第28話 操声術

 俊野が再び門から出てきた時、水雲はまだ同じ場所にいた。彼が水雲に手を挙げて指かけ落とした時、水雲は北の空を眺めたまま、特に動き出す気配はなかった。

「おい、何を見てるんだ?」

 俊野は水雲の肩に手を当てながら言った。

「なんでもない」

「そうか」

 二人で肩を並べて歩き出した時、俊野は何気なくあたりを振り返る。すると、偶然門前に立つ武婢の人の色が紫色になっていることにようやく気がついた。

「なあ、あの武婢たちはなんで目が紫色になってるんだ? ほら、あの宮殿の前に立ってる、あの二人」

「ああ、あの者たちは私の術にかかっている」

「術? 何の?」

 水雲はまだ宮殿を振り返っていた俊野の頭を手動で戻してから答えた。

「操声術だ」

 俊野はつい目を開いて水雲を凝視したまま絶句する。その一方、水雲は少しだけ口角を上げていた。

「周りには誰もいないことを確認したから、安心しろ」

「じゃあ、あいつらの術が解けたらどうするんだ?」

「私が生きている限り、操声術の効力がなくなる事は無い」

 砂漠のような大地を歩きながら、俊野もよく水雲が人に対して術をかける、と言う状況に慣れたのか、今までと同じようにくだらないことやら愚痴をべらべらと一人で話し始めた。

「そうだ。なあ、俺は今少し休みたい気分なんだ。あの見世物広場にまた行かないか?」

「見世物広場? 私は構わないが、お前は鉄運びをしないといけないんじゃないのか?」

「そうだ。けど、あれを一日大真面目に休みなしで運ぶやつなんていないって。こっそり休んでこそ気力が出るってものなんだ。文婢の奴らはそれを全然わかってはくれねぇんだけどよ。まぁ、それはどうでもいいんだ。とにかく、俺は今休息を必要としてるんだ。どうだ? 少しだけの間見世物広場にでも行かないか?」

 水雲は呆れたように首を横に数回振った後でうなずいた。地海国の賓客である彼の場合、地海国朝廷の機関である鉄署でその姿を見られるよりも、むしろ人のほとんどいない見世物広場にでも行った方が都合が良い事は明らかだった。


 見世物広場にはやはり誰もいない。しかも、前に来た時から、大した時が経っているわけでもないのに、見世物台は円形から台形になり、観客席も朽ち果ててしまい、座席が抜け落ちているところが何箇所もあった。俊野と水雲は隣り合った、何とか人が座ることのできる席を見つけて座った。

「よし。ここなら、ゆっくり話ができるな」

「何の話をするつもりなんだ?」

「さっき思ったんだが、俺はどうして伝声国が何をしようとしているのか、全く知らないんだ?」

 水雲は俊野の嘘臭く、困り果てた顔を一瞥する。

「だからさあ、俺に教えてくれよ。伝声国が何を求めているのか。それが無理なら、少なくとも伝声国がどういう国なのかくらいは教えてくれよ」

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