episode34 ローレルリングの秘密
ラボフロアの紹介を一通り終えて、詳しい説明と見学は翌日にという事になり、ユースティアナとマティルデは用意された部屋にて、荷解きをしていた。
が――
「自己紹介で噛んじゃったぁ〜!!」
「それはそれは、ご愁傷様です」
持ってきた愛用の枕を抱きしめ、ユースティアナはアーサーとの自己紹介を後悔していた。
理由は本人が今述べたように噛んだからである。
「冷たいわね!? マティルデ!」
「憧れの方とお会いできたとはいえ、噛むほど緊張するとは……なぜそこまで緊張したのですか?」
マティルデがそう聞くと、ユースティアナは耳まで顔を真っ赤にさせ、枕で口元を隠した。
「……マティルデのイジワル」
その様子を見てマティルデは微笑んだ。
「お会いできてよかったですね」
「……うん」
可愛らしくはにかむユースティアナ。
その時、部屋にくきゅぅ……という音が響いた。
「……お腹すいたわね」
「ちょうど、お聞きしていた食事の時間です。食堂からお持ちいたしましょうか?」
マティルデが食事を持ってくることを提案するが、ユースティアナは首を横に振った。
「いえ、「郷に入りては郷に従え」という言葉もあります。食堂に行きましょう。それに――」
「アーサー様とお食事ができる機会……ですものね」
「むぅ……」
揶揄うようにそう言うマティルデに、むくれた表情でユースティアナは答えたあと、二人で食堂に向かった。
◆
掘削口の安全も確保できたことで、ドリラーズ達プロフェッショナルにあとを任せ、俺は食堂に食事に来ていた。
ちょうど同じ時間にやってきたカレンとシンシア、エレナと共にトレイを手にビュッフェ形式で並んでいる料理を取って、席に着いた。
そこで気になっていたことを三人に相談してみる。
「俺、聖女様にめっちゃ警戒されてるっぽいんだけど」
「えっ? なにしたのアーサー」
「早く謝った方がいいよ。ていうか聖女様じゃなくてローレルリング様だよ。アーサー君」
カレンとエレナから、俺が何かしたんじゃないかと疑われた。
ってか聖女様かローレルリングかなんてどっちでもいいだろ。
なんかエリオットが近い将来選ばれるって言ってたんだから、一緒だろ。
「なんで初対面なのに俺が何かしたこと前提なんだよ」
「まぁ、冗談はこれくらいにしてさ。ホントにそれ警戒されてたの? それこそ初対面なんだから警戒される理由ないじゃん」
「えぇ……めっちゃ自己紹介の時にカミカミだったんだけど。マシューさんとは普通に話してたのに」
カレンから警戒されていると思う理由を聞かれたから答えると、今度はシンシアから話しかけられた。
「それって、警戒じゃなくて緊張されてたんじゃないですか?」
「緊張?」
俺が首を傾げると、エレナが腑に落ちたような声を上げた。
「あぁ〜、確かに天才に話しかけられたら緊張もするよね」
「天才って誰だよ」
「「あんただよ」」
俺が疑問を口にしたらカレンとエレナに声を揃えて言われた。
シンシアに関しては苦笑いを浮かべている。
「俺が天才ぃ? ただの技術者で研究者ってだけだぞ?」
ホントは冒険者って言いたいけど。
「ただの技術者で研究者ぁ? はっ!」
カレンに鼻で笑われた。
「いろんな技術を開発して、それを駆使してLUCAだったりメタンハイドレートだったりを見つけて……」
「エリクサーの活性化に成功、なんかは天才の所業だと思いますよ?」
エレナとシンシアに天才と思われる所以が語られた。
けど、俺はそれを聞いても納得できない。
いや、自身ではすごい発見したって気はしているから、大したことではないとは思ってはいない。
だが、あまり周りが騒いでいないからそうでもないのかな? と思っているだけだ。
「でもあまり周りでそれらが話題に上がっているところを見たり聞いたりしたことないんだけど……」
俺がそう言うと、カレン達は互いの顔を見た後、シンシアが代表して口を開いた。
「アーサー様……周りって私達やアルカイムクルー、ラザフォード商会の方々ですよね?」
「えっ? うん」
俺の周りってそれくらいだし。
そう答えたらカレンがため息を吐いた。
「ハァ……そりゃ
「……どういうこと?」
私達だから?
「アーサーのやること成すこと全て
「……えっ!? マジぃ!?」
まさか皆それで騒いでいないのか!?
ようは「まぁ、アーサーだから」っていうことで片付けられてたってこと!?
「そうですね。実は学院を退学する時にカレンやシャーリーさん、エレナさんからアーサー様のやることにいちいち驚かないようにって釘を刺されてたんですけど、一緒に行動するまで実感できませんでしたが、三人の言っていた意味を今では理解しています」
「……シンシアそんなこと言われてたの?」
「はい。初日、アーサー様宅で見たトップドライブは度肝を抜かれました」
確かに叫んでたな……
あれから数日は驚かれてばっかりだったけど、ちょっと経ったらなんにも驚かなくなったもんな。
「私達じゃそうだけど、世間じゃアーサー君、世紀の天才扱いだよ? 知らないの?」
「……そうなの?」
そういえばシンシアが来てから買い物も任せっきりになっていたから、赤の他人様と関わる機会なかったな。
まぁ、とりあえず、話を元に戻すと――
「聖女様は俺を警戒しているんじゃなく、緊張してた……ってこと?」
「警戒してるからって噛みまくる人はいないでしょ」
カレンの言う通りだ。
警戒して言葉を噛むはないか。
なんて考えていたら、食堂がざわつきだした。
「何事だ?」
「噂をすれば……ですよ」
ちょうど入り口を背にしていた俺はなにが起きたのかわからなかったが、入り口方向を向いている三人は騒ぎの原因にすぐ気がついたようだった。
俺も体を捻って入り口方向を見ると、シャーリーに連れられた例の聖女様と……もう一人はお世話係の方かな? の三人の姿があった。
「わぁ! ビュッフェ形式なのね! どれも美味しそう!!」
「見た目だけじゃなく、味ももちろん美味しいわよ。普通の船と違って設備が地上と同じだから保存食は殆ど使っていないし」
「そうなのね……私も他国に船旅をしたことが何回もあるけれど、干し肉や黒パンばかりで変わり映えがなくて楽しくなかったわ」
「ここじゃそんなことはないから安心して」
なんか飯のこと話してる?
ご飯は力入れてるぞ。
飯は活力源でやる気を上げることができるからな。
さてと、急いで飯食うか。
トレイに盛った料理達を掻き込んで皿を空にすると、トレイの返却口に持って行くために立ち上がった。
「えっ? もう終わり?」
「ああ。俺に対して緊張するんならいない方がゆっくりできるだろ」
まだ初日なんだ。
数日の滞在中に仲が良くなったら一緒に食卓を囲めばいいだろ。
三人に挨拶した後、俺は出入り口に向かって歩きだした。
◆
「あれ? アーサーもう夕飯終わり?」
「っ!?」
ユースティアナに食堂を案内していると、返却口にトレイを返しにきたアーサーにシャーリーは気がついた。
ユースティアナはシャーリーの言葉を聞いてアーサーの存在に気がつくと、さっと前髪を整え始める。
「ああ、ちょっと調べたいことがあるからな」
シャーリーにそう答えると、アーサーはユースティアナの向かって柔らかな笑みを浮かべた。
「ヘリでの移動でお疲れでしょう。ごゆっくりどうぞ」
「……は、はひっ!」
ぽぉっと惚けた後、かろうじて返事をしたユースティアナだが、上擦った声が出てしまい、アーサーはそれを受けて 苦笑で返し、食堂をあとにした。
「……」
「……ユースティアナ様」
「わかってる。わかってるわ、マティルデ……わかっているから、そんな眼で見ないで」
自己嫌悪に陥っていたユースティアナに哀れみの眼を向けているマティルデを制した。
「……とりあえず、料理取りましょうか」
シャーリーは一先ず、食事の席で聞くことにして、二人に料理を取ることを促した。
――
――
――
マティルデがユースティアナと同じ卓を囲むことに抵抗するなど一悶着あったが、シャーリー達は食事を取り終えテーブルのついた。
食事時だったこともあり、混んでいた食堂でテーブルを探していたところ、既に着席していたエレナ達を見つけ、シャーリーは同席させてもらっていた。
一通りの自己紹介を終えて、ユースティアナ達は料理を口に運ぶ。
「んっ! 美味しい!!」
「本当に……薄味なのにしっかりと味を感じます」
「でしょー。ここの料理はそんじょそこらの料理店とは別格なんだから!」
「ええ! これは確かにすごいわ!!」
料理を口にしてその美味しさに舌鼓を打つユースティアナとマティルデの二人。
自身が手がけたわけではないが、シャーリーは自慢げに二人に料理のことを紹介していく。
皿も空いてきてまったりとした時間が過ぎる中、シャーリーは今日のユースティアナの様子について質問をした。
「ねぇティア? 今日、アーサーと会話する時だけすごく緊張した感じだったけど何かあったの?」
「んぐっ!?」
ユースティアナは飲んでいた紅茶が気管に入り、咽せた。
ハンカチを手に当て、隣に座っていたマティルデがその背をさする。
「き、気付いてた?」
「そりゃね」
「私達もさっきのアーサーとのやり取り見てましたけど、明らかに動揺してましたよ」
カレンが代表して口にすると、それに同意するようにエレナとシンシアは首を縦に振った。
「なんで緊張なんかしてんのよ? そりゃあ、相手は天才って言われてる人だけど、ローレルリングなら重鎮の方々と会うことなんて沢山あるでしょ?」
それこそ、世界のトップである教皇とすら面識があるのだ。
今更なにを緊張しているのだろうとシャーリーは思っていた。
「それはぁ……そのぉ……」
手をもじもじとさせて言い淀むユースティアナ。
その様子を見て、エレナが切り込んだ。
「もしかして……好きなんですか? アーサー君のこと」
「っ!?」
瞬間、ボッ! っという音が出そうな程にユースティアナは顔を真っ赤にして俯いた。
「「「えぇ〜!!」」」
その様子から正鵠を射たと判断したエレナとカレンとシンシアは黄色い声を上げた。
「どうして!? なんで!?」
「初対面ですよね!?」
「もしかしてどこかで知り合ったとか!?」
恋話ということでテンションを上げたエレナ達だが、シャーリーがそれを制した。
「こら、ここは食堂よ? あまり騒がないの」
「でもでもシャーリー! ローレルリング様の恋バナだよ!? 聞きたいじゃ――あっ」
カレンがそこまで口にしてようやく気がついた。
そう、相手はローレルリングであり、且つ次代の教皇となる聖女の最有力候補。
そんな彼女の想い人など、スキャンダルである。
「とにかく、ここじゃなんだから皆で話せて且つ他の人に聞かれない場所に行くわよ」
「えっ? そんなところあるかなぁ?」
シャーリーの部屋……はエレナとの二人部屋で、広さも六人が入れば狭いこと請け合いであり、そもそもドアに近づけば声も聞こえる。
他の場所も人が立ち寄る可能性があり、どこから話が漏れるかわからない。
故にエレナ達はそんな場所は何処か? と考えてはみるものの思いつかない。
が、シャーリーは一箇所だけ、ゆっくりと話ができて他人に聞かれることがない場所に心当たりがあった。
そこは――
――
――
――
「ここなら誰も来ないでしょ?」
「なるほど! 大浴場ね!! 考えたね! シャーリー!!」
エレナはシャーリーを褒め称えた。
大浴場は男女別れているが、シャーリー達以外にも女性は乗船している。
その人達が入ってくる可能性だが、実はローレルリング用に入浴のタイムスケジュールが組まれていたのだ。
理由は乗船している女性達から「ご一緒された際になにを話せばいいかわからないから」ということで設けられたものである。
世間一般では王族よりも敬われるソル教の聖女と教皇。
その雲の上の存在に近い人物と完全プライベートな空間で一緒になるなど恐れ多いというのが理由だった。
それをシャーリーは逆手にとったのである。
……ちなみにエレナやカレン、シンシアもおっかなびっくりではあれど、シャーリーの友人ということで心を許しており、今回一緒している状況である。
「すごい……ホントにお風呂がある……」
「凄まじいですね……揺れも感じないので、ここが船の上であることを忘れてしまいます……」
ユースティアナとマティルデは大浴場を目の当たりにして呆然としていた。
「さ、話はあとにしてまずは体を洗いましょうか」
シャーリーに促され、皆髪や体を洗い始める。
そこでもユースティアナ達は驚きの連続だった。
「わぁ、見て! マティルデ!! この石鹸、汚れがすごい落ちるわ!! それに肌もすべすべ!!」
「このシャワーというものも素晴らしいですね。これなら満遍なく体に付いた泡を洗い流せます」
備え付けられた石鹸やシャワーなど、最先端のものに触れ、二人は顔を綻ばせていた。
「うーん、新鮮」
「私もああだったなぁ。最初の方は」
既に体を洗い終え、湯船に入っていたカレンとシンシアがユースティアナ達の反応を見てしみじみと語っていたの。
皆、体を洗い終え、湯船に浸かったところでシャーリーが早速本題に入った。
「さてと……話してもらおうかな? なんでアーサーを好きになったのか」
「えっと……話さなきゃダメ?」
「ダメ」
ピシャリとシャーリーに言われたユースティアナは胸元で手をもじもじとさせながら話始めた。
「その……どこかで知り合ったわけじゃないのよ? 今日会ったのがホントに初めて」
「じゃあ……なんで好きになったのよ?」
「最初は活躍を新聞で拝見したのがきっかけなの。深海へと挑む為の潜水艇アルトゥムの開発エピソードと調査記録は胸が躍ったわ」
「そうですよね。数年ぶりの冒険譚ですもの」
ユースティアナの言葉に賛同したシンシアはうんうんと頷いた。
「最初はホントにそれだけだったの。でも、ある時から新聞に写真が載るようになったでしょ?」
「そうね。アーサーが開発した印刷機で載せられるようになったわね」
「えっ!? あれもアーサー様の功績なの!?」
「うん」
とは言うものの、印刷機を作った理由が「資料とか大量に作る時に便利だから」というもので、売る気はなかったのだとシャーリーはあとからアーサー本人から聞いていた。
だから、功績というのは本人が認めなさそうだなと内心思いながらも先を促した。
「それで、新聞に写真が載ったからどうしたの?」
「えっと……その時初めて見たの。アーサー様のお姿を」
「あぁなるほどぉー」
それを聞いたカレンが手のひらをポンと叩く。
「一目惚れしたんですね、ユースティアナ様」
「〜ッ」
顔半分を湯につけ、ユースティアナは恥ずかしそうな様子でブクブクと泡を吹いていた。
「へぇ! そうなんですね!! 顔がタイプだったんですか?」
「その……凛々しくてかっこよくて、でも幼さが残る可愛らしさもあって……」
「確かにそんな顔つきをしてますね。アーサー様」
エレナから質問されたユースティアナは顔を真っ赤にしながら答えるとシンシアもそれに同意する。
「シンシアさんはアーサー様のお家の使用人でしたね」
「はい。あと生徒でもあります」
「生徒?」
「私、魔法学院を一身上の都合で退学しまして……でも勉強はしたかったのでどうしようか悩んでいたら、カレンやシャーリーさん、エレナさんがアーサー様を紹介してくれたんです」
「なるほど。それで使用人でもあり、アーサー様の生徒でもあるということなのですね」
「はい。すごいですよ、アーサー様。まるで十年、もしかしたら百年先の未来でも見てきたんじゃないかってくらい知識量が多くって」
「でも魔法の歴史やソル教とかには疎いんです。極端ですよね」
「昨日なんかローレルリングってなに? っていう顔してたんですから。ねぇ、シャーリー?」
カレンがシャーリーの方を向くと、不機嫌そうな表情をしていた。
「シャーリー?」
「……えっ? な、なに?」
「いや、大丈夫? のぼせた?」
「あっ、いや……そうかも。ごめん、先に上がるわね」
特にのぼせてはいないシャーリーだったが、便乗して先に上がることにした。
湯船から上がり、最後にユースティアナと言葉を交わす。
「じゃあ、おやすみ。ティア」
「うん、今日はありがとう。また明日」
「うん、また明日」
脱衣所に戻り、シャーリーは体を拭いていく。
下着を着ていく中で胸元に手を当て、シャーリーは自問自答した。
「なんで……こんなにモヤモヤしてるの?」
まだ、彼女は自身の感情に気付けていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます