episode50 身分違いの恋

 


「素晴らしい魔法ショーだったわ、シャーリー!」


「ありがとう。本番も上手くいってよかったわ」



 四年生達の集合場所へとやってきた俺とユースティアナとマティルデとシンシア。


 皆、やり切ったという充実感を顔に浮かべながらお互いを労っている。


 前世での某遊園地でもすげぇと言われていた花火ショーだ。


 それを実行し、実現させたのだから誇ってもいいと思う。


 実際すごかったし。



「どうだった? 私達の魔法ショーは?」


「最高だったよ。音楽と共に披露するなんてよく考えたな」


「ええ、私もそう思うわ」



 シャーリーから感想を聞かれて答えたけど、なんだ?


 自画自賛か?



「自画自賛とはやるなぁ、シャーリー」


「何言ってんのよ、私はそこまで痛いやつじゃないわ。この演出を考えついたのは私じゃないからよ」


「えっ?」



 じゃあ誰がやったんだ?



「じゃあ、誰がこれを思いついたの?」



 それを聞いたのはユースティアナだった。


 するとシャーリーの視線がある方向へと向く。


 そこには人集りができていて、ある人物が囲まれていた。



「エレナさんのおかげで誇れる成果を残せたわ! ありがとう!!」


「殿下も! 諸々の手配、ありがとうございました!!」


「ううん、みんなが頑張ってくれたおかげでいいショーができたんだよ! こっちこそありがとう!」


「皆、素晴らしい魔法だった。皆と同じ学年であったことを誇りに思う」



 男女問わずに揉みくちゃにされているのはエレナとエリオットだった。


 そうか、これ企画したのあの二人か。



「なんか一緒にいること多いよな。あの二人」


「そうね。QUELLEの時からかしら?」


「そうだな。レポート書く時とか一緒にいること多かった」



 気が合うのか、あの二人は結構一緒に行動していることが多かった。


 アルカイムでの調査でも、エリオットはエレナのサンプルコア分析を手伝ってたからな。



「えっ? えぇ!? も、もしかしてお二人は……お付き合いを!?」



 ユースティアナが興奮気味にシャーリーに聞いた。


 なんか色恋もそれを感じ取ったのかもしれないけど――



「いやぁ、ないでしょ。だって相手は王子殿下よ?」


「だよなぁ……」



 いくらなんでも身分が違い過ぎる。


 同じ海底探査や海底掘削調査に参加していて行動を共にすることが多かったとはいえど、だ。


 エレナは貴族じゃなくて平民。


 一般家庭と比べると経済的に裕福だというのはこの学院に通えていることからわかるが、それだけだ。


 王族と付き合う……それは婚約と同義だ。


 一般人のそれとは全く異なる。



「なんだ……そうなのね」


「なに残念がってるのよ」


「そうだよユースティアナ。まぁ、実際そうだったら面白いとは思うけどな」


「ですよね! 身分を超えた恋……素敵ですよね!」



 古今東西、前世も今世も身分違いの恋の逃避行物のラブロマンス小説は人気だ。


 幸せな最後を迎えるものもあれば、ロミオとジュリエット的な最後を迎えるものもある。


 人間、世界が変わっても変わらない感性はあるんだなと思ったな。



「……ねぇ、いつからティアのことさん付けしなくなったの?」


「ん? 一ヶ月前かな? 航空機の実機訓練入る前の講義の時に二人から言われたんだ。なぁ、ユースティアナ」


「ええ。そうだ! アーサー様? ユースティアナと呼ぶのは疲れるでしょう? 愛称で呼んでくださいませんか?」


「えっ、ティアって呼んでいいの?」



 確かに呼びにくいなと思ってたから嬉しいけど、愛称って近しい人にしか許してないんじゃ?。



「ええ! ぜひ!」


「じゃあ、遠慮なく。これからもよろしく。ティア」


「はい! ……いいわよ、ユースティアナ。着実に歩を進めているわ!!」



 なんか後ろ向いて拳握ってる。


 この光景ここ最近多いな。癖なのかな?


 そう考えていると、服の裾が引っ張られる感覚があった。


 振り返るとそこにはムスっとした顔をしたシャーリーが俺の服の裾を引っ張っていた。



「今日、私、頑張ったんだけど?」


「えっ? ああ。だから最高だったって言ったじゃん」


「……もっと褒めて」


「えぇ……」



 どうした急に。


 まぁ、なんか機嫌悪くなってるし、直してもらおう。


 そう思って俺はシャーリーの頭に手を乗せた。



「よく頑張った。最高のショーだったぞ」


「っ!?」



 頭を撫でてやったら、シャーリーの顔が赤く染まった。


 おや? もしかして外した?


 やっぱ子供っぽかったか。



「悪い。軽率だったな」



「う、ううん! 大丈夫!! 全然平気……」



 シャーリーの頭から手を離す。


 女性の髪に触れるなんてよくなかったな。


 反省しよう。



「あっ……」


「ん? なんだ?」


「な、なんでもないわ! なんでも!! それにしてもホントにエレナと殿下って距離近いわよね」


「な。……どうする? 突然、「私達、婚約しました!」って言われたら」


「うーん、驚くは驚くかな。でもありえなくない?」


「だよなぁ、そういうのって小説の中の話だもんなぁ」


「だよねぇ」



 ――


 ――



 なぁんて話をして学院祭は終了。


 それからティアやマティルデの実機訓練をしたり、シャーリーもパイロットになりたいってことでティアと同じカリキュラムを実施したり、カレンとシンシアが製作した半加算機で遊んだり(?)と過ごした後、シャーリー達が卒業の日を迎えた。


 俺も出席していいとのことだったから、参列したんだけど、かれこれシャーリー達との付き合いも三年か。


 色濃い日々だったな。これからもだけど。


 そんな一つの区切りを迎えた俺達だが、あまり変わり映えはしない。


 そう思っていた所で――



「あのぉ、アーサー君。相談があるんだけど……」



 研究室でティア達に遅れをとっているシャーリーに航空機の講義をしていると、ドアが開く。


 その隙間から顔を覗かせたのはエレナだった。



「私、外そうか?」


「ううん、できればシャーリーにも聞いてほしいかな」



 一体なんだろう? なんか改まった雰囲気だな。


 シャーリーにも聞いてほしいって言うんだから尚のことわからない。



「とりあえず、座って。なんか飲む?」


「あっ、じゃあ水をもらっていいかな?」


「私が入れるわ。エレナの話、聞いてあげて?」


「わかった。ありがとう」



 シャーリーは席を立ち、対面に座るエレナと向き合う。


 とはいうものの、飲み物は研究室内の冷蔵庫にあるから、そこからシャーリーは取り出しに行っただけで、会話は聞こえるだろう。



「それで? なんだ、改まって」


「実はね? その……私も何か開発できないかなって思ってて……」


「開発って、ロケットとか宇宙船の?」


「うん、そう」



 意外だ。


 エレナは開発畑に興味ないと思っていたのに。


 どっちかっていうと運用の方に携わることの方が多かったからな。



「はい、どうぞ」


「ありがとう」


「ありがとう、シャーリー」


「どういたしまして」



 シャーリーは水に入ったコップを俺とエレナの前に置くと、自身の分のコップを手に、俺の隣に座った。



「エレナって運用方面で強い感じだったけど、どうした? 開発に携わりたいって」


「うん、それ私も思った」



 シャーリーも同じように思っていたらしく、俺の言葉に同意してくれた。


 とりあえず、シャーリーが汲んできてくれた水で喉を潤そう。



「あのね……その……実はエリオット殿下から結婚を前提にお付き合いを申し込まれててね?」


「っ!?」


「ブホォ!?」



 衝撃の告白に俺は飲んでいた水が気管に入り、シャーリーも同じく水を飲んでいたらしく、そっちに至っては吹き出してた。


 はしたなくってよ。


 俺は気合いでなんとかした。



「ゲホッ! ゴホッ! ……エ、エリオットが? エレナに告白したってこと?」


「う、うん……」



 聞き返すと恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め、俯きながらも頷いて肯定した。



「うっそぉ……」



 自身の吹き出した水を近くに置いていた雑巾で拭きながらシャーリーも信じられないといった表情で声を漏らした。


 数ヶ月前に「エリオットとエレナって付き合ってるんじゃね?」みたいな中学生のようなやり取りをしていた記憶がある。


 あの時は付き合っていなかったが、両思いではあったということか。



「そっか、おめでとう。式には呼んでくれ」


「えっ? いや! それはまだ早いよ!!」


「なんで?」


「私には……殿下の隣を歩く資格がないから……」



 恥ずかしそうにしていた顔が今度は曇る。


 資格? なんかいるの?


 そう首を傾げていたら、シャーリーは合点がいったようで、エレナに声をかけた。



「なるほど、だから開発に従事したいのね。しかも、末席じゃなくて中心メンバーになりたいんだ?」


「うん」


「? ……??」



 俺にはさっぱりわからんのだが?


 それが顔に出ていたのか、察してくれたシャーリーが俺に対して説明してくれた。



「エリオット殿下は王族……貴族の中でトップオブトップよ。そんな方と結婚するには相応の身分が必要だわ」


「そうだな」



 それはわかる。



「でも、エレナは平民。貴族位なんて持っていない……そんな子が殿下の婚約者として紹介されても周りが納得しないわよ」


「そうかな?」


「そうなのよ」



 いやまぁ普通そうなんだろうなと思うけど案外何事もなく平民と結婚したりしてんじゃない?



「でもよぉ……王子様だぜ? なんとでもなるんじゃねぇの?」



 前世じゃあ、そういう作品いくつもあったぞ。


 平民の子と結婚するって言って婚約破棄するの。


 ……どっちかっていうと敵側だったけど。


 で、主人公は追放される公爵家の令嬢とかなんだ。



「なんとでもって……殿下がそんなゴリ押しすると思う?」


「しないな。結婚を許してもらうために説得しまくるか、最悪、家を捨てるかしそう」


「でしょう?」



 それはもう、想像に容易いくらいには付き合い長いからな。


 それはエレナも重々承知しているだろう。


 ……なるほど。



「そりゃあそっか。もし家を捨てる選択になったら、外部から見りゃ愛に生きるなんて綺麗に見えるが当事者から言わせれば家を捨てさせたんだから心苦しいわな」


「そうなの……だからね? 殿下の婚約者に相応しい実績を積みたいの。堂々と殿下の隣を歩けるように」



 俯いていた顔を上げて、今度は決意を秘めた眼で真っ直ぐに俺を見てくるエレナ。


 その表情から、本気度が伺える。


 なんとか協力したい。してあげたい。



「わかった。協力しよう」


「いいの!?」


「ああ。友達の頼みだからな、当たり前だろ」


「あ、ありがとう! 私、頑張るね!!」



 俺が了承したことで安堵したんだろう。


 その目には涙が浮かんでいた。



「やったね! エレナ!! 私も協力するよ!!」


「うん! ありがとう! シャーリー!!」


「でもここからが大変よ? 何せ月に行く乗り物を作るんだからね?」


「わかってる。頑張るよ!!」



 シャーリーも俺が協力すると聞いて嬉しいんだろう。


 エレナに抱きついて激励している。



「さて、気合いが入ってるところ悪いが、ここからが本題だ。エレナ――」


「は、はい!」



 俺の雰囲気が変わったのを感じ取ったんだろう。


 居住まいを正して、俺からの言葉を待っている。


 シャーリーも同様に、さっきまで俺の隣に座っていたが雰囲気に押されたのか、そのままエレナの隣に座り、こちらも緊張気味だ。


 これから切り出す話題は最も重要だ。


 それは――



「――王族の隣を歩けるくらいの実績って……何?」



 二人は盛大に椅子から転げ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る