める。
(稀代の伝声師がかけた幻術が幻月観にかけられているとはいえ、そんなにも長く術が持続するものなのか?)
伝声師であれば誰でも知っていることなのだが、幻術というのは最長三年の効力しか持たない。しかも、その三年の間でも、術をかけた伝声師が術を持ち続けていなければ、自然と幻術は解けるようになっているのだ。ましてや、術をかけた伝声師が術を保ち続けないどころか、その 死後も術の効力が続く、と言う話は聞いたことがない!
水雲は、疑惑に満ちた目で、目の前の女を見つめる。最初は亡き母親が突如として現れたのかと思っていたが、ひょっとするとその川だけを被った悪人なのかもしれない。
「あ、あなたは……誰なんですか?」
微笑を崩そうともしない女に恐怖すら覚えながら、水雲は持ちうる最大限の勇気を振り絞って聞いた。
その時、それまで崩そうとすらしなかった女の微笑が壊れ、一切の感情も読み取ることができなくなった。
「あなたの母親であり……当代の伝声師一人目の神女ですよ」
「はっ!」
水雲が夢から覚めた時、背中にはぐっしょりと汗をかいていた。彼の傍には、ただただ心配そうに見つめる伝声師と茉莉がいる。
「水雲? 大丈夫?」
と、茉莉が目いっぱいに涙を浮かべながら聞いた。
幻月観の外で瞳妖術の訓練をしていたはずの水雲は、いつの間にか幻月観の中、伝声師一族専用の寝床に横たわっていた。
「水雲、何か悪い夢でも見たのかい?」
「はい。父上、さっき夢の中で、母上にお会いしました」
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