episode11 QUELLE

 


 殿下主催のパーティーから一週間後。


 港に停泊するヴェリタスに積み込む観測機器や測定機器、後は細々とした道具類の選定が始まった。


 初手から長期航海だからな、量もかなり多い。


 何せ航海期間は――



「一年っ!? 一年も海の上なの!?」


「いやいやいや」



 シャーリーが期間を聞いて飛び上がるほど驚いているがそういうわけじゃない。


 船の上にそんなにいたら発狂するわ。



「一年間、ヘラスロク王国ここに帰ってこないってこと。ちゃんと陸に上がる日も設けてるさ。降りるのは他国だけどね。はい、これ資料」


「あっ、そうなんだ……」



 勘違いしたのが恥ずかしかったのか、しおしおと席に座った。


 今日はアルトゥム世界一周航海に参加する学生向けの説明会を開いていた。


 とは言うものの、参加する学生なんて四人しかいないんだけど。



「ほぉ……まずは西に向かうのか」


「海嶺と熱水噴出孔? 何これ?」


「知らない単語ばかりだね」



 エリオット殿下、カレンさん、エレナさんが資料を片手に何やら話している。


 今回、王立高等魔法学院から参加するのはこの三人とシャーリーの四人だ。


 っていうかエリオット殿下がゴリ押してきただけなんだけど。



「さて、今回の調査目的は主に二つ。海嶺の調査と熱水噴出孔の調査が主になっている」



 俺がそう言うとエレナさんがピンっと手を上げた。



「はい。海嶺と熱水噴出孔ってなんですか?」



 それもそうだ。


 今まで陸しか探検していなかった人達に対して配慮がなかった。



「海嶺っていうのは海にできてる海底山脈のことだよ。特に今回はマントル上昇流……地殻の発生源の調査を行う」



 海底の地形調査の結果から、海嶺と思しき地形がいくつか発見された。


 前世地球と同じように海嶺から生まれた薄い海洋地殻が分厚い大陸地殻に潜り込む現象……プレートテクトニクスが起きている可能性があった。


 本当にそうなのか? と思い、海岸部の岸壁を見ていったらタービタイトがいくつか見受けられた。


 タービタイト……乱泥流堆積物は長い年月をかけて、砂や泥が海水によって流されて海底に堆積した地層だ。


 それだけならプレートテクトニクスが行われているか疑問だが、それらの殆どが縦縞になっていた。


 普通は堆積していけば横縞になることは想像に難くないが、それが縦縞になるということは、海洋地殻が大陸地殻に沈み込む際に地殻の上部にある海嶺から生まれた硬い地盤ではない部分が剥がれ、沈み込みと共に堆積物が隆起した……付加体ということになる。


 それがあるということは、プレートテクトニクスが起きている可能性が高いということだ。


 あとはその海洋地殻ができている場所を見ることと地質を採取して調査してプレートができていることがわかれば、プレートテクトニクスが起きていることが証明される。



「――ってこと。わかった?」


「……わかんない」


「まぁ、大地の始まりの場所って覚えてたらいいよ」


「じゃあ、熱水噴出孔は?」


「簡単に言えば温泉探そうって話」


「えっ!? 海の中で!?」



 エレナさんの言いたいことはわかる。


 海中の温泉を見つけて何になるんだって話だ。入れないし。


 が、しかしだ。



「話長くなりますし、調査前にはブリーフィングしますし、何ならその熱水噴出孔の潜水調査の時はエレナさんは乗るし、いいんじゃないでしょうか?」


「えぇ……そんな急に投げやりな……」



 だってほんとに話長くなるんだって。



「ちなみに、この計画の名前などはあるのかな?」



 エリオット殿下から質問が飛ぶ。


 ちゃんと考えてますよ。


 まぁ、前世のパクリですが。



QUELLEクヴェレと命名しました」










 ◆










 QUELLEクヴェレ……QUEst for Limit of LifEの文字から取ったそれは前世地球の日本で行われた。


 その航海名を頂き、今世でも調査航海をさせてもらう。



「おはよう、アーサー殿」


「おはようございます」



 解析機器や食料の積込作業の開始前、エリオット殿下とその側近であるレイ・ウェストウィックさんが港に姿を現した。


 レイさんは殿下と同い年で、俺の一つ上。


 殿下やシャーリーと同じく、高等魔法学院に通っているエリートだ。



「おはようございます。早いですね」


「ここでは新人だからな。一番に来るのは当然だろう?」



 いい心がけですね。ホントに王子ですか?


 いやまぁ、勝手に王子って傲慢なイメージを持ってただけなんだけれども。


 その容姿で、立場を鼻をかけないって絶対人気出るよ。


 未だ来ないシャーリー達に見せてやりたいね。



「ですが殿下……やはり荷物積み込みの作業を御身ずから行わずとも……」


「何を言うレイ。私達は学生で乗せてもらう身だ。いわばお荷物だよ。そんな人間が荷物の積み込みすら参加せず、のうのうと船に乗るなど図々しいと思わないか?」



 レイさんの問いに対して即答する殿下。


 やべぇ、惚れそう……抱いて!



「ごめーん! 遅れちゃった!!」


「もう……私はちゃんと起こしたからね!」


「いやぁ……すんません」



 シャーリー、エレナさん、カレンさんが慌てた様子で駆けてきた。


 俺は息をスゥっと吸い――



「遅い!!」



 叫んだ。



 ――


 ――


 ――



 さて、シャーリー達が少し遅れたが、積み込み作業が開始された。


 積み込み前に決めた手順でバケツリレー方式で船内に積み込んでいく。


 食料だけじゃなく、解析魔道具達も多くあり、なかなか骨が折れる作業だ。


 午前の積み込み作業もキリが良かった為、昼食を取ることになり、俺はシャーリー達と一緒に近くの食堂に立ち寄った。


 殿下はきっとどこかいいところで食事するんだろうと思いきや――



「ふむ、こういった趣の店は初めてだ。どれかおすすめはあるかい? アーサー殿」



 まさかの付いてきた。


 いいのか?


 そう思い、レイさんの方を見たが、首を横に振った。


 ……食事用意してたけど、強引にこっちにきたんだな。



「はぁー! 疲れたー!!」


「そうだなシャーリー嬢。私もこんなに物を運んだのは初めてだ」



 そりゃそうだろ。


 エリオット殿下はもちろんだが、大商会のご令嬢であるシャーリーも荷物運びなんて経験ないか、或いは少ないだろうしな。


 ……王子に荷物運びさせるってもしかして俺、不敬罪で捕まらない? 大丈夫?


 しかし意外だったのが――



「そう? 確かに量が多くて少しは疲れたけど、そんなにだよ?」


「うん。まだそんなに疲れてないね」



 エレナさんとカレンさんの二人がピンピンしていたのだ。



「何で二人はそんなに元気なんです?」



 ということで気になって聞いてみた。



「私は実家が鉱山だから、よく仕事を手伝ってたの。だからじゃないかな」


「私も実家が工房だからね。私も手伝ってたし、力仕事は多かったからこういうのは意外と慣れてるよ」


「なるほど」



 二人は実家の手伝いで自然と鍛えられていたってことか。



「……二人を見ていると自身が温室で育ったのだなと痛感するな。シャーリー嬢」


「ですね……」



 エリオット殿下とシャーリーは少しショックを受けていた。


 ――


 ――


 ――



 一週間と少しの日数をかけて荷物運びのほか、設備点検なども終え、いよいよ出港の時を迎えた。


 シャーリーはアルトゥムの操船訓練は受けているけれど、殿下やエレナさん、カレンさんは受けていないから準備期間の間、少しだが機内設備の説明と動かし方を訓練した。


 これで準備万端! って感じなんだけれども――



「エリオット、航海の無事を祈る。新たな知見を得て、戻ってきなさい」


「はい。必ずや成長して帰って参ります、父上」


「レイも、エリオットを頼んだぞ」


「かしこまりました、陛下」



 エリオット殿下がお父さんとお話ししている。


 察しのいい人なら、レイさんが言った敬称でわかると思う。


 うん。王子殿下のお父さんってね、王様なんだ⭐︎



 ……当たり前だよなぁ!!



「……おい、アーサー。なんか声かけろよ」


「なんて声かければいいんですか。教えてくださいよポールさん」



 俺に無茶振りしてきたこの人はポール・ローレンスさん。


 支援船ヴェリタスの船長で、ヴェリタスのみならずアルトゥムの公式試運転でもお世話になった。


 ヴェリタスの船長になる前は海運業の船長もしていて、その前は海を渡って冒険をしていた冒険者だったという大ベテランだ。


 船の運用を担当する船員さん達も、ポールさんと共に海を渡っていた方々でチームワークもすごくいい。


 ……よくこんな人材を引き抜けたな、ルイさん。



「さぁなぁ……俺も領主様くらいにしかあったことねぇし――おっ?」



 会話の途中で、何かに気がついたのか、ポールさんが急に直立不動になった。


 なんだ?


 そう思ってポールさんの視線の先を見ると――



「君が、計画責任者のクレイヴス君だね?」


「ヒョッ!?」



 目の前に国王陛下が立っていた!!


 突然のことで変な声が出た。



「は、はい! 責任者のアーサー・クレイヴスです!!」


「やはりそうか。ルイやエリオットから話を聞いているよ……ありがとう、我が国に技術革新をもたらしてくれて」


「い、いえ! 恐縮です!!」



 一度、ヴェリタスを一瞥してからお礼を言われた。


 確かにヴェリタスは異常だ。


 この港には他にも船が停泊しているがヴェリタスよりも小さく、木製だ。


 そんな中に倍もある大きさの、しかも金属製の船があるんだ。


 異質にも程がある。



「この航海が無事終わったら君には勲章を授与する予定だ。そして、これは親としてお願いしたい。エリオットをよろしく頼む」


「は、はい! お預かりいたします!!」



 ……ん? なんか今なにか言われた気がしたな。


 緊張してて聞き逃した。


 ……まぁ、いっか。



 ――


 ――


 ――



 緊張した国王陛下との対話を終え、ルイさんや協賛してくれた商会の方々との挨拶も終え、ヴェリタスは出港した。


 港から少し離れたところで、応接室に集まってもらった高等魔法学院生組……エリオット殿下、シャーリー、エレナさん、カレンさん、レイさんに今後のことを話す。


 主に、扱いに関してだ。



「今回、あなた達は遊学ということで乗船している、いわばお客様の立場だが、この船は客船じゃない。よって、我々はそれ相応の扱い方をする」


「それって……どんな感じ?」



 シャーリーの質問はもっともだ。


 多分だが、今まで船に乗ったらもてなされるのが当たり前だったのだろう。


 殿下とシャーリーは船に乗った経験がありそうだけど、エレナさんとカレンさんはどうなんだろう?


 それは一旦置いておいてだ。



「君達を一船員クルーとして扱う。手伝ってもらいたいことがあれば手伝ってもらうし、こき使う時は思いっきりこき使う」


「でも、私達専門知識なんてないよ?」


「専門性の高い仕事はさせないし、させられません。だからどっちかっていうと……便利屋ですかね」



 エレナさんの質問に答える。


 ようは簡単な事だが人手が欲しいところに率先して行って欲しいってわけだ。



「なるほど、アルバイトと同じ感じね」


「ほぉ、アルバイトか! 一度経験してみたいと思っていたのだ!!」


「殿下……」



 カレンさんの要約に、エリオット殿下のテンションが上がった。


 レイさんは額を抑えて項垂れているけれども。



「そう思ってもらって構いません。そしてあなた達には航海レポートも作成してもらおうと思っています」


「「「「「航海レポート?」」」」」



 皆の声が揃う。


 そこで俺は横に置いていたカゴから一つの魔道具を取り出した。



「スチルカメラ。これで写真を撮って、どんな活動をしたのか、どんな調査をしたのか、測定結果はどうなったのかをまとめていって欲しいんです。ようは広報担当ですね」


「そうね……それならできるかも」


「専門知識豊富な人が書くと専門用語とか注釈なしでしれっと使われる事あるし、そのあたりをわかりやすくしたら面白くできそう」


「学院への報告にもうってつけだな」


「そうですね。それにわからないことがあればすぐ近くに専門家がいるのでより正確なレポートにできそうです」


「いいじゃんいいじゃん! 私カメラ担当していい?」



 わいわいとどんな形のレポートにするのかなどを話し合う五人。


 いいねぇ、学生らしくていいじゃないの。



「ねぇ、アーサー。まず最初は海嶺を見に行くんだよね?」


「ああ、そうだよ」



 事前説明したはずだけど?



「その……割れ目を見るだけなの?」


「あぁ……」



 なるほど、シャーリーはそれでなんになるのかって思ってるわけだ。


 見渡すと皆も同じようだった。



「今回の調査の目的は海嶺にある熱水域……熱水かいれいフィールドの観測と生物及び土壌採取だよ」


「そういえば熱水噴出孔がどうのって言ってたわね。それ?」


「そうそう」



 熱水噴出孔は海底火山の熱によって温められた水が噴出している場所なんだが、これが活発なのが海嶺で、その熱水活動域をかいれいフィールドと呼んでいる。



「で、この熱水噴出孔なんだけど、水に溶け込んでいる重金属や硫化水素を餌にしている細菌やら古細菌やら、それらが作った有機物を食べる為にエビやら貝やらが群がるからそれを獲りに行く」


「それを獲ってどうするのだ? 食べるわけではなかろう?」



 殿下から質問が飛ぶ。


 もちろん、食べるわけではない。



「生命はどこから来たのか、どのようにして誕生したのかを探る手掛かりになります」


「生命の……」


「誕生……」



 殿下とレイさんが顔を合わせる。


 シャーリーやエレナさん、カレンさんも同じだった。


 どうしたんだ?



「生命って、神様が作ったんじゃないの?」


「……」



 シャーリーに言われて気がついた。


 しまった。色々作って近代化させ過ぎて忘れてた。


 ここ異世界だったわ。

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