episode33 ローレルリング来訪
翌日。
ROVによる海底調査も終わり、今日から掘削作業を開始する為にドリラーズが準備を行っている頃。
アルカイム船首にあるヘリポートの近くでエリオットとレイ、シャーリーとポールは来客を出迎える為に待っている状態だった。
「おっと、来たようだぞ」
エリオットが向ける視線の先。
聞き慣れぬ風切り音と共にそれはやってきた。
学院で見た時のそれよりも大型化したヘリ。
それにローレルリングが乗っているであろうことは誰もがわかっていることであった。
「あぁ……くそ、俺はしがない船乗りだったんだぞ? なんで重鎮を相手にしなきゃならなくなったんだ……」
「アーサーに関わっちゃったのが運のツキね。諦めて? ポールさん」
緊張して胃が痛むのか、腹を抑えながらつぶやくポールの肩をポンと叩くシャーリー。
しかし、ポールは腑に落ちなかった。
「その張本人は今どこにいるんです?」
「……ドリルフロアよ」
「あいつも出迎える手筈じゃなかったんっすか!?」
裏切り者ぉ!? と内心思うポールに対し、エリオットもシャーリーもなんとも言えない表情を浮かべた。
「なんでも掘削地点から硫化水素? が出るかもしれないからその指導と監督だって」
「地上でも訓練はしていたみたいだがな。念の為、だそうだ」
「くっ!」
それを言われるとなんとも言えない。
そればかりはアーサーも居ないといけなさそうだという事はポールも想像できた。
ドリラーズのリーダーであるマシューが居ればいいんじゃないかという思いもあれど、である。
「クッソォ、
『着陸態勢に入ります』
ポールが恨み節を口にした時、管制から無線機に連絡が入った。
いよいよヘリが着船するようである。
念の為、ヘリポートには上がらず、近くの階段で待機しているエリオット達は、首を伸ばして着船を見届ける。
ゆっくりと高度を下げ、静かにランディングギアがヘリポートに接地するとローターの回転数が落ちていく。
船首側……エリオット達の死角からシスター服に身を包んだ少女が姿を現すとヘリの扉の下にタラップを置き、スライドドアを開けた。
開けられたドアの中にいた少女はすぐには降りず、手を差し出す。
シスターはその手を取ると、中にいた少女はゆっくりとタラップを降りた。
少女はアルカイムの中央部を見上げ、ローターからの風によって靡く長い青髪を手で抑えながら、アメジストのように輝く瞳を船体に向ける。
「まぁ! 見てマティルデ!! 大きな
「ええ、すごく立派ですね」
興奮気味に話す少女とは対照的に、冷静なシスターは淡々と荷物を下ろすなどの仕事をこなしていく。
安全が確保されたのを確認したエリオット達もヘリポートに上がり、少女達を出迎える。
「お待ちしておりました。ローレルリング、ユースティアナ・ルイーゼ・ティッシェンドルフ殿。私はヘラスロク王国第五王子、エリオット・ヘラスロクと申します」
「ご丁寧にありがとうございます、エリオット・ヘラスロク王子殿下。ソル教ローレルリング、ユースティアナ・ルイーゼ・ティッシェンドルフです。今回は私のわがままをお聞きくださり感謝いたします」
エリオットとユースティアナが挨拶を交わすと、エリオットは背後にいる者達の紹介を始めた。
「紹介しましょう。左から私の側近であるレイ・ウェストウィック、この船の船長を務めるポール・ローレンス、そして研究員のシャーリー・ラザフォード」
「皆様初めまして、ユースティアナと申します。後ろにいるのは私の世話係のマティルデ・イマーヴァール」
「マティルデ・イマーヴァールです。よろしくお願い申し上げます」
黒髪のセミショートに朱色の瞳でつり目の少女は恭しくお辞儀をする。
淡々と挨拶をするその姿はソワソワとしているユースティアナとは対照的であった。
「シャーリー! お久しぶりね! 新聞を読んだわ!! 深海に行ったりと大冒険をしたそうじゃない!!」
一通りの挨拶を終えると、ユースティアナはシャーリーに近づき抱きついた。
「久しぶりねティア! あっ――」
抱きしめ返すが、ふと思い出したようにシャーリーはユースティアナから少し距離を取ると頭を下げ、敬礼の体勢を取った。
「失礼致しました。ローレルリング、ユースティアナ様」
「……そんなに畏まらないで、シャーリー。私達の仲じゃない」
「ですが……」
シャーリーが顔を上げると、ぷくっと膨れっ面をして見つめるユースティアナの姿が映った。
「私、あなたに会えるのを楽しみにしていたのよ? なのにそんなに他人行儀だと私、悲しくなっちゃうわ」
ぷいと外を向くユースティアナに根負けしたシャーリーは下げていた頭を元に戻す。
そして呆れた眼差しをユースティアナに向けた。
「全く……相変わらずね。自分の立場を自覚なさいよ」
「あら? ローレルリングだから位の低い方と対等に会話してはならないなんて法はないわよ?」
「あなた今私のこと位が低いって言った?」
「言葉のあやよ」
ユースティアナがそう言い終わるとお互い吹き出し、笑い合った。
「あははっ、はぁ……改めて、ティア、アルカイムへようこそ」
「ふふふっ、んん……数日間、お世話になります。ところで……その……」
咳払いをして改めて挨拶した後、手をもじもじとさせ、ユースティアナはキョロキョロと周りを見たあと、シャーリーに尋ねた。
「アーサー・クレイヴス様は……どこに?」
「あぁ……ごめんねティア。あいつは今ドリルフロアにいて作業中なの。来るようには言ったんだけどね」
「あ、あら、そうなの……」
見るからにしょんぼりするユースティアナ。
とりあえず、シャーリーは船内に入るよう促し始めた。
「ここで立ち話もなんだし、中に入らない? よろしいでしょうか? 殿下」
「ああ、案内してもらっても構わないか? シャーリー嬢」
「かしこまりました。こっちよ、ティア」
「申し訳ありません、先に荷物を部屋に運びたいのですが……」
船内に入るよう促される際にマティルデが小さく手を上げた。
「これは失礼した。部屋へは私が案内します」
ポールが生活スペースへの案内を名乗り出た。
「では、私達はラボフロアにいますので、あとで合流しましょう」
「了解した」
マティルデとポールと別れたシャーリー達はヘリポートからラボフロアへと進み始める。
そこでユースティアナがシャーリーへ質問を投げかけた。
「この船は掘削船なのよね? どうやって海底を掘るのかしら?」
「殆ど地上と一緒よ。機材が少し違うだけで」
「地上と同じ……ごめんなさい、知識不足で地上での掘削方法も知らないのよ」
「あぁ、こっちこそごめん。普通そうよね、私もそうだったもの。まずは直径の大きいドリルで海底に穴を開けて何十mか掘り進めたあとドリルよりも少し直径の小さいケーシングパイプっていうのを差し込んでコンクリートを流すの。それで穴が崩れないようにするのね」
「なるほど……でもそれってコンクリートで穴が固まっちゃうんじゃない?」
「大丈夫。そのコンクリートごと、またドリルで穴を開けるから」
「そうやって掘っていくのね……でも地上と違ってここは海の上でしょう? 揺れている船からドリルを降ろすのだから、船を揺らさないようにする船乗りの方々は大変なんじゃない?」
「ふふん、聞いて驚きなさい。掘削中は魔道具による自動操縦よ。人が管理はするけどね」
「えっ!? 自動操縦!?」
自慢げに言うシャーリーの言葉を受け、ユースティアナは信じられないといった様子でエリオットを見た。
するとエリオットは首を縦に振り、それを肯定する。
「本当です。宇宙と海に沈めた目印の魔道具を使って位置を確認し、船底にある六機の独立駆動するスクリュー、アジマススラスターで一点に留まるように制御されているのです」
「そ、そんなことが……もしかしてそれを開発したのって――」
「アーサーよ」
「まぁ!」
手を合わせて驚きつつも、その表情には「やっぱり!」という思いも浮かんでいた。
しかし、それ以外にも――
(なんだか……尊敬だけじゃないような?)
ユースティアナの表情からは尊敬だけじゃなく別の感情も見て取れたシャーリーだが、この時はそれが何かはわからなかった。
そうしているうちに、一行はラボフロアまでやってきた。
「この上が、ドリルフロアに通じているのよね?」
「ええ、そうよ。カッティングフロアって言って掘削で引き上げられたサンプルコアを部分毎に切り分けていく場所があるの」
天井を見上げながら話を聞くユースティアナ。
そこで彼女から相談がなされた。
「その……ドリルフロアに入る事はできるかしら?」
「ドリルフロアに? うーん……」
シャーリーはエリオットの方を見る。
するとエリオットは首を横に振り、口を開いた。
「申し訳ありませんが、猊下から危険な場所へは入らせないようにと事使っておりますので、作業中のドリルフロア及びドリラーズハウスへの立ち入りは許可致しかねます。帰港中ならば見学は可能です」
「そ、そんなぁ!? アーサー様は掘削中はドリルフロアにいらっしゃるのでしょう? お会いできないではありませんか!?」
ユースティアナの言葉を受けて、シャーリーとエリオットは顔を見合わせる。
――見学したいわけではないのか?
互いの表情はそう語っていたが、シャーリーは一つ訂正をする為に口を開いた。
「あのねティア、今は危険なことがないか見る為にアーサーはドリルフロアに行ってるだけで、サンプルコアやエリクサーが揚がってきたらこのラボフロアにずっといるわよ? 主任研究員だからね」
「えっ? そ、そうなのね。なんだぁ……」
ユースティアナは心底安堵したように息を吐く。
その時だった。
階段からこちらに近づいてくる声が聞こえたのだ。
「硫化水素は検出されなかったけど警戒は続けてください。普段通りだと思いますがBOPはいつでも動かせるように」
「わかりました。フレアスタックも準備しておきましょうか?」
「安全の為に準備しておくに越した事はないでしょう。杞憂に終わるかもしれ――」
カッティングエリアからシャーリー達のいるコア・プロセッシング・エリアに降りてきたのはドリラーズリーダーのマシューと
「――えっ!? あっ!? えっと……」
アーサーを認めた瞬間、ユースティアナは少し惚けた後、慌てた様子で前髪を整え始めた。
そしてその頬はほんのりと桜色に紅潮していた。
「えっと……こちらが例の?」
「ええ、ローレルリングのユースティアナ・ルイーゼ・ティッシェンドルフ様」
「あっ、あの! 初めましぇて! ローレルリングのユースティアナ・ルイーゼ・ティッシェンドルフでしゅ!!」
噛んだ。
何を緊張しているのか? とシャーリーは訝しむも、そんな事はつゆにも思わず、アーサーは普通に応えた。
「初めまして、アーサー・クレイヴスと申します。一応、この船の主任研究員です。よろしくお願いします」
「は、はひ! お世話になりましゅ!」
また噛んだ。
それをユースティアナも自覚しているのか、先ほどまでの桜色だった頬は羞恥で頬だけでなく顔が真っ赤になっていた。
「私も自己紹介を。マシュー・アンカースと申します。この船の掘削担当、ドリラーズリーダーを務めております」
「は、初めまして。あれほど巨大なドリルを扱えるなんてすごいですね」
「いえいえ、仕事ですから」
マシューに対しては普段通りで、会話する余裕すらもある。
アーサーに対してのみ、何故極度に緊張しているのか……
シャーリーは今のユースティアナの様子を見て、一つ思い当たる事があったが――
(ないわ。ないない。だって初対面だもの)
その考えはすぐに掻き消した。
ふとアーサーを見ると、「何故俺はあんなに緊張されるんだ?」という不安気な気持ちが顔に出ていた。
それを見てシャーリーはくすりと笑みを浮かべ、しばしの間それを楽しんでいた。
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