episode32 新たな航海、新たな重鎮
ヘラスロク王国の隣国、ガルテファ王国。
その一角にある巨大な街……中央に聳える荘厳な教会が目を惹くその街の、とある部屋で一人の少女が窓からそよぐ風に髪を靡かせながら、新聞を読んでいた。
綺麗に小さく畳まれ、読みやすくされた新聞の一面には「エリクサー採掘へ 巨大船アルカイム出港」という見出しが書かれていた。
「長年、魔力はあれど魔石のように使用できなかったエリクサーであったが先日エリクサーを魔力源とできる方法を発見したラザフォード商会所属の魔法研究者アーサー・クレイヴスが、自身が設計した掘削調査船「アルカイム」に乗船し、海底に眠るエリクサー採掘へと向かった」という内容である。
笑みをたたえながら読み進める少女の部屋のドアからトントンと軽く叩かれる音が響く。
「どうぞ」
少し幼さの残る声で少女は入室を許可する。
ドアを開けて入ってきたのはシスター服を着た、部屋の主人である少女と同い年くらいの少女が入室してきた。
「失礼致します。例の件、承認されたと先ほど報告が入りました」
「まぁ! では行けるのね!? アルカイムに!!」
「はい」
少女はシスター服の少女に向けていた視線を、新聞に載っている写真に移す。
そこには一人の少年が掘削船をバックにエリクサーが入ったビーカーを片手に持った写真が載っていた。
「お会いできるのね……この方に……」
その写真をそっと指でなぞる。
その表情は恋をする少女そのものだった。
「今回、猊下が直々に動いてくれたご様子です。よかったですね」
「ええ。またお礼に伺わないと」
お礼は何がいいだろう?
そんなことを思い浮かべている様子の少女に、シスター服の少女はくすりと笑みを浮かべた。
「しかし、猊下を動かすとは……さすがは聖女様ですね」
「あら、言い方が悪いわマティルデ? 猊下は私のお願いを善意で聞いて下さっただけよ。それにまだ私は聖女ではないわ」
「まだ……ということは聖女になれるという自信ですか?」
「もう、いじわるね!」
少女がそう言うと、二人は同時に吹き出した。
何気ない日常の一ページ。
部屋から見える空は、雲ひとつなく綺麗な青空が広がっていた。
◆
エリクサー掘削の為、ルインザブを出港した調査船アルカイムは、二日間の航海を経て掘削予定地点へとやってきた。
昨日到着し、海底調査のROVを準備をした後に就寝。
今日、その準備したROVを使って掘削点の選定を行う。
その前の朝食の席で、広げた新聞の一面を読んだ俺は、目の前でパンを頬張っているシャーリーに話しかけた。
「なんか俺、商会の魔法研究者になってんだけど?」
シャーリーは口に入ったパンをスープで流し込むと、俺の質問に答えてくれた。
「今更じゃない」
簡潔な言葉をありがとう。
「俺としてはただの従業員のつもりだったんだけど」
「ただの従業員が潜水艇や掘削船なんか作れるわけないでしょ」
ごもっとも。
まぁ、世間にどう言われようが関係ないか。
気にしないでいよう。
「おはよー」
「おはよう」
「おはようございます」
無理やり納得したところで、カレン、エレナ、シンシアが食堂へとやってきた。
カレンは眠たそうにしてあくびを噛み殺しているが、夜更かしでもしたのか?
エレナとシンシアは普段通りだが。
「おはよう。シンシアはゆっくり眠れたか?」
「はい。こんなに長く眠ったのは久しぶりです」
この航海ではシンシアは俺の使用人として乗船しておらず、どちらかというとドリラーズとして乗船している。
だから、俺より早く起きる必要はないから眠れる時はゆっくり眠れと事前に伝えていたのだ。
「いやぁ、ヴェリタスと比べると全然揺れを感じないからよく眠れるよ」
「そのわりには眠そうじゃない?」
カレンの言う通り、この掘削船アルカイムは非常に揺れが少ない。
いや、ほとんどないと言っていい。
だから研究室にこもってたりするとここが船の中ということを時折忘れてしまったりする。
まぁ、揺れのないように設計したのだから当たり前なんだけど。
しかしカレンはエレナにツッコまれたように眠そうだ。
いくら揺れないとはいえど、船酔いする可能性がある。
寝不足は船酔いしやすくなるから注意が必要だ。
「いくら揺れないといっても船の上なんだ。船酔いするかもしれないから寝不足ならまだ休んでてもいいぞ?」
「ううん大丈夫。逆に寝過ぎてダルいだけだから」
「そうか? ならいいが、気分が悪くなったらすぐ医務室行けよ?」
「わかった。ありがとね、アーサー」
このアルカイムには医務室があり、もちろん船医がいる。
船員に急病者や負傷者が出た場合に備えてであり、場合によってはヘリを呼び陸へと戻せる体制を取っている。
人員輸送のみならず、救急の為にもヘリコプターは必須なのだ。
『主席研究員アーサー・クレイヴス、研究補佐シャーリー・ラザフォード、至急
カレン達が食事を持ってテーブルについた時、船内アナウンスで船長であるポールさんから呼び出された。
しかも俺だけじゃなく、シャーリーもである。
俺とシャーリーは互いに顔を見合わせた。
「なんだろ?」
「さぁ知らん。俺だけだったらわかるけど、なんでお前まで?」
「知らないわよ」
互いに首を傾げる。
まぁ、行けばわかるか。
食事も既に終えていたこともありシンシア達と別れ、俺達は食器を片付けたあと、
――
――
――
「えっ!? ローレルリング様がここに来る!?」
「ああ。明日、ヘリで来られるらしい」
「そんな急に……断れなかったんですか? この船は客船じゃないんですよ?」
……まぁ、言わずもがな、俺の冒険には王子であるエリオットは必ず着いてきている。
エリオットがいるということはレイも同じであり、今もエリオットのすぐ後ろに控えている。
「これは父上からの命でな。どうもローレルリング様から猊下に話がいって、そこから父上に打診が入ったらしい」
「げ、猊下直々に……ですか? ってことはそのローレルリング様ってかなりの地位にいるんじゃ?」
「ああ、そのうち聖女に任命される方だろう」
シャーリーから色々聞かれて、エリオットはそれに答えている。
が、俺には事の重大さがさっぱりわからん。
猊下ってことは教皇様か?
この世界、宗教があるんだな。前々から神のことは皆から聞かされてたから今更か。
ていうか人間、異世界でも神っていう存在に救いを求めるんだな。
あとローレルリングや聖女って何? 聞いたことない。
教会関係者だと思うけど、その人そんなに偉いのか?
「はい!」
とりあえず話わかんないんで、説明を求めよう。
「なんだ? アーサー」
「ローレルリングってなんですか!? 聖女ってなんですか!? ご説明頂けますでしょうか!!」
「……」
「……あんた、少しは世間を見なさいよ」
エリオットとシャーリーに呆れた顔をされた。
確かに俺、この世界のことあまり知らないや。
各国の情勢とか宗教とか。
でもね――
「知らなくていいかなって! だって関係ないと思ってたから!!」
「あぁ……まぁ、あなた元孤児だもんね」
今もですが!?
「まさか騎士になるなぞ思いもしなかったと?」
「うん!」
だって俺は一般peopleだと思っていましたので!!
「ってことで、改めて教えて頂けますでしょうか」
「そうね。まずはソル教から教えましょうか」
シャーリーからこの世界の宗教のことが語られた。
ソル教はこの世界の唯一の宗教だそうで、創世神ソルを唯一神として信仰する宗教だとか。
そしてその教皇は代々女性が務め、その言葉は各国に影響を与えるのだとか。
へぇ、それはすごい。
「で、ローレルリングってのは?」
「ソル教の修道女に与えられる称号でな。優秀で模範的、敬虔な修道女と認められた者にのみ与えられる」
「ほぉほぉ。で、聖女って?」
「ローレルリングの中でも優秀な人に与えられるの。教皇猊下の側近に選ばれるも同義でね、聖女が次代の教皇猊下に選ばれる慣わしだから、ようは未来の教皇猊下候補がここに来るってこと」
「へぇ、それはそれは……」
キリスト教でいうところの
で、その方がそのまま教皇様になるって事は
エリオットとシャーリーからの説明を受け理解した後、振り返る。
「だからポールさん固まってんのか」
そこには正面の窓から見える水平線の一点を見つめながら微動だにしないポールさんが居た。
そりゃまぁ、そんな大物が来るってなったら緊張もするわな。
船長だから接待は絶対しなきゃならないし。
「でもそうなるとシャーリーの言ってた通りなんでこんな船に来るんだろうな? デカいだけで実態は男の仕事場だぞ?」
そんなところに教皇様使って国王陛下に話をしてもらってまで来るっていうのはなぁ。
そのローレルリングさんは相当物好きだな。
「まぁ、そればかりは本人のみぞ知るというところだろう」
どうやらエリオットも知らんらしい。
「ところで殿下? なぜ私は呼ばれたのでしょう?」
「それもそうだな」
シャーリーがエリオットに対して呼ばれた理由を尋ねた。
俺もなんで呼ばれたのかわからんけど。
あれかな? 主席研究員だからかな? 知らんけど。
「ああ、シャーリー嬢なら知っていると思ってな。今回来船なさるのはユースティアナ・ルイーゼ・ティッシェンドルフ様だ」
「えっ!? ティア!?」
あら知り合い? 世の中狭いわね。
ていうか名前なっが。
「知り合いか?」
「うん、幼馴染で昔よく遊んだの。その子の家がほら、うちのお得意様で魔道具メーカー最大手の」
「ん? もしかしてティッシェンドルフってティッシェンドルフ社のティッシェンドルフ?」
「そうよ」
聞き馴染みがあると思ったらそういうことか。
ティッシェンドルフ社はラザフォード商会のお得意先で、且つX線CTや電子顕微鏡を製造してくれている魔道具メーカーだ。
ラザフォード商会から設計図を渡して製造してもらっているのだが、そのティッシェンドルフとはな。
ティッシェンドルフ家って結構名家なのかな?
まぁ、とりあえずだ。
「だからシャーリーも呼んだんだな。聖女候補様の知り合いだから」
「その通りだ。だがこれはユースティアナ様からのご指名だ」
「へぇ、まぁ知り合いなら緊張もしないか。よかったな、シャーリー」
「……ところであんたは落ち着いてるわね」
「ん? そりゃな」
だって応対とかしないだろうから。
今回俺、関係ないし。
「なるほど、場数を踏んだことで慣れたのか。結構なことだ。この先、重鎮と会うことは多いだろうから今のうちに慣れておく方がいい」
「……なんか俺も会って話す感じになってない?」
俺、無関係っすよね?
「何を言っている? この船の設計者のお前が話さないでどうする? そうでなくとも、お前は必ず列席してもらうがな」
「なんで!?」
設計者じゃなくても会わなきゃいけないって何!?
「ユースティアナ様からのご指名は二名。シャーリー嬢と……アーサー、お前だ」
「……」
えぇ……なんでぇ……
「あと、空いている二人部屋の準備をお願いしたい。ユースティアナ様とその世話係の方が泊まるのでな」
「しかも泊まるのぉ……」
帰ってよぉ……
「こんな船に居たって面白くもなにもないだろうに」
「あんたさっきからこの船のことぼろっカスじゃない」
「見る人によっては面白くないだろぉ」
ホント、お気に召さずにお帰りにならないかなぁ。
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