episode12 熱水噴出孔

 


 一先ず、ミーティングと言っていいのかわからないが、学生組への説明を終え、俺は自室に帰ってきた。


 俺は断ったんだが、潜水艇の開発主任であり、主任研究者ってことで個室を与えられている。


 その部屋で一人考える。


 ミーティングの時にシャーリーから言われたことだ。



 ――生命って、神様が作ったんじゃないの?



 正直、ありえないと思う。


 一部技術……冶金などは前世地球の近代に近い水準を誇っているが、まだまだ中世の文明レベルだ。


 化学は殆どが魔法で片付けられているから全くと言っていいほど進んでいない。


 だから「生命は神様がお作りになった」なんて考えててもおかしくはない。


 だから一蹴してもいいとは思うけど、考え直すとそうじゃないのかもしれないと思い始めた。


 ここは異世界で、しかも魔法なんてものもある。


 だから、もしかして本当に神様なんて存在がいて、本当に人間を含む動植物達を生み出したのかもしれない。


 転生者オレみたいなのもいるしな。


 でも物理法則なんかは地球の知識がそのまま適応できてるから、そうじゃない可能性もある。


 う〜ん……



「まぁ、潜ればわかるか」



 とりあえずそれは傍に置いておこう、うん。










 ◆










「い、いよいよ潜るんだね……」


「なに緊張してるのよ、エレナ」



 コクピットハッチへと続くキャットウォークの入り口で、緊張しているエレナさんを見てシャーリーがクスクスと笑っている。



「エレナさんは今回研究員……というか観測員だから、見たものや感じたことをレポートにしてくれればいいんで、気楽にしていてください」


「そ、そんなこと言われても……」



 気楽にって言ったのにまだまだ緊張している。


 なんだろ……やっぱ俺が作ったから不安なのかな?


 う〜ん……渾身の出来だし、点検で問題ないことも伝えたんだけどな。



「私が深海へ行った三人目ってことを考えたら緊張するよ。しかもやることって言えば初等部の校外学習みたいな内容だし……」



 違った。船に不安があるわけじゃなかった。



「エレナさんはご実家が鉱石採集をしているということですので、その知識や勘で、採っておいた方がいいと思う場所を見つけてもらうことも期待しての潜航クルーです。自信持ってください」


「それもプレッシャーだよぉ……」



 涙目になっているが大丈夫か?


 と、俺もどうしようか迷っていたら、シャーリーが手を上げ――



「ふんっ!」


「イッタぁ!?」



 ――エレナさんのお尻を叩いた。



「なっ!? なにするの!?」


「さっきからうだうだと!! エレナなら大丈夫よ! 普段の授業だって私が魔法でミスした時とか原因を見つけるの得意じゃない」


「そ、そうだけど……」


「それと同じ感じで行けばいいのよ! それに私なんて最初の潜航の時、操船関係には一切手を出していないホントの乗客だったんだから、同じよ同じ」



 確かにシャーリーには深度を伝えてもらうくらいしかしてもらわなかったな。


 まぁ、鯨骨生物群集を見つけてくれたけど。


 それを言うとまたエレナさんは緊張しそうだから言わないでおこう。



「そうそう、気楽にいきましょう。今回潜るところは岩石質が多いところなので、面白い石が転がっているかもしれませんよ」


「あっ、それは興味あるかも」



 少しは前向きになってくれたようだ。


 その勢いに乗り、俺達はアルトゥムの中に入った。



 ――


 ――


 ――



「わぁ! すごいすごい!! 雪みたいなのが上がっていってる!!」



 さっきまでの緊張はどこへやら。


 エレナさんは潜航してから深海域へ入ると途端にテンションが上がっていった。



「さっきまで乗り気じゃなかった人のテンションとは思えないわねぇ〜」


「う、うるさいよ! いいじゃない! ちゃんと乗ったんだから!!」



 自分でもそう思ったのか、ニヤつきながら指摘してきたシャーリーにエレナさんはそう言い返した。



「楽しんでくれているのならよかったです」


「ね! ほら! アーサー君は優しさがあるよ!!」


「はいはい、私は優しさのない女ですよぉ」



 そんな感じでワイワイガヤガヤと会話していたらあっという間に目標深度2449mまで達した。


 無線で着底を伝えて、一部バラストを投棄し、調査を開始する。


 それにしても……



「すげぇ……これが熱水噴出孔……チムニーか」



 所狭しと、鍾乳洞を逆さにしたような景色が眼下に広がる。

 鍾乳洞と比べたら刺々しくて、荒々しいが、これが自然の力で形成されたと考えると自然の力強さを感じる。



「すごい……陽炎みたいに水が揺らいでいるのがわかる……この出ているのがお湯なの?」


「そうです」



 シャーリーさんの質問に答えながら、サンプルバケットに積んである温度計をマニピュレータで掴み、それを噴出孔に差し込む。



「温度計測開始。数字出てるか?」


「ちょっと待って……うん、出てるよ」



 シャーリーから温度計が正常に動作していることが報告されて安堵する。


 まぁ、動いてなかったら動いてなかったで別のことするけど、無事動いてくれてよかった。



「どれくらいなの? 60℃くらい?」


「温泉だからそれくらいあるんじゃない?」



 エレナさんとシャーリーがそんな会話をしている。


 ちなみにこの世界でも温度の基準は水の相転移だ。


 氷になる温度が0℃、水蒸気になる温度が100℃と、前世地球と同じ温度基準を使っている。


 絶対零度は誰か見つけたのだろうか?


 気になったので、二人に聞いてみた。



「なぁ、絶対零度って知ってる?」


「ん?」


「絶対零度?」



 二人が首を傾げた。


 うん、知らないね!



「いや、気にしないで」


「ふーん……えっ!?」


「どしたの? ……えぇ!?」



 シャーリーとエレナさんが驚く。


 温度計の数字を見て驚いたみたいだから俺も覗いてみた。



「383℃か、2400mの海底じゃ普通なのかな?」



 241気圧だからな。



「えっ? あの……水って100℃で水蒸気になるんじゃ?」


「そうですよ。1なら」



 ――超臨界水。


 一言で言うと超臨界状態の水。


 物質は温度によって固体、液体、気体へと変わるが、これに圧力を加えたらどうなるだろう。


 例えば山頂。


 前世で例えると富士山に登り、湯を沸かしたがぬるかったという話は聞いたことはないだろうか。


 これは気圧……即ち圧力が弱くなった影響によるもので、水は凍りやすく、沸騰しやすい状態になる。


 では、圧力が高くなっていくとどうなるのか?


 圧力が弱い時と逆になるのだが、圧力が一定の数字を超えると不思議なことが起きる。


 液体が沸騰しなくなるのだ。


 この状態になる温度と圧力が臨界点であり、その点を超えている水を超臨界水という。


 なかなかに中二心をくすぐられる名前だ。



「外は241気圧だから地熱で温められた水は上がるところまで上がって吹き出しているってことですね」


「そうなんだ……不思議だね……」



 熱水噴出孔から出る超臨界水をまじまじと見つめるエレナさん。


 見てわかるものではないが、「これは今350℃以上の温度をもってるんだ」と知ると見たくなるのはわかる。


 いやぁ、前世じゃ研究員でないと見れなかった熱水噴出孔を今世で見れるなんて、転生してよかった。


 なんで転生したのか知らんけど。



「へぇ……ねぇ、それって水だけ?」


「いや? 物質全体に言えること。例えば二酸化炭素なんかは73気圧、31℃くらいで臨界になるよ」


「二酸化炭素! 聞いたことある!! これだよね!!」


「叩くな、バカちん」



 シャーリーの質問に答えると二酸化炭素という知ってる単語が出てきたからかテンションが上がり二酸化炭素除去装置をペチペチと叩いた。



「いやぁ、学院に通うより学びが多いよ。私の得意な炎魔法もアーサーのおかげで威力上がったしね」


「燃焼の基礎知識あればあれくらい誰でもできるよ」



 シャーリーの炎魔法は得意と言っていたこともあり、確かに火力が高かった。


 でも発動する際の魔力運用はかなり感覚的で、火に関する知識も乏しかった。


 それなのに大木に風穴開けられるくらいの火力出せるんだから、成績はトップクラスなんだろう。



「アーサーに出会わなかったら、知らないことを知らないままだったよ。ましてや深海なんて絶対来れなかったし。ねぇ、エレナ!」



 俺の左隣にいるエレナさんにシャーリーが声をかけた。


 俺もエレナさんの方を向いたら、頬杖をついてブスっと不機嫌そうな表情でこちらを見ていた。



「なんか……私だけ仲間外れみたい」


「えっ? な、何が?」



 シャーリーがエレナさんの問いに戸惑う。


 俺も何が仲間外れなのか検討がつかない。



「二人はさ、知らないうちにお互い呼び捨てになっててさ、会話も敬語が抜けてて親しげでさ。私だけなんで敬語なの……」


「えっ? 敬語……じゃないですよね?」



 シャーリーの方を見て、俺はそう言った。



「違う! シャーリーから私に対してじゃなくて、アーサー君から私に対してだよ!!」


「へっ?」



 突然のことでフリーズした。


 が、すぐに気を取り直した。



「いえ……年上ですし?」


「シャーリーとは対等じゃない」


「それはシャーリーからそうしろって言われたので……」


「じゃあ、私もエレナって呼んでよ」



 いいのだろうか?


 ……まぁ、雇い主の娘であるシャーリーとはタメ口で喋ってる時点で今更なのか。


 とりあえず、断る理由もないし、ここは要望に応えよう。



「わかりました、エレナ」


「敬語」


「……わかったよ、エレナ」


「はい! それでよし! じゃあね、早速だけどあのチムニー取って!!」


「何が早速なんだ……」



 上機嫌になったエレナが目をつけた熱水噴出孔によって形作られた煙突状の構造物……チムニーの採取の為、アルトゥムを操作する。



「うわぁ、白いエビがたくさんまとわりついてて鳥肌が……」


「なんか貝もいっぱいいるよ? なんで?」


「熱水噴出孔から出ているのはただの湯じゃないからだ。温泉だっていろんな成分が入ってるだろ?」


「そうなの?」


「そこからか」



 熱水噴出孔から栄養を摂る生物の物質循環の解説をしながらチムニーを採取し、第一回潜航調査を終えた。











 ◆










「大義だった」


「おかえりなさいませ」


「おかえり!」



 ハッチから出ると殿下とレイさん、カレンさんが出迎えてくれた。



「サンプルバケットを見たがかなり充実した潜航調査だったようだな。アーサー殿」


「ええ、有意義な時間でした」



 搭乗口に向かうキャットウォークから降りながら、殿下と会話する。


 その間にサンプルバケットの前までやってきた。



「いっぱい持ってきたね。これがチムニー?」



 カレンさんがバケットの中にある岩石質のそれを指差す。



「ええ。でも最初エレナが欲しがったのはかなり大きくて、言うこと聞いてもらうのに四苦八苦しました」


「大きい方がいいかなって思っただけだもん」


「大きくても持って帰れなきゃ意味ないんだよ」



 ジト目でエレナを見やった後、中腰になってバケットを見ているカレンさんの方を見る。


 するとカレンさんの目が俺の方を向いていた。


 ……目を点にして。



「な、なんですか?」


「密閉……密室……男女三人……何も起きないはずはなく?」


「何言ってんですか!?」



 仕事して帰ってきたのに、なんてことを言うんだこの人!?



「だってエレナのこと呼び捨てにしてるし、気安く話してる!」


「……エレナからそうしろって言われたので」



 なんか海底でも言ったぞ、この台詞。



「ずるい! 私もアルトゥム開発手伝った一人なのに!」


「じゃあ、カレンって呼べばいいのか?」


「そう!」



 カレンが手のひらをこちらに向けた。


 俺もそれに合わせるように手のひらを向けると――



「イエーイ!」



 ――ハイタッチされた。


 ……なんだこれ。



「ふむ……ならば私もエリオットと気安く呼んでくれ」


「いやいやいや!?」



 それは無理!!

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